43 / 55
43
しおりを挟む
「そう、だったのか」
雨宮がどうして初めっからボディーガードだったのか。ところどころはしょって話した内容に、静は驚いた顔を見せた。
「ま、彪鷹さんが出てきたのは、想定外だけどな」
雨宮はどこか苦々しい顔をして、言い放った。
あんなのが出てくるなら、それなりに構えてたのに。そう言いたそうな顔だ。
「た、鷹千穗」
「は?」
「鷹千穗って?心がアヤさんに言ってた」
どこでその名前を?と聞きかけて、ああ、そう言えば心が言ってたなと思い出す。
雨宮にとっても、いや、裏鬼塚の誰にとってもあまり歓迎出来ない名前だ。
実際、彪鷹ですら鷹千穗の名前を聞いても、嬉しそうな顔なんて全くしなかった。どちらかと言うと、困惑した顔。
だが鷹千穗を知っている雨宮からすれば、納得出来ることだった。あんな狂犬、というか野獣?夜叉?あれが待ってると言われても。
どこか考え込む雨宮に、静は首を傾げた。
「あー。俺の仲間。彪鷹さんの弟…らしい」
「そうなの?」
「そうなの。ま、俺も聞いたばっかでよく知らねぇわ」
本当に”彪鷹の弟”っていうのを、聞いたばかりだから真相は知らない。
彪鷹に鷹千穗を知っているのかと尋ねたときに、弟と言われてひっくり返りそうになった。
いや、その真偽は不明だが、というか嘘だろという方が先に出ているがあまり首を突っ込むと後々に面倒になりそうなので深く追及することは控えた。
「そっか。あの、俺、どこに行けばいいの?」
雨宮に聞くのも見当違いなような気もしたが、静からすれば誰でもいいから教えてくれと言いたかった。
妹も母親も居場所がある。だが静は心に突き放され、今、どこへ行けば良いのか、居場所がないのは自分だけ。そんな気がした。
追い出され、拐われ、連れ戻され。また追い出されるくらいなら、自分から出ていきたかった。
「お前はどうしたいの?」
「え?」
「俺はなぁ、正式な鬼塚組の組員じゃねぇから、組長に忠誠してるわけじゃない。まして、命までも狙う人間だ。だからお前が組長と居たくないって言うんなら、連れ出してやれないことはない」
彪鷹にも言われた言葉。受け付けないのであれば、引き取ってやる。
嫌って何だろう?嫌なんだろうか?
そりゃ、あんな傲岸不遜な男、何て奴だ!と何度も思った。
でも、本当に離れて…。離れて、忘れられるのだろうか?
「松岡…」
「雨宮」
訂正されて、うっとなる。
「松岡ってずっと呼んでたんだもん」
静は不貞腐れた様な顔を見せた。
”松岡”と名乗ったのは雨宮で、例え短い期間であったとしても静にとっては雨宮は”松岡”だ。
静を騙すために嘘をついたくせに、それ違うから!みたいな訂正をされても素直に受け止められない。
初めに嘘をついたのは、そっちだろう?と捻くれた思いさえ沸き起こる。
「或人でもいい」
唇を尖らす静に笑って、雨宮がそう提案する。
そうだ、あると。音色だけは柔らかく、何だか可愛らしいなと思って静は少し笑った。
「変わった名前。あると。有に人?平仮名?」
「平仮名なわけあるか、或ところにの或だ」
雨宮は空に文字を書く。それを目で追いながら、静は“ああ…”と納得したように頷いた。
「さてと、飯食うか。とりあえず時間はたっぷりあるんだから、自分の居場所は自分で考えな。お前も分かってんだろ」
「…オムライス」
雨宮の言葉に返事をするように、静は呟いた。それに雨宮は“マジか!”と驚嘆した。
特段、何かをするわけでもなく日付が変わろうとする頃、心がくたびれ感いっぱいで帰ってきた。
部屋に入った瞬間に、ジャケットを脱いでスラックスからベルトを取り外す。
それをきちんとどこかに仕舞う訳でも、置くわけでもない。歩きながら床に脱ぎ捨てて行く。まるでヘンゼルとグレーテルのパンくずだ。
「おいおい」
静が呆れて、それを拾いながら後ろを追いかける。
そんな静に目もくれず、心はいつもの様にいつもの定位置のソファにまっしぐら。
そして辿り着いた瞬間に、ゴロンと転がり風船の空気が抜ける様な息を吐いた。
「…疲れてんな」
あまりの困憊ぶりに声をかけると、ソファに寝転がった心が空を睨んだ。
あ、機嫌もよろしくないのねと思いつつ、心の向かいに腰を下ろす。
「あのクソオヤジ」
空を睨んだまま、憤懣をぶつける。これはかなりご立腹のようだ。
その要因となったクソオヤジというのは、やはり…。
「…アヤさん?」
首を傾げると同時に、奥から雨宮が帰り支度をして現れた。
え?この面倒な状態の男と自分を残して帰っちゃうの?
そんな静の縋り付く様な視線を無視して、雨宮は無情な言葉を発する。
「じゃあ、俺はこれで」
「雨宮ぁ、鷹千穗に逢った?」
出た、鷹千穗。チラリ、雨宮を見れば雨宮は少し考え、頷く。
「確か…先月」
「状態は?」
「状態って。彪鷹さんのこと、言ってないんですか?」
「言うたらどないなる?」
「さぁ…。兄弟の感動的な再会?」
「なるわけがないでしょ」
二人にピシャリと言うように、部屋に入ってきた相馬が言った。
またこっちも疲れてるなと、静は相馬を見上げる。
「ったく、聞き分けのない子供が増えたのと同じですよ、あれじゃあ」
苛立たしさを隠さぬまま言いながら、相馬が空いているソファに腰を下ろした。
心以上に疲労困憊している様子の相馬は、大きく嘆息してソファの背凭れに背を預ける。こんな相馬を見るのは初めてだなと、静は少し驚く。
だがモルトを餌に彪鷹に戻る様に促したのは、相馬ではなかったか?
しかし博学広才の相馬をもってしても、やはりこの偽親子、一筋縄ではいかないようだ。
「あんな粛々としたところで、あろうことか親子喧嘩。梶原さんだったから良かったものの、風間組長が相手だったら、どうするつもりですか?」
「彪鷹に言えや。アイツがアホみたいに嫌嫌言うからやろうが」
「そりゃ、今まで糸の切れた凧みたいにふらふらしてたんだから、今さらそれを縛るなんて、無理な算段でしょ」
酷い言われようだ。そう言いながらも組に戻そうとするのは、彪鷹がそれだけ組に必要だということなんだろうか?
どちらにしても静は組の人間ではないので余計な口出しは無用だなと、二人の会話を大人しく聞いていた。
「鷹千穗に逢わしたらええ」
「これ以上、厄介ごとはごめんです」
「とにかく、あとは臨時会合開いて彪鷹の御披露目会や」
心はまるで投げ出す様に言うと、目を閉じた。
「あの、アヤさんは?」
やいやい言い合うのは良いが、当の本人はどこだ?
静の素朴な疑問に相馬がにっこり微笑んだ。
「彪鷹さんは、梶原さんがご機嫌取りにね。梶原さんも好きですからね、お酒。2人ともモルトが好きなんですよ」
ああ、なるほど。言われてcachetteに居たときに彪鷹に教わったモルトが頭に次々浮かぶ。
何だかんだと飲めないながら教わるモルト講座は、それなりに楽しかった。
チラリ、心を見れば煙草を持ったままうつらうつらしている。
余程、疲労困憊しているのだろうか。それに気が付いた雨宮が、心の指の間に嵌った煙草を取って灰皿に押し潰した。
「普段、あまり表に出ないから、疲れたんでしょう。かなり機嫌も悪かったし、彪鷹さん相手で勝手もなかなか利かないし」
心のそんな様子を見てそう言って、相馬は嘆息した。
普段、外出しないから疲れたって…。子供か?
何だか、可笑しなことを当たり前のように言う相馬が面白い。
「継承式かなんかするんすか?」
「しないと思うよ。彪鷹さんも肩書きは若頭だけどね」
「若頭が二人?」
雨宮との会話に静が首を傾げると、相馬はフフッと笑った。
「若頭を二人や三人持つ組は多いんですよ。若頭それぞれまた別に組を抱えて、その組の組長をしながら大本の役員に就くのが主流ですね」
極道の主流てなんですか…。思いながら、ふーんと頷く。
えらく対照的な若頭…。いや、というよりは相馬がただ大変になっただけなんじゃないか?
今まで心一人に手を焼いていたが、これからは血縁関係がない方が疑わしい彪鷹も居るのだ。気苦労は計り知れないのでは…。
「相馬さん、大変だね」
思わず言葉に出してしまった静は、慌てて口を噤んだ。それに相馬が笑う。
「ものは使いようですよ」
花を散りばめんばかりの笑顔で言われ、静ばかりか雨宮までが顔を強張らせた。
さすがというか…なんというか… 。
「じゃあ、今日はこれで。雨宮ももういいよ」
相馬が言うと、雨宮は頭を下げ静に声に出さず“またな”と言って部屋を出ていった。
「では、お疲れ様です」
「あ、はい。お疲れ様です」
その雨宮を追うように相馬が部屋を出て、ハッと気がつく。どうすんだ、これ。
ソファで転がる馬鹿デカイ置物。スヤスヤ気持ち良さそうに寝て、起きる気配は皆無。
このまま捨て置いていいですか?と思いながら、とりあえず風邪なんか引きそうにないけど、まさかまさかの事態になると困るので、ベッドから掛け布団を持ち出し心に掛ける。
そのまま傍らにしゃがみ込み、顔を覗き込むがやはり起きる気配はない。
力強い眉に、彫り深い顔。意外に睫毛が長いことに驚く。寝顔は案外、幼いなと眺めていると唐突に心の腕が静を捕らえた。
「うわっ!!」
首にぐるり、蛇の様に腕が巻き付く。
「人の寝顔ジロジロ見んな」
「起きてたのかよっ!卑怯者っ」
何が卑怯?と思いながらも、静は心の腕から逃れようと暴れる。
だがやはり、心の鍛え上げられた腕から逃れれる訳もなく、静は諦めて心の胸に頭を置いた。
「お前、本当に最低」
言ってみて、最低ってなんだっけ?なんて思う。
確かに性格は最低。年下で恨み忌み嫌う極道で、しかも組長で、どうしようもない俺様。
だけれども実際は心に何か”最低”なことはされてはいない。
暴力団とも呼ばれる世界に生きる心だが、一度も心に暴力を振るわれた事はない。
静が傷つき、絶望に苛まれるようなことは何もされていないのだ。
「…静」
心は静の名を慈しむ様に呼ぶと、静の身体をグッと抱き上げ自分の上に転がす。
いくらサイズの大きなソファと言えど、男二人が乗れば革が大きな音で鳴いた。
「おいっ」
上体を起こし抗議の声をあげた唇を、心のそれが軽く吸う。
「疲れたから、文句は明日」
フッと柔らかく笑われ、心は静の後頭部に手を回すと軽く力を入れた。静はそれに促されるまま、心の肩口に頭を置いて目を閉じた。
血液の流れる音と心臓の鼓動が心地良い。静はそれを聞きながら、夢に堕ちた。
雨宮がどうして初めっからボディーガードだったのか。ところどころはしょって話した内容に、静は驚いた顔を見せた。
「ま、彪鷹さんが出てきたのは、想定外だけどな」
雨宮はどこか苦々しい顔をして、言い放った。
あんなのが出てくるなら、それなりに構えてたのに。そう言いたそうな顔だ。
「た、鷹千穗」
「は?」
「鷹千穗って?心がアヤさんに言ってた」
どこでその名前を?と聞きかけて、ああ、そう言えば心が言ってたなと思い出す。
雨宮にとっても、いや、裏鬼塚の誰にとってもあまり歓迎出来ない名前だ。
実際、彪鷹ですら鷹千穗の名前を聞いても、嬉しそうな顔なんて全くしなかった。どちらかと言うと、困惑した顔。
だが鷹千穗を知っている雨宮からすれば、納得出来ることだった。あんな狂犬、というか野獣?夜叉?あれが待ってると言われても。
どこか考え込む雨宮に、静は首を傾げた。
「あー。俺の仲間。彪鷹さんの弟…らしい」
「そうなの?」
「そうなの。ま、俺も聞いたばっかでよく知らねぇわ」
本当に”彪鷹の弟”っていうのを、聞いたばかりだから真相は知らない。
彪鷹に鷹千穗を知っているのかと尋ねたときに、弟と言われてひっくり返りそうになった。
いや、その真偽は不明だが、というか嘘だろという方が先に出ているがあまり首を突っ込むと後々に面倒になりそうなので深く追及することは控えた。
「そっか。あの、俺、どこに行けばいいの?」
雨宮に聞くのも見当違いなような気もしたが、静からすれば誰でもいいから教えてくれと言いたかった。
妹も母親も居場所がある。だが静は心に突き放され、今、どこへ行けば良いのか、居場所がないのは自分だけ。そんな気がした。
追い出され、拐われ、連れ戻され。また追い出されるくらいなら、自分から出ていきたかった。
「お前はどうしたいの?」
「え?」
「俺はなぁ、正式な鬼塚組の組員じゃねぇから、組長に忠誠してるわけじゃない。まして、命までも狙う人間だ。だからお前が組長と居たくないって言うんなら、連れ出してやれないことはない」
彪鷹にも言われた言葉。受け付けないのであれば、引き取ってやる。
嫌って何だろう?嫌なんだろうか?
そりゃ、あんな傲岸不遜な男、何て奴だ!と何度も思った。
でも、本当に離れて…。離れて、忘れられるのだろうか?
「松岡…」
「雨宮」
訂正されて、うっとなる。
「松岡ってずっと呼んでたんだもん」
静は不貞腐れた様な顔を見せた。
”松岡”と名乗ったのは雨宮で、例え短い期間であったとしても静にとっては雨宮は”松岡”だ。
静を騙すために嘘をついたくせに、それ違うから!みたいな訂正をされても素直に受け止められない。
初めに嘘をついたのは、そっちだろう?と捻くれた思いさえ沸き起こる。
「或人でもいい」
唇を尖らす静に笑って、雨宮がそう提案する。
そうだ、あると。音色だけは柔らかく、何だか可愛らしいなと思って静は少し笑った。
「変わった名前。あると。有に人?平仮名?」
「平仮名なわけあるか、或ところにの或だ」
雨宮は空に文字を書く。それを目で追いながら、静は“ああ…”と納得したように頷いた。
「さてと、飯食うか。とりあえず時間はたっぷりあるんだから、自分の居場所は自分で考えな。お前も分かってんだろ」
「…オムライス」
雨宮の言葉に返事をするように、静は呟いた。それに雨宮は“マジか!”と驚嘆した。
特段、何かをするわけでもなく日付が変わろうとする頃、心がくたびれ感いっぱいで帰ってきた。
部屋に入った瞬間に、ジャケットを脱いでスラックスからベルトを取り外す。
それをきちんとどこかに仕舞う訳でも、置くわけでもない。歩きながら床に脱ぎ捨てて行く。まるでヘンゼルとグレーテルのパンくずだ。
「おいおい」
静が呆れて、それを拾いながら後ろを追いかける。
そんな静に目もくれず、心はいつもの様にいつもの定位置のソファにまっしぐら。
そして辿り着いた瞬間に、ゴロンと転がり風船の空気が抜ける様な息を吐いた。
「…疲れてんな」
あまりの困憊ぶりに声をかけると、ソファに寝転がった心が空を睨んだ。
あ、機嫌もよろしくないのねと思いつつ、心の向かいに腰を下ろす。
「あのクソオヤジ」
空を睨んだまま、憤懣をぶつける。これはかなりご立腹のようだ。
その要因となったクソオヤジというのは、やはり…。
「…アヤさん?」
首を傾げると同時に、奥から雨宮が帰り支度をして現れた。
え?この面倒な状態の男と自分を残して帰っちゃうの?
そんな静の縋り付く様な視線を無視して、雨宮は無情な言葉を発する。
「じゃあ、俺はこれで」
「雨宮ぁ、鷹千穗に逢った?」
出た、鷹千穗。チラリ、雨宮を見れば雨宮は少し考え、頷く。
「確か…先月」
「状態は?」
「状態って。彪鷹さんのこと、言ってないんですか?」
「言うたらどないなる?」
「さぁ…。兄弟の感動的な再会?」
「なるわけがないでしょ」
二人にピシャリと言うように、部屋に入ってきた相馬が言った。
またこっちも疲れてるなと、静は相馬を見上げる。
「ったく、聞き分けのない子供が増えたのと同じですよ、あれじゃあ」
苛立たしさを隠さぬまま言いながら、相馬が空いているソファに腰を下ろした。
心以上に疲労困憊している様子の相馬は、大きく嘆息してソファの背凭れに背を預ける。こんな相馬を見るのは初めてだなと、静は少し驚く。
だがモルトを餌に彪鷹に戻る様に促したのは、相馬ではなかったか?
しかし博学広才の相馬をもってしても、やはりこの偽親子、一筋縄ではいかないようだ。
「あんな粛々としたところで、あろうことか親子喧嘩。梶原さんだったから良かったものの、風間組長が相手だったら、どうするつもりですか?」
「彪鷹に言えや。アイツがアホみたいに嫌嫌言うからやろうが」
「そりゃ、今まで糸の切れた凧みたいにふらふらしてたんだから、今さらそれを縛るなんて、無理な算段でしょ」
酷い言われようだ。そう言いながらも組に戻そうとするのは、彪鷹がそれだけ組に必要だということなんだろうか?
どちらにしても静は組の人間ではないので余計な口出しは無用だなと、二人の会話を大人しく聞いていた。
「鷹千穗に逢わしたらええ」
「これ以上、厄介ごとはごめんです」
「とにかく、あとは臨時会合開いて彪鷹の御披露目会や」
心はまるで投げ出す様に言うと、目を閉じた。
「あの、アヤさんは?」
やいやい言い合うのは良いが、当の本人はどこだ?
静の素朴な疑問に相馬がにっこり微笑んだ。
「彪鷹さんは、梶原さんがご機嫌取りにね。梶原さんも好きですからね、お酒。2人ともモルトが好きなんですよ」
ああ、なるほど。言われてcachetteに居たときに彪鷹に教わったモルトが頭に次々浮かぶ。
何だかんだと飲めないながら教わるモルト講座は、それなりに楽しかった。
チラリ、心を見れば煙草を持ったままうつらうつらしている。
余程、疲労困憊しているのだろうか。それに気が付いた雨宮が、心の指の間に嵌った煙草を取って灰皿に押し潰した。
「普段、あまり表に出ないから、疲れたんでしょう。かなり機嫌も悪かったし、彪鷹さん相手で勝手もなかなか利かないし」
心のそんな様子を見てそう言って、相馬は嘆息した。
普段、外出しないから疲れたって…。子供か?
何だか、可笑しなことを当たり前のように言う相馬が面白い。
「継承式かなんかするんすか?」
「しないと思うよ。彪鷹さんも肩書きは若頭だけどね」
「若頭が二人?」
雨宮との会話に静が首を傾げると、相馬はフフッと笑った。
「若頭を二人や三人持つ組は多いんですよ。若頭それぞれまた別に組を抱えて、その組の組長をしながら大本の役員に就くのが主流ですね」
極道の主流てなんですか…。思いながら、ふーんと頷く。
えらく対照的な若頭…。いや、というよりは相馬がただ大変になっただけなんじゃないか?
今まで心一人に手を焼いていたが、これからは血縁関係がない方が疑わしい彪鷹も居るのだ。気苦労は計り知れないのでは…。
「相馬さん、大変だね」
思わず言葉に出してしまった静は、慌てて口を噤んだ。それに相馬が笑う。
「ものは使いようですよ」
花を散りばめんばかりの笑顔で言われ、静ばかりか雨宮までが顔を強張らせた。
さすがというか…なんというか… 。
「じゃあ、今日はこれで。雨宮ももういいよ」
相馬が言うと、雨宮は頭を下げ静に声に出さず“またな”と言って部屋を出ていった。
「では、お疲れ様です」
「あ、はい。お疲れ様です」
その雨宮を追うように相馬が部屋を出て、ハッと気がつく。どうすんだ、これ。
ソファで転がる馬鹿デカイ置物。スヤスヤ気持ち良さそうに寝て、起きる気配は皆無。
このまま捨て置いていいですか?と思いながら、とりあえず風邪なんか引きそうにないけど、まさかまさかの事態になると困るので、ベッドから掛け布団を持ち出し心に掛ける。
そのまま傍らにしゃがみ込み、顔を覗き込むがやはり起きる気配はない。
力強い眉に、彫り深い顔。意外に睫毛が長いことに驚く。寝顔は案外、幼いなと眺めていると唐突に心の腕が静を捕らえた。
「うわっ!!」
首にぐるり、蛇の様に腕が巻き付く。
「人の寝顔ジロジロ見んな」
「起きてたのかよっ!卑怯者っ」
何が卑怯?と思いながらも、静は心の腕から逃れようと暴れる。
だがやはり、心の鍛え上げられた腕から逃れれる訳もなく、静は諦めて心の胸に頭を置いた。
「お前、本当に最低」
言ってみて、最低ってなんだっけ?なんて思う。
確かに性格は最低。年下で恨み忌み嫌う極道で、しかも組長で、どうしようもない俺様。
だけれども実際は心に何か”最低”なことはされてはいない。
暴力団とも呼ばれる世界に生きる心だが、一度も心に暴力を振るわれた事はない。
静が傷つき、絶望に苛まれるようなことは何もされていないのだ。
「…静」
心は静の名を慈しむ様に呼ぶと、静の身体をグッと抱き上げ自分の上に転がす。
いくらサイズの大きなソファと言えど、男二人が乗れば革が大きな音で鳴いた。
「おいっ」
上体を起こし抗議の声をあげた唇を、心のそれが軽く吸う。
「疲れたから、文句は明日」
フッと柔らかく笑われ、心は静の後頭部に手を回すと軽く力を入れた。静はそれに促されるまま、心の肩口に頭を置いて目を閉じた。
血液の流れる音と心臓の鼓動が心地良い。静はそれを聞きながら、夢に堕ちた。
1
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
気になるあの人は無愛想
山猫
BL
___初恋なんだ、絶対振り向かせるぞ!
家柄がちょっと特殊な少年が気になるあの人にアタックするだけのお話。しかし気になるあの人はやはり普通ではない模様。
CP 無愛想な彫師兼……×ちょっとおバカな高校生
_______✂︎
*地雷避けは各自でお願い致します。私の好みがあなたの地雷になっている可能性大。雑食な方に推奨。中傷誹謗があり次第作品を下げます、ご了承ください。更新はあまり期待しない方がいいです。クオリティも以下略。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる