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第4章〜イケてる彼女とサエない彼氏〜⑯
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それは、彼の言ったとおり、ステージ後方の大型スクリーンでは流れなかった、インタビューの終盤の場面だ。
――――――さっきの質問に戻るけど、《ミンスタグラム》や《YourTube》でのライブ配信にこだわる理由は? みんからの注目を集めたいから、とか?
「う~ん、ホントに正直なことを言うと、お金のためなんだよね……うちは、仕事をして収入を得ているのが、母親ひとりでしょ? お母さんには、高等部までもう十分に育ててもらったから、大学の学費くらいは自分で稼ぎたいんだ……わたしのできる範囲のことで学費を支払って、お母さんには、自分のことに時間を使ってもらいんだよね……あっ、このことは、誰にも言ってないから、他の人には話さないでよ!」
――――――わかった。それは、約束する。
「うん、ぜったい、約束だからね!」
画面の中の自分は、他の人には知られたくない秘密を彼に語り、他言しないように告げていた。
スマホのディスプレイをタップし、
「この話しをしてくれたの覚えてる?」
と、彼がたずねる。
その問いを肯定するように、首を縦に振ると、寿太郎は、わたしの答えを予想していたかのように、小さくうなずくと、心苦しさそうな表情で、こんなことを伝えてきた。
「実は、亜矢にもう一つ謝らなければならないことがある。『他の人には話さない』と約束したが、このことを柚寿には話しているんだ……」
彼の言葉に、ショックを受け、目を見開くと、こちらの気持ちが伝わったのか、すぐに寿太郎は釈明する。
「約束を破ったことについては、申し訳ない! ただ、亜矢に対して割り切れない想いがある、という柚寿と話し合う中で、このことを理解してもらいたかったんだ」
「柚寿ちゃんに理解してもらいたい、って、どういうこと?」
寿太郎の言葉に疑問をいだいたわたしが、シンプルにたずね返すと、彼は、また、落ち着いた口調で語り始めた。
「オレたち兄妹が、父親が描いているマンガの収入で、いまのマンションに暮らしているって、話しはさせてもらったよな?」
確認するようにたずねる彼を見てうなずくと、寿太郎は、言葉を続ける。
「妹とも話し合ったんだが……自分たち兄妹が、大学を出るまで、なに不自由のない生活に甘えることができる一方で、大学に通うために自分のチカラで収入を得ようと努力している同級生もいる。オレは、そんな相手のことを尊敬するし、その姿勢を尊重したいと考えている……だから――――――」
そこまで言ったあと、それまで穏やかだった口調が熱を帯びたものに変わったことを自身で悟ったのか、自分を落ち着かせるように、深呼吸をしたあと、
「だから、亜矢がオレや柚寿に対して、気に病むことはない。柚寿も、このことは、納得したみたいだから……妹から亜矢へのメッセージを見てあげてくれないか?」
そう言って、ふたたび、Android端末を操作して、動画の続きを再生させた。
画面には、寿太郎の部屋で学習机の前の椅子に座って、こちら側に視線を向ける柚寿ちゃんが映っている。
ディスプレイの中の彼女は、少し気まずそうなようすで、話し始めた。
「亜矢ちゃん……お兄と話してみて、亜矢ちゃんにも色々と事情があったんだ、ってことがわかりました。亜矢ちゃんのお話しも聞かずに、一方的にLANEをブロックしちゃったりして、ゴメンナサイ」
「本当は、あの日、亜矢ちゃんにお礼を言いたかったんだ。『うちの兄貴をこんなに素敵に変身させてくれてありがとう!』って……私が台本を作った『蛙化現象』のネタも、夏休み明けまでみたく、お兄が、クラスの冴えない三軍男子な見た目のままじゃ、絶対に成立しなかったしね(苦笑)」
「私の方から、連絡を断ったのに、都合のイイことを言って、本当に申し訳ないけど……また、いままでのように仲良く話してくれると嬉しいです」
最後は、はにかむような笑顔で、画面の中の柚寿ちゃんは、ペコリとお辞儀をした。
彼女の思いやりのある性格が伝わるメッセージに、一生懸命に自分の想いを伝えようとする姿に、わたしは、気づくと口元に両手をあて、瞳から涙があふれてくるのをこらえることができなかった。
「その……柚寿の想いは、伝わったかな……?」
遠慮がちに問いかけてくる寿太郎の言葉に、無言で二度三度うなずくと、彼は、
「そうか……良かった……柚寿にも、ちゃんとメッセージが伝わったよ、と言っておく」
と、つぶやいたあと、
「最後に、オレの考えていることもきいてくれないか?」
と、たずねてくる。
(これ以上、なにを話すことがあるんだろう?)
疑問に思いながらも、首を縦に一度だけ振る。
すると、まっすぐにこちらを見ていた彼が、覚悟を決めたように、深呼吸をしてから、ゆっくりと語りだした。
「今日の舞台でスピーチをしたとき、亜矢は『大切な人の想いを裏切ってしまったので、もう、その人のそばにいる資格はない』って言ってたけど……もし、勘違いじゃなくて、その大切な人っていうのが、オレ自身のことだったら……」
そこまで言って、寿太郎は、もう一度、深く息を吸い、呼吸を整えてから、最後の言葉を口にした。
「亜矢は、その人の想いを裏切ってなんかいない……だから、これからも、ずっとオレのそばにいてくれないか――――――?」
最初は、寿太郎がナニを言いたいのか、意図がわからなかったが、彼のその言葉の意味が理解できた途端に、わたしの心臓は、一気に動きを早めだした。
(えっ……寿太郎が、ずっとそばにいてほしい、って言った?)
(どうして、わたしに? リコじゃなくて?)
(なんで、どうして? どうして?)
驚きと、疑問と、そして、嬉しいという想いが、複雑に合わさって一気にこみ上げてきて、感情に頭が追いつかず、わたしは、また、口元に手を当て、思わず彼に背中を向けてしまう。
(瓦木亜矢は、寿太郎や柚寿ちゃんや映文研のメンバーを自分の思惑のために利用しようとした、傲慢な人間だ)
(それなのに、深津寿太郎は、そんな自分に、ずっとオレのそばにいてくれないか? と言っている)
(親友の樋ノ口莉子にように、わたしなんかより、遥かに寿太郎に相応しい相手もいるのに……)
そう感じながらも、寿太郎が語った言葉が、なんども頭の中で繰り返され、なによりも、嬉しく喜ばしいと思う感情が抑えられない。
いくつもの感情が交錯し、情緒というものが、こんがらがってグチャグチャになってしまったわたしは、その表情を、誰にも、いや、とくに寿太郎だけには見られたくない、と感じて、彼と向き合うことができないでいた。
それでも、どうしようもなく素直になれないわたしは、つい、意地を張って、寿太郎に背中を向けたまま、聞いてしまう。
「どうして、わたしなの? 寿太郎には、思いやりのリコみたいな女の子が相応しいと思うけど……?」
廊下のガラスに映る寿太郎は、少し困ったような表情で、
「たしかに、樋ノ口さんは、素敵な女子だと思うけど……」
と、前置きのように口にしたあと、真剣な面持ちで、こう語った。
「オレは、亜矢と話しをしているときが、いちばん面白いし、楽しいし、リラックスできる……それに、なにより、亜矢と過ごしているときの素の自分のことが、いちばん好きでいられるんだ」
まさか――――――。
わたし自身が、寿太郎に対して感じていたことを、寿太郎も、わたしに対して感じてくれていたなんて――――――。
彼の本当の想いを告げられ、今度こそ、あふれるように、次々と涙が流れ出るのを我慢できなかった。
(おそらく、寿太郎にすれば)精一杯の告白の場面で、急に泣き出した相手に、きっと困惑しているだろうと、感じつつ、懸命に涙を抑えようとしたんだけど、その瞬間――――――。
わたしは、背中と両腕に、やさしく包み込まれるような感触を覚えた。
――――――さっきの質問に戻るけど、《ミンスタグラム》や《YourTube》でのライブ配信にこだわる理由は? みんからの注目を集めたいから、とか?
「う~ん、ホントに正直なことを言うと、お金のためなんだよね……うちは、仕事をして収入を得ているのが、母親ひとりでしょ? お母さんには、高等部までもう十分に育ててもらったから、大学の学費くらいは自分で稼ぎたいんだ……わたしのできる範囲のことで学費を支払って、お母さんには、自分のことに時間を使ってもらいんだよね……あっ、このことは、誰にも言ってないから、他の人には話さないでよ!」
――――――わかった。それは、約束する。
「うん、ぜったい、約束だからね!」
画面の中の自分は、他の人には知られたくない秘密を彼に語り、他言しないように告げていた。
スマホのディスプレイをタップし、
「この話しをしてくれたの覚えてる?」
と、彼がたずねる。
その問いを肯定するように、首を縦に振ると、寿太郎は、わたしの答えを予想していたかのように、小さくうなずくと、心苦しさそうな表情で、こんなことを伝えてきた。
「実は、亜矢にもう一つ謝らなければならないことがある。『他の人には話さない』と約束したが、このことを柚寿には話しているんだ……」
彼の言葉に、ショックを受け、目を見開くと、こちらの気持ちが伝わったのか、すぐに寿太郎は釈明する。
「約束を破ったことについては、申し訳ない! ただ、亜矢に対して割り切れない想いがある、という柚寿と話し合う中で、このことを理解してもらいたかったんだ」
「柚寿ちゃんに理解してもらいたい、って、どういうこと?」
寿太郎の言葉に疑問をいだいたわたしが、シンプルにたずね返すと、彼は、また、落ち着いた口調で語り始めた。
「オレたち兄妹が、父親が描いているマンガの収入で、いまのマンションに暮らしているって、話しはさせてもらったよな?」
確認するようにたずねる彼を見てうなずくと、寿太郎は、言葉を続ける。
「妹とも話し合ったんだが……自分たち兄妹が、大学を出るまで、なに不自由のない生活に甘えることができる一方で、大学に通うために自分のチカラで収入を得ようと努力している同級生もいる。オレは、そんな相手のことを尊敬するし、その姿勢を尊重したいと考えている……だから――――――」
そこまで言ったあと、それまで穏やかだった口調が熱を帯びたものに変わったことを自身で悟ったのか、自分を落ち着かせるように、深呼吸をしたあと、
「だから、亜矢がオレや柚寿に対して、気に病むことはない。柚寿も、このことは、納得したみたいだから……妹から亜矢へのメッセージを見てあげてくれないか?」
そう言って、ふたたび、Android端末を操作して、動画の続きを再生させた。
画面には、寿太郎の部屋で学習机の前の椅子に座って、こちら側に視線を向ける柚寿ちゃんが映っている。
ディスプレイの中の彼女は、少し気まずそうなようすで、話し始めた。
「亜矢ちゃん……お兄と話してみて、亜矢ちゃんにも色々と事情があったんだ、ってことがわかりました。亜矢ちゃんのお話しも聞かずに、一方的にLANEをブロックしちゃったりして、ゴメンナサイ」
「本当は、あの日、亜矢ちゃんにお礼を言いたかったんだ。『うちの兄貴をこんなに素敵に変身させてくれてありがとう!』って……私が台本を作った『蛙化現象』のネタも、夏休み明けまでみたく、お兄が、クラスの冴えない三軍男子な見た目のままじゃ、絶対に成立しなかったしね(苦笑)」
「私の方から、連絡を断ったのに、都合のイイことを言って、本当に申し訳ないけど……また、いままでのように仲良く話してくれると嬉しいです」
最後は、はにかむような笑顔で、画面の中の柚寿ちゃんは、ペコリとお辞儀をした。
彼女の思いやりのある性格が伝わるメッセージに、一生懸命に自分の想いを伝えようとする姿に、わたしは、気づくと口元に両手をあて、瞳から涙があふれてくるのをこらえることができなかった。
「その……柚寿の想いは、伝わったかな……?」
遠慮がちに問いかけてくる寿太郎の言葉に、無言で二度三度うなずくと、彼は、
「そうか……良かった……柚寿にも、ちゃんとメッセージが伝わったよ、と言っておく」
と、つぶやいたあと、
「最後に、オレの考えていることもきいてくれないか?」
と、たずねてくる。
(これ以上、なにを話すことがあるんだろう?)
疑問に思いながらも、首を縦に一度だけ振る。
すると、まっすぐにこちらを見ていた彼が、覚悟を決めたように、深呼吸をしてから、ゆっくりと語りだした。
「今日の舞台でスピーチをしたとき、亜矢は『大切な人の想いを裏切ってしまったので、もう、その人のそばにいる資格はない』って言ってたけど……もし、勘違いじゃなくて、その大切な人っていうのが、オレ自身のことだったら……」
そこまで言って、寿太郎は、もう一度、深く息を吸い、呼吸を整えてから、最後の言葉を口にした。
「亜矢は、その人の想いを裏切ってなんかいない……だから、これからも、ずっとオレのそばにいてくれないか――――――?」
最初は、寿太郎がナニを言いたいのか、意図がわからなかったが、彼のその言葉の意味が理解できた途端に、わたしの心臓は、一気に動きを早めだした。
(えっ……寿太郎が、ずっとそばにいてほしい、って言った?)
(どうして、わたしに? リコじゃなくて?)
(なんで、どうして? どうして?)
驚きと、疑問と、そして、嬉しいという想いが、複雑に合わさって一気にこみ上げてきて、感情に頭が追いつかず、わたしは、また、口元に手を当て、思わず彼に背中を向けてしまう。
(瓦木亜矢は、寿太郎や柚寿ちゃんや映文研のメンバーを自分の思惑のために利用しようとした、傲慢な人間だ)
(それなのに、深津寿太郎は、そんな自分に、ずっとオレのそばにいてくれないか? と言っている)
(親友の樋ノ口莉子にように、わたしなんかより、遥かに寿太郎に相応しい相手もいるのに……)
そう感じながらも、寿太郎が語った言葉が、なんども頭の中で繰り返され、なによりも、嬉しく喜ばしいと思う感情が抑えられない。
いくつもの感情が交錯し、情緒というものが、こんがらがってグチャグチャになってしまったわたしは、その表情を、誰にも、いや、とくに寿太郎だけには見られたくない、と感じて、彼と向き合うことができないでいた。
それでも、どうしようもなく素直になれないわたしは、つい、意地を張って、寿太郎に背中を向けたまま、聞いてしまう。
「どうして、わたしなの? 寿太郎には、思いやりのリコみたいな女の子が相応しいと思うけど……?」
廊下のガラスに映る寿太郎は、少し困ったような表情で、
「たしかに、樋ノ口さんは、素敵な女子だと思うけど……」
と、前置きのように口にしたあと、真剣な面持ちで、こう語った。
「オレは、亜矢と話しをしているときが、いちばん面白いし、楽しいし、リラックスできる……それに、なにより、亜矢と過ごしているときの素の自分のことが、いちばん好きでいられるんだ」
まさか――――――。
わたし自身が、寿太郎に対して感じていたことを、寿太郎も、わたしに対して感じてくれていたなんて――――――。
彼の本当の想いを告げられ、今度こそ、あふれるように、次々と涙が流れ出るのを我慢できなかった。
(おそらく、寿太郎にすれば)精一杯の告白の場面で、急に泣き出した相手に、きっと困惑しているだろうと、感じつつ、懸命に涙を抑えようとしたんだけど、その瞬間――――――。
わたしは、背中と両腕に、やさしく包み込まれるような感触を覚えた。
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