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幼少・少年編

龍人①

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それから三日後。


喜一は龍人に会った。


その日、喜一は昼休みにも関わらず、一人で机に向かっていた。机の上には先生に「今日の五限目までに書き直しなさい」と言われた作文がある。テーマは【将来の夢】だった。他の子供達は無邪気に「ケーキ屋さん」だとか「パイロット」という夢を書いたが、喜一は「掃除のおっさん」と書いた。その理由を「俺は花人で、外道やから普通の人みたいに生きられないから」と書いたのだ。担任の先生はこう諭す。

「市川君。夢を書くの」

喜一はこう言った。

「そんなら言うけど……俺は何になれるんや?耕人やないんや、俺は花人なんや。顔も良くない、発情期も来る、そんな人間が何になれるというんや、先生。俺のなれるもん、教えてよ。俺は普通のサラリーマンや、野球選手になれると思うか?」

すると先生は怒ったように、答えた。

「いいですか、市川君!先生はね、夢を書けと言ってるんです!五時限までにちゃんと書き直して提出しなさい!」

(夢って……一体何なんや。寝てるときに見る夢は寝てるときは叶うけど、起きたら幻や。俺は幻ちゃうで、ちゃんと生きてる。この世は不公平やし、いくら自分が努力しても無理なもんは、無理や。俺にはそれが解ってる。先生はアホや。夢なんか書いても、叶わんかったら将来の夢やない。俺は掃除のおっさんでも多分幸せや。家族三人、それと、できたら……嫁さんと子供ができたらええな。そんでみんな楽させてあげれたら俺はそれが幸せやと思ってるし。別に卑下しとる訳やない。しゃあないやん、俺は多分それくらいの人間なんや)

いっそのこと、大統領とでも書いておくか。全く気の進まない作文の書き直しに、うんざりとして。給食を食べ終えた後の眠気にあくびを大きな欠伸を一つ、出した所で校内放送がかかった。ピンポンパン、と軽快なメロディが鳴ってから、慌てたような校長先生の声が校舎、そして校庭に響いた。

【えー……緊急放送です……校庭で遊んでいるみなさんは、ただちに避難してください。ヘリコプターが着陸します、いいですか、すぐに避難してください、小河市役所から連絡がありました、今からヘリコプターが校庭に着陸します……、大きい学年のみなさんは、小さい子と一緒に校舎に入って下さい……、え?なんやって?龍人?乗ってるのは……龍人やって?あ……まずい……。みなさん、早く校舎に入ってください……いいですか、落ち着いて……校舎に入って……カーテンを閉めましょう。くれぐれも……騒がないように】

校内放送が聞こえる中、窓際に座っていた喜一はふと校庭に視線をやる。遊んでいる子供達、先生が何人か校舎から出てきて皆をグラウンドの端へ追いやっていく。教室に残っていた児童たちは「ヘリコプター」「龍人」と言う普段聞き覚えのない単語に興奮した。

「おい、聞いたか。ヘリコプターやって!それも、龍人やってよ」
「ほんまかな?龍人って俺らと似てるんかな。ドッキリやないんやろか」

そう言い合う同級生達を見ているうちに、大きな音が聞こえてきた。おそらく、プロペラ音だ。そして、窓ガラスがビビビ……と震え出した。

外に目を向けると、そこには本物のヘリコプターが間近にあった。それもかなりの大型だ。バラバラバラ……と鳴り響くプロペラ音、白く塗られた機体には金色と黒で描かれた家紋、そして日の丸。

プラモデルか、テレビの中でしか見た事のないものが、目の前にあった。

「あ……」

と、ポカンと口を開けたのは、喜一だけではない。ヘリコプターを見た誰もが同じ表情になっていた。そして機械音だけがやかましく鳴り、人の声が一切しなくなった校庭に、それは降り立った。

そしてプロペラが段々回転が遅くなり始めた時、やっと児童たちが正気を取り戻して騒ぎ始めた。喜一の教室でもみなが興奮したように囀り始め、教室の窓に鈴なりに集まって、校庭を見下ろし、ヘリコプター、そしてこれから降りてくるであろう龍人を一目見ようとしていた。

「すごい!」
「なんやこれ!ほんまもんや!帰ったらお母ちゃんに言ったろ!」

喜一は、ふと、父の言葉を思い出している。

【絶対に龍人とは会ったらあかん】

(でも……龍人かて同じ人間や。少し見るくらいなら……ええやろ)

そう思った時、先生たちが手を振りながら、校庭にいる子供達や、校舎から見下ろしている子らに向かって口々に叫んだ。

「見るなー!カーテンを閉めろ!見たらあかんぞー!目を、塞げー!」


……プロペラがゆっくりと、停止する。パイロットが降りてくる。そしてパイロットが後部にある扉の取っ手に手をかけて、勢いよく扉を開いた。

そこから出てきたのはまず、黒服の男。その男が中の人間達に会釈して、脇に立った。

最初に見えた龍人は、背が高く、銀と灰色が混じったような光沢のあるスーツを着込んでいた。それからもっと、背の高い男がもう一人。背広をわきに抱え、山ぶどう色が基になっているペイズリー柄のチョッキを身に着けている男だ。どちらも、端正な顔立ちだった。

が。

それを見た瞬間、喜一は背中がぞわっ、とした。

なぜか、恐怖を感じたのだ。

見てはいけないもの、というよりも、【見られてはいけない】と、自分の中で、何かが囁いた。

そして、その信号シグナルを受けたのは、喜一だけではない。

来訪者以外の、全ての人々が、硬直していた。

彼等を普段耕人や花人が目にすることは滅多にない。テレビ画面の中で見る事はあるが、直接目にする機会がはほとんどの人間が生涯ない、というのが普通である。

龍人はこの社会の仕組みや道理を作り、耕人や花人がその歯車になる。


つまりは、支配者だ。


それも、何百年、何千年。長い長い年月、人間社会の頂点に君臨し続ける人種だ。


いつしか耕人、花人の血には、彼らを畏れよ、という意思が混じっていた。


龍人。彼らはまさに特別な存在なのである。


時が止まったような空間で、最初に沈黙を破ったのは山ぶどう色のチョッキを着た男だった。少しくせ毛の、浅黒い肌の男だ。彼がぐるりと、固まっている者共を見渡し、「ははははは」と大声で笑った。

その瞬間にある児童は大声で泣き叫び、ある児童はその場で失神し、ある児童は「うっ」と叫んで嘔吐したのだ。それからは阿鼻叫喚である。生徒が悲鳴を上げて散り散りに校舎へ逃げていく。先生たちが「落ち着いて中に入りなさい!」と言いながら彼らの顔も青ざめている。校内でも「カーテンを閉めろー」と先生が叫んで回っていた。

喜一は呆然としていた。龍人が全く違う生き物であることを悟った。

(あんなん……人間と違う……見ただけで、震えが止まらへん……お父ちゃんが言う事は正しかった。あいつらに、会ったら終わりや……捕まったらあかん……。そやけど……あいつらはなんでこんなところに来たんやろう……)

喜一はカーテンを閉めながら、校庭をちらりと見ると、丁度そこには黒塗りのリムジンが入ってくるところだった。恐らく彼らを迎えに来たのだろう。

一体どこへ行くのか。

龍人達が車に乗り込む。そして、校庭を出た車が道路を走る。

その方向には、【極楽町】がある。

車の姿が見えなくなるまで見ていた喜一は、なにか、嫌な予感がした。


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