2 / 33
門、現る。
しおりを挟む
目は閉じなかった。
暗闇の中で独りで死ぬのが嫌だったからだ。
東京の夜、海、まるで生きたコールタールのようだ。
そして対岸には高いビルに光る赤い斑点
死の間際のロマンチックというやつか。やけに美しく見える街という集合体が発光している灯を見つめながら俺は引き金にかけた指に力を入れた所で頭の中で声がした。
【門ヲ開ケロ】
声の調子は無機質だった。俺は咥えた煙草の煙をもう一度、吸った。
死の恐怖で幻聴が聞こえたのかと思ったからだ。
だが、その声はもう一度聞こえた。
【門ヲ開ケロ、第一ノ扉ガ開ク】
「門……?そんな物……」
思わず呟いた瞬間、その意味が解った。
門が俺の前に現れたからだ。それも、唐突に。
その門は巨大だった。感覚で言うなら五階建てのビル位の高さはあるだろう、材質は木、なのか。いや、もっと硬質な気もしたが、それよりもなにか、俺に妙な気分をもたらした。
門は緑色だった。装飾はされているが、夜中なので良く解らない。この門が俺の妄想ではなくて、本当なのだとしたら怪しい事この上ないが。
俺はその門に畏怖を感じた。
大きな鳥居が突然現れた。そんな気分だ。
人ならざる仕業、人の力及ばぬ物の仕業。俺は現実主義者リアリストではあるが、そういう空気には聡さとい。危ない仕事をしているとそういう臭いを嗅げない人間から死んでいく。直感というのか、予感というのか。ともかく、俺はその場で立ちすくんだ。
(これは、なにか厄介な匂いがする。どうする)
このまま、頭を撃ちぬいて、見て見ぬふりをしようか。
そう、思った。
だけれども、俺には時間があった。死ぬのはいつでもできる。あの世に待たせている恋人もいない。自嘲して拳銃をしまい、煙草をゆっくりと吸い終わって、吸い殻を地面に落としてから。
俺は一歩、踏み出した。
【扉ヲ、開ケロ】
頭の中でまた、声がする。それに軽く頷いて呟いた。
「もちろん門を開けるさ。だけど、こんなにでかくちゃ……、どうするんだい」
【手ヲ置ク】
「手を」
指示通りに右手を門に置く。その瞬間、俺の手が熱く、燃えるような痛みを感じた。思わず手を引っ込めると、扉が少し開いた。
「痛えじゃねえか……、なんだ、これは」
【門番ノ証ヲ刻ンダ。入レ】
「門番……?」
そこで俺は気が付いた。右手の甲に何か、文様が刻まれている。赤い矢印に似た文様が重なり、円を描いていた。おいおい、と俺は苦笑した。
「俺はそんなアルバイトの面接を受けた記憶はないぜ。勝手な事を言うね、あんた。まあ……後は死ぬだけだ。少しばかりおかしな事に付き合ってやってもいい」
【門ヲ、開ケロ】
「ああ、解っているさ」
そう言って俺は頷き、扉に手を当てて、少し引く。すると、まるで自分の一部のように門が動くのだ。これは、凄い技術だとか言いながら門の中に入ると。
そこは俺がいつも座っていた事務所の応接室だった。
思わず足が止まる。まさか。戻ってきたのか。そう思ったのと同時に、声がした。その声は俺の頭の中ではなく、目の前からだった。
「まさか、戻ってきたのか……?と思っているね?勿論ここは君が思っている場所ではない」
「じゃあここは」
「ここは【門】の中だ」
そう言って俺に微笑んだのは見覚えのない若い男だった。柔らかな物腰、日本人ではない金色の髪と白い色素の肌。服はよく解らないが、白い布のようなものを纏っていた。その男の瞳はなぜか眩しくて。
瞳の色が何かは解らない。
その男が俺に欲しいだろう?と俺が好んで吸っている煙草の新品のパッケージを俺に差し出した。
「大丈夫だ、危害を加える気はない。安心して話を聞くと良い」
「お言葉だが……断りもなく、手に何か描かれたぞ。これは危害なのでは?」
「ははは、なにを言うんだ。それは【栄誉】だ」
「栄誉?」
「そうとも。君はこの、門の門番として選ばれたのだ。おめでとう」
「おめでとうって、あんた」
「いいか、工藤清和くどう きょかず君。これは実に栄誉な事だよ。この門は神の門なのだ」
「神の門、ねえ」
相槌を打ちながら俺は新しい煙草を取り出して、咥えた。あまりに突拍子のないことばかりでこれは何かのドッキリなのではないか、という気さえしてきたのだ。
暗闇の中で独りで死ぬのが嫌だったからだ。
東京の夜、海、まるで生きたコールタールのようだ。
そして対岸には高いビルに光る赤い斑点
死の間際のロマンチックというやつか。やけに美しく見える街という集合体が発光している灯を見つめながら俺は引き金にかけた指に力を入れた所で頭の中で声がした。
【門ヲ開ケロ】
声の調子は無機質だった。俺は咥えた煙草の煙をもう一度、吸った。
死の恐怖で幻聴が聞こえたのかと思ったからだ。
だが、その声はもう一度聞こえた。
【門ヲ開ケロ、第一ノ扉ガ開ク】
「門……?そんな物……」
思わず呟いた瞬間、その意味が解った。
門が俺の前に現れたからだ。それも、唐突に。
その門は巨大だった。感覚で言うなら五階建てのビル位の高さはあるだろう、材質は木、なのか。いや、もっと硬質な気もしたが、それよりもなにか、俺に妙な気分をもたらした。
門は緑色だった。装飾はされているが、夜中なので良く解らない。この門が俺の妄想ではなくて、本当なのだとしたら怪しい事この上ないが。
俺はその門に畏怖を感じた。
大きな鳥居が突然現れた。そんな気分だ。
人ならざる仕業、人の力及ばぬ物の仕業。俺は現実主義者リアリストではあるが、そういう空気には聡さとい。危ない仕事をしているとそういう臭いを嗅げない人間から死んでいく。直感というのか、予感というのか。ともかく、俺はその場で立ちすくんだ。
(これは、なにか厄介な匂いがする。どうする)
このまま、頭を撃ちぬいて、見て見ぬふりをしようか。
そう、思った。
だけれども、俺には時間があった。死ぬのはいつでもできる。あの世に待たせている恋人もいない。自嘲して拳銃をしまい、煙草をゆっくりと吸い終わって、吸い殻を地面に落としてから。
俺は一歩、踏み出した。
【扉ヲ、開ケロ】
頭の中でまた、声がする。それに軽く頷いて呟いた。
「もちろん門を開けるさ。だけど、こんなにでかくちゃ……、どうするんだい」
【手ヲ置ク】
「手を」
指示通りに右手を門に置く。その瞬間、俺の手が熱く、燃えるような痛みを感じた。思わず手を引っ込めると、扉が少し開いた。
「痛えじゃねえか……、なんだ、これは」
【門番ノ証ヲ刻ンダ。入レ】
「門番……?」
そこで俺は気が付いた。右手の甲に何か、文様が刻まれている。赤い矢印に似た文様が重なり、円を描いていた。おいおい、と俺は苦笑した。
「俺はそんなアルバイトの面接を受けた記憶はないぜ。勝手な事を言うね、あんた。まあ……後は死ぬだけだ。少しばかりおかしな事に付き合ってやってもいい」
【門ヲ、開ケロ】
「ああ、解っているさ」
そう言って俺は頷き、扉に手を当てて、少し引く。すると、まるで自分の一部のように門が動くのだ。これは、凄い技術だとか言いながら門の中に入ると。
そこは俺がいつも座っていた事務所の応接室だった。
思わず足が止まる。まさか。戻ってきたのか。そう思ったのと同時に、声がした。その声は俺の頭の中ではなく、目の前からだった。
「まさか、戻ってきたのか……?と思っているね?勿論ここは君が思っている場所ではない」
「じゃあここは」
「ここは【門】の中だ」
そう言って俺に微笑んだのは見覚えのない若い男だった。柔らかな物腰、日本人ではない金色の髪と白い色素の肌。服はよく解らないが、白い布のようなものを纏っていた。その男の瞳はなぜか眩しくて。
瞳の色が何かは解らない。
その男が俺に欲しいだろう?と俺が好んで吸っている煙草の新品のパッケージを俺に差し出した。
「大丈夫だ、危害を加える気はない。安心して話を聞くと良い」
「お言葉だが……断りもなく、手に何か描かれたぞ。これは危害なのでは?」
「ははは、なにを言うんだ。それは【栄誉】だ」
「栄誉?」
「そうとも。君はこの、門の門番として選ばれたのだ。おめでとう」
「おめでとうって、あんた」
「いいか、工藤清和くどう きょかず君。これは実に栄誉な事だよ。この門は神の門なのだ」
「神の門、ねえ」
相槌を打ちながら俺は新しい煙草を取り出して、咥えた。あまりに突拍子のないことばかりでこれは何かのドッキリなのではないか、という気さえしてきたのだ。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
My Doctor
west forest
恋愛
#病気#医者#喘息#心臓病#高校生
病気系ですので、苦手な方は引き返してください。
初めて書くので読みにくい部分、誤字脱字等あると思いますが、ささやかな目で見ていただけると嬉しいです!
主人公:篠崎 奈々 (しのざき なな)
妹:篠崎 夏愛(しのざき なつめ)
医者:斎藤 拓海 (さいとう たくみ)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる