薄墨で、書けばどの血も灰の色

春森夢花

文字の大きさ
上 下
6 / 15
幼少・少年編

龍人①

しおりを挟む
それから三日後。


喜一は龍人に会った。


その日、喜一は昼休みにも関わらず、一人で机に向かっていた。机の上には先生に「今日の五限目までに書き直しなさい」と言われた作文がある。テーマは【将来の夢】だった。他の子供達は無邪気に「ケーキ屋さん」だとか「パイロット」という夢を書いたが、喜一は「掃除のおっさん」と書いた。その理由を「俺は花人で、外道やから普通の人みたいに生きられないから」と書いたのだ。担任の先生はこう諭す。

「市川君。夢を書くの」

喜一はこう言った。

「そんなら言うけど……俺は何になれるんや?耕人やないんや、俺は花人なんや。顔も良くない、発情期も来る、そんな人間が何になれるというんや、先生。俺のなれるもん、教えてよ。俺は普通のサラリーマンや、野球選手になれると思うか?」

すると先生は怒ったように、答えた。

「いいですか、市川君!先生はね、夢を書けと言ってるんです!五時限までにちゃんと書き直して提出しなさい!」

(夢って……一体何なんや。寝てるときに見る夢は寝てるときは叶うけど、起きたら幻や。俺は幻ちゃうで、ちゃんと生きてる。この世は不公平やし、いくら自分が努力しても無理なもんは、無理や。俺にはそれが解ってる。先生はアホや。夢なんか書いても、叶わんかったら将来の夢やない。俺は掃除のおっさんでも多分幸せや。家族三人、それと、できたら……嫁さんと子供ができたらええな。そんでみんな楽させてあげれたら俺はそれが幸せやと思ってるし。別に卑下しとる訳やない。しゃあないやん、俺は多分それくらいの人間なんや)

いっそのこと、大統領とでも書いておくか。全く気の進まない作文の書き直しに、うんざりとして。給食を食べ終えた後の眠気にあくびを大きな欠伸を一つ、出した所で校内放送がかかった。ピンポンパン、と軽快なメロディが鳴ってから、慌てたような校長先生の声が校舎、そして校庭に響いた。

【えー……緊急放送です……校庭で遊んでいるみなさんは、ただちに避難してください。ヘリコプターが着陸します、いいですか、すぐに避難してください、小河市役所から連絡がありました、今からヘリコプターが校庭に着陸します……、大きい学年のみなさんは、小さい子と一緒に校舎に入って下さい……、え?なんやって?龍人?乗ってるのは……龍人やって?あ……まずい……。みなさん、早く校舎に入ってください……いいですか、落ち着いて……校舎に入って……カーテンを閉めましょう。くれぐれも……騒がないように】

校内放送が聞こえる中、窓際に座っていた喜一はふと校庭に視線をやる。遊んでいる子供達、先生が何人か校舎から出てきて皆をグラウンドの端へ追いやっていく。教室に残っていた児童たちは「ヘリコプター」「龍人」と言う普段聞き覚えのない単語に興奮した。

「おい、聞いたか。ヘリコプターやって!それも、龍人やってよ」
「ほんまかな?龍人って俺らと似てるんかな。ドッキリやないんやろか」

そう言い合う同級生達を見ているうちに、大きな音が聞こえてきた。おそらく、プロペラ音だ。そして、窓ガラスがビビビ……と震え出した。

外に目を向けると、そこには本物のヘリコプターが間近にあった。それもかなりの大型だ。バラバラバラ……と鳴り響くプロペラ音、白く塗られた機体には金色と黒で描かれた家紋、そして日の丸。

プラモデルか、テレビの中でしか見た事のないものが、目の前にあった。

「あ……」

と、ポカンと口を開けたのは、喜一だけではない。ヘリコプターを見た誰もが同じ表情になっていた。そして機械音だけがやかましく鳴り、人の声が一切しなくなった校庭に、それは降り立った。

そしてプロペラが段々回転が遅くなり始めた時、やっと児童たちが正気を取り戻して騒ぎ始めた。喜一の教室でもみなが興奮したように囀り始め、教室の窓に鈴なりに集まって、校庭を見下ろし、ヘリコプター、そしてこれから降りてくるであろう龍人を一目見ようとしていた。

「すごい!」
「なんやこれ!ほんまもんや!帰ったらお母ちゃんに言ったろ!」

喜一は、ふと、父の言葉を思い出している。

【絶対に龍人とは会ったらあかん】

(でも……龍人かて同じ人間や。少し見るくらいなら……ええやろ)

そう思った時、先生たちが手を振りながら、校庭にいる子供達や、校舎から見下ろしている子らに向かって口々に叫んだ。

「見るなー!カーテンを閉めろ!見たらあかんぞー!目を、塞げー!」


……プロペラがゆっくりと、停止する。パイロットが降りてくる。そしてパイロットが後部にある扉の取っ手に手をかけて、勢いよく扉を開いた。

そこから出てきたのはまず、黒服の男。その男が中の人間達に会釈して、脇に立った。

最初に見えた龍人は、背が高く、銀と灰色が混じったような光沢のあるスーツを着込んでいた。それからもっと、背の高い男がもう一人。背広をわきに抱え、山ぶどう色が基になっているペイズリー柄のチョッキを身に着けている男だ。どちらも、端正な顔立ちだった。

が。

それを見た瞬間、喜一は背中がぞわっ、とした。

なぜか、恐怖を感じたのだ。

見てはいけないもの、というよりも、【見られてはいけない】と、自分の中で、何かが囁いた。

そして、その信号シグナルを受けたのは、喜一だけではない。

来訪者以外の、全ての人々が、硬直していた。

彼等を普段耕人や花人が目にすることは滅多にない。テレビ画面の中で見る事はあるが、直接目にする機会がはほとんどの人間が生涯ない、というのが普通である。

龍人はこの社会の仕組みや道理を作り、耕人や花人がその歯車になる。


つまりは、支配者だ。


それも、何百年、何千年。長い長い年月、人間社会の頂点に君臨し続ける人種だ。


いつしか耕人、花人の血には、彼らを畏れよ、という意思が混じっていた。


龍人。彼らはまさに特別な存在なのである。


時が止まったような空間で、最初に沈黙を破ったのは山ぶどう色のチョッキを着た男だった。少しくせ毛の、浅黒い肌の男だ。彼がぐるりと、固まっている者共を見渡し、「ははははは」と大声で笑った。

その瞬間にある児童は大声で泣き叫び、ある児童はその場で失神し、ある児童は「うっ」と叫んで嘔吐したのだ。それからは阿鼻叫喚である。生徒が悲鳴を上げて散り散りに校舎へ逃げていく。先生たちが「落ち着いて中に入りなさい!」と言いながら彼らの顔も青ざめている。校内でも「カーテンを閉めろー」と先生が叫んで回っていた。

喜一は呆然としていた。龍人が全く違う生き物であることを悟った。

(あんなん……人間と違う……見ただけで、震えが止まらへん……お父ちゃんが言う事は正しかった。あいつらに、会ったら終わりや……捕まったらあかん……。そやけど……あいつらはなんでこんなところに来たんやろう……)

喜一はカーテンを閉めながら、校庭をちらりと見ると、丁度そこには黒塗りのリムジンが入ってくるところだった。恐らく彼らを迎えに来たのだろう。

一体どこへ行くのか。

龍人達が車に乗り込む。そして、校庭を出た車が道路を走る。

その方向には、【極楽町】がある。

車の姿が見えなくなるまで見ていた喜一は、なにか、嫌な予感がした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

インテリヤクザは子守りができない

タタミ
BL
とある事件で大学を中退した初瀬岳は、極道の道へ進みわずか5年で兼城組の若頭にまで上り詰めていた。 冷酷非道なやり口で出世したものの不必要に凄惨な報復を繰り返した結果、組長から『人間味を学べ』という名目で組のシマで立ちんぼをしていた少年・皆木冬馬の教育を任されてしまう。 なんでも性接待で物事を進めようとするバカな冬馬を煙たがっていたが、小学生の頃に親に捨てられ字もろくに読めないとわかると、徐々に同情という名の情を抱くようになり……──

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ファミリア・ラプソディア エバーアフター

Tsubaki aquo
BL
「5人で恋人同士」なカップルの日常話+リクエスト頂いたお話をこちらでまとめています。 ●ファミリア・ラプソディア本編完結済み● 本編→https://www.alphapolis.co.jp/novel/807616543/930403429 本編では悲喜交々ありましたが、こちらの日常回では大きな事件は起こらない(たぶん)です。 前書きに、お話の雰囲気のタグを記載しています。 イチャイチャ、まったり、コメディ、アダルトシーン多めの予定。 不定期更新です。 もしもリクエストなどございましたら、 マシュマロ(https://marshmallow-qa.com/aumizakuro) または、 twitter(https://twitter.com/aumizakuro) にて、お気軽にドウゾ!

エデンの住処

社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。 それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。 ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。 『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。 「兄さん、僕のオメガになって」 由利とYURI、義兄と義弟。 重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は―― 執着系義弟α×不憫系義兄α 義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか? ◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·

[完結]ひきこもり執事のオンオフスイッチ!あ、今それ押さないでくださいね!

小葉石
BL
   有能でも少しおバカなシェインは自分の城(ひきこもり先)をゲットするべく今日も全力で頑張ります!  応募した執事面接に即合格。  雇い主はこの国の第3王子ガラット。 人嫌いの曰く付き、長く続いた使用人もいないと言うが、今、目の前の主はニッコニコ。  あれ?聞いていたのと違わない?色々と違わない?  しかし!どんな主人であろうとも、シェインの望みを叶えるために、完璧な執事をこなして見せます!  勿論オフはキッチリいただきますね。あ、その際は絶対に呼ばないでください! *第9回BL小説大賞にエントリーしてみました。  

処理中です...