愚者の門番、賢者の聖杯

春森夢花

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王様と愚者

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「お前はいくつになる」
「ええ、42です」
「ほう……、面白いな。クロイ。この男は俺と同い年だと言う。こんな、まるで女の様に細く小さい男はこれまでに見たことがない。クドウ、脱いで見せろ」
「なんですって」
「お前の体は細くて、小さくて……まるで女の様だ。確かめてみなければなるまい」
「冗談が過ぎますぜ。こんな見るからに男のツラをしたあたしをひん剥こうって言うんですかい」
「下半身はいい、上だけでも脱いで、見せろ」

そう言ってジモンの指がゆっくりと離れていく。

本当に女だと思っている様子はなかったが、ジモンの瞳にわずかな好色と、多分のからかいの色が見えて。

つい、背中側のベルトに挟み込んだ拳銃の存在を思い出してしまうが、殺るというだけならいつでもできるさ、と自分を慰めてため息を吐いて携帯灰皿に吸いかけの煙草を放り込んだ。

スーツの上着を脱ぐと、シャツのボタンをゆっくりと外していく。その様子を腕組みをしたジモンと困惑したクロイが見ている。

まったく、勘弁してくれ、と思いながらシャツのボタンを全て外してほら。とシャツの前をくつろげて、痩せた体を二人に見せつけてやった。

「胸なんかないでしょうが。これで男だって、解ってくださいましたか、ジモン様」
「ふむ」

そう言ってジモンは俺に再び近づくと、俺の顔をしっかりと見つめたまま、右手を俺の腹部に触れた。

「……この肌は……触れると、吸い付くな」
「そんなことを言われたのは初めてだぜ。旦那」
「男に抱かれた事は?」
「考えたくもない」
「女を抱いたことは?」
「それはまあ、男ですからね。何度か」
「何度かだけか?」
「言い方を変えましょう、何度も。です」
「ほう、お前が女を抱いている姿……見たいな。まるで……、女に男根が生えたようなお前と、美しい女が交わっているのを見るのは小狐共の戯れのようでとても楽しいはずだ。……見ろ、クドウ。お前の乳首は男の癖に淡い薄桃色だ……。これを女に吸わせるのか?はしたないな」

そう呟きながらジモンはつつ……、と指で俺の胸の飾りをつまんだ。身じろぎする俺を笑いながら両方の手で俺の両の乳首の尖端を、つよく、押しつぶし、こねる。

快楽はない。

だからそれ、は生理的なものだ。俺の乳首がこねられ、刺激を受ける度に乳首の芯が固くなるのは仕方のない事だ。それを解っているくせに、ジモンは俺にまた見ろ、と言ってくる。

「おいクドウ……、男の癖に男に胸を揉まれて反応しているのか」
「そこは性感帯でしてね。誰でもそうなるんですよ」
「ふん、俺は男に揉まれても、そうはならん。……お前は素質がある」
「なにの」
「男に抱かれる、男の素質だ。どうだ、俺が抱いてやろうか」
「お断りだね、まっぴらごめんだ」
「まあ……、そう言っていられるのも今のうちだ。俺が賢者の聖杯を持ち、門に入り神に【神の酒】を頂戴すればこの国はもっと繁栄する。そしてそうなればお前は門番としては不要だ。その時は俺が飼ってやる事にしよう」
「お言葉ですがね、あたしは元いた世界へ帰らせてもらいますよ」
「帰ってなにをするんだ。家族……女房はいるのか」
「いいや、いたことなんかない」
「では財産は」
「その日暮らしみたいなもんです」
「自分の世界で思い残したことなどがあるのか?」
「いいや。……いいや、ないね」
「では。何のために帰るんだ」
「ここは俺の世界じゃない。それだけだ」
「なぜ?」
「なぜでもさ。ここはどうも、性に合わない。そんな気がするんだ。どんなゴミ溜めでも、ドブ沼でもいい。あたしはね、性根が綺麗な人間でも、あんたみたいに王様みたいに身分が高いわけでもない。自称神様ってやつからもお墨付きさ。ようするに、心底からの、愚者だ。元の世界でなにをしていたかって?あたしは金を貰えば人を殺す、殺し屋なんです。それでもってほんの数時間前にはあたしを殺そうとした男達を五人殺した。ただ、気に食わないからって気分の問題で五人も殺してしまいましたよ。そんな男が賢いはず、ねえでしょう?そんな事をしでかしておいてどうして元の世界へ帰るのか。不思議そうな顔をしていなさるが、それはあたしの勝手ですよ。あたしはねえ……こんなところで死ぬのはごめんだ。自分の街で死にたいんですよ」
「そういう言い方をしていると、まるで死にたがっているようだな、クドウ」
「ふふふ。人は誰だって、死ぬじゃありませんか。え、そうでしょう。あんたもあたしも、身分の違いなく、死ぬよ。あたしは命を奪ってきたからよく解る。人は価値を求めて生きるけれどね。結局死んだら終わりなんだ。希望を求めて人は生きるけれど。生きるってことは死ぬってゴールに近づいているって事さ。ふふふ……」


健康な体を貰っても俺は煙草を吸う。

今度からは大事に扱おう。

そんな考えは一つも浮かばなかった。

嗚呼、またこの体が悪くなるまでタバコが吸える。

そんなことしか思わなかった。

それがいいか悪いか。

全くの別問題だ。

俺はそうでしか生きられないし、それ以外の生き方を選択して生きるつもりもない。

そんなことを思いながら、いまだにジモンが弄んでいる俺の乳首。それを取り返そう、とパシン、とジモンの右手の甲をはたくと、驚いたようにジモンは後ろに下がり、「驚いたな」とご丁寧に口にも出して感想を述べた。


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