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幼少・少年編
龍人③
しおりを挟む母も、囁いた。
「お願いや……キーチ……うちらはもう、離れ離れになりとうない……。龍人に首を噛まれたら、おしまいや……。あの人ら……うちらを探しに来てるんやって……。キーチ……お父ちゃん、お母ちゃん……弱くてごめん……そうやけど……このまま死なせて……一緒に死なせて……」
母が毛布をめくると、そこはお揃いの赤襦袢を着ている父と母の体があった。どちらも、前がはだけていた。お互いの片方の手を、腰紐でグルグルと固く結んでいる。
母の首にも腰紐が巻き付いている。
そして父はもう一本、自分の首に腰紐を巻いた。
父が母の首に巻き付いた腰紐の両端を握る。母は目を瞑り。
父は再度息子に懇願した。
「おばちゃんが帰る前にやってほしい……。龍人から逃げるには、この世から脱するしかないんや……親として最低な事を頼んでいるのは解ってる……でも……キーチ……もう……他に逃げ場所がない……」
「おとうちゃん、おかあちゃん……俺は……俺はどうしたらええんや……二人……俺を置いてく気なんか」
「キーチ……君はまだ、未来がある……それに、君はとてもかっこええから……龍人は君を連れてったりせえへん……幸せになってな……」
そう言って父は自分の手に力を込めて、母の首をゆっくりと腰紐で締めていく。しゅるる……桃色の紐が、動き、輪が細くなり……母の眉がぴくん、とあがる。喜一は、やむなく父の首に巻かれた腰紐を両手で握った。しゅるる……やりたくない。だが、両親の気持ちは痛い程解った。殺したくない。人を殺したくない。ましてや、大好きな両親を死なせたくない。
けれど、彼らの幸福は。
あの世へ逝く事なのだ。
「ちくしょう……」
キーチは涙を流しながら憤った。
(なんで。俺らがなにをした。何もしてない。殺したくない。そやけど……殺さなあかん……好きやから……殺さなあかん……。ほんまは縋りついて、「嫌や」と言いたい。「僕も一緒に連れてって」と言いたい。そやけど……そやけど……多分……それは……あかんのや……)
「ああ……」
両親が苦しそうに、だが幸せそうに吐息を漏らす。
そして、父がぐぐっ……と母の首を強く、絞め始めたその時だった。
「逃げてーー!逃げるんやでーー!」
おばさんの大きな声が、喜一達の耳に入った。大きな物音がする。なんだ、と思っている間に喧騒が広がった。両親が手を握りあった。
「あんた……」
「解ってる……。お前だけでも殺したる」
「あかん、そんなんしたらあんたは」
「ええんや、あの世で待っててな……」
そうして父が母を床に押し付け、今度は手でぐっ、と首を絞める。力を込めて、締め上げる。母は叫んだ。
「早う、私……死んで、死んでしまいたい!早う……殺してえええ」
「つるええ……愛してる……」
「わたしもや……!」
しかし、母が逝く前に、それは来た。
乱暴にドアが開け放たれた、瞬間に。
ぞわっ、と喜一を悪寒が包んだ。
両親も、喜一も。
時が止まったように体が動かなくなった。
のそり、と入ってきたのは大柄な、ぶどう色のペイズリー柄のチョッキを着た男。次に、灰色と銀をまぶしたようなスーツの男。
先に口を開いたのはチョッキを着た男だった。厚めの唇が、にや、と横に広がった。
「おいおい……同士の一条君よ。どうやら我々はすんでの所だったようだぞ」
灰色と銀のスーツの、一条と呼ばれた男は頷きながら、すん……と鼻を鳴らした。
「そのようだな。ふむ……これは驚いた。まさか本当に【ヤマユリ】の花人が飼われずにいるとは……すばらしいな、三ノ宮君。さて……君はどちらにするかね?」
「うーむ、悩むところではある。前の【キキョウ】の時は男だった。その前の【ツバキ】は女……。では、俺は女にするか」
「そうか、奇遇だな。私はしばらく女の個体が続いたので、男を飼いたいと思っていたのだ」
「それはそれは……良き事だ。俺とて、喧嘩はしたくはない。なにせ、負けると決まっているからな」
「ふふふ……そうとも。私は君より【血の位】が高い。【決闘】をしたとしても……欲しい物を手に入れるのはこの私なのだ」
「まさしく。」
その男達の会話は自分本位で、自分勝手だった。目の前で人間が人間の首を絞めているというのに。
そんなことは意にも介さず、どちらがどの花人を飼うか、と相談し合っているのだ。ひどい、と思った瞬間に外で銃声が響いた。
なんだ、と思っている内に足音がやってきて、玄関ごしに、声が聞こえた。
「一条様!三ノ宮様!反逆者を【処分】致しました!死体はどのようにしておきますか!」
「ふむ、衣服を剥いで、吊るしておけ。龍人を殺そうと企んでいた組織の人間だったと……そう、流布するのも忘れぬように。ふん、耕人の雌ごときが私のスーツに触れた。汚れたあの手で、触ったのだぞ?その行為は死に値する。そうは思わんか、同士」
「おう、まさしく。君の衣服一揃え、耕人の人生が一回は働かずにゆうに暮らせる値段の代物だ。そんなものに触れたので……奴は幸せ者だろうよ。死んで本望だ」
「ふふふ……上手いことを言ってくれる」
「ははは……世辞がうまい」
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