僕のペナントライフ

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
69 / 78

第4幕・ARE(アレ)の章〜⑮〜

しおりを挟む
 43∨型のディスプレイのすみっこに映し出された女性は、間違いなく奈緒美さんだった。

「ちょっと……そんなところで、何やってんですか……」

 思わず漏れ出た独り言のあと、僕は、すぐにスマホを手に取り、LINEのトーク画面から彼女とのトーク履歴を選択して、通話ボタンをタップする。

 高架下の大勢のファンによる『六甲おろし』の大合唱は終わり、即興ライブのセットリストは(?)スタメンオーダーのヒッティングマーチに入っている。

 ♪ 切り拓け 勝利への道
 ♪ 打て グランド駆けろ 燃えろ~近本~

「かっとばせ~! 近本!」

 という声が、テレビモニターから流れると同時に、奈緒美さんとの通話がつながった。

「もしもし! 虎太郎くんですか?」

「はい、そうです! って言うか、奈緒美さん! そんなところで、何やってるんですか……!?」

 スマホ越しに聞こえた声に安堵しつつ、僕は、さっきの独り言をもう一度、彼女にぶつける。
 モニターの音量をミュートにして、スマホのスピーカーに耳をすますと、奈緒美さんの声が少しクリアになって返ってきた。

「あの……お昼から更新されてる虎太郎くんのSNSを見てて……球場の近くに居るのかと思ったから、虎太郎くんに会えそうだったら、仕事帰りに寄ってみようかなって……」

 そういうことだったのか……。

 昼から投稿を続けていたエックス(旧:Twitter)には、確かに自宅に戻るという内容は投稿していなかったし、試合中と試合後の投稿内容では、僕が、どの場所にいるのか、わからないだろう。

「わかりました! そのままだと、周りの人たちに巻き込まれるかも知れないので……とにかく、今の場所を離れて、なるべく人の少ない場所に移動してください! 僕も、今から高架下に行きますから!」

 そう言って奈緒美さんに、危険回避のアドバイスを行い、現地に向かうことを伝えると、

「うん……待ってるね」

という、少し安心した様子がうかがえる言葉が返ってきた。
 
「はい、急いで行くので待っててください!」

 そう返事をして、通話を終えると、すぐに家を出る準備を始める。
 スマホ、自転車と自宅の鍵、念のために財布を持ち、アパートを出て、自転車に飛び乗った。

 全速力で自転車をげば、おそらく、10分程度で球場前の高架下に到着できるはずだ。
 9月も半ばになる夜半だと言うのに、25℃を超える気温と、まとわりつくような湿気で、すぐに額から汗が吹き出した。

 それでも、必死に両脚を動かしながら、奈緒美さんや、彼女との関係進展について、アドバイスをしてくれた友人たちのことについて考える。

 僕が、彼女に惹かれた理由は、なんだろう――――――?

 奈緒美さんの作っておいてくれた引き継ぎ資料のおかげで、僕はスムーズに学校での仕事を始めることができた。
 そのことから、キッチリと仕事をこなす、真面目でスキのない女性なのかと思っていたけど、意外にも、アイドル好きという趣味には好感をもったし、酔うと前後不覚に陥る放っておけない面があることもわかった。

 そこまで考えて、先日、友人のひさしから薦められた古いテレビコマーシャルのことを思い出した。
 それは、15年以上前に放送されていた日本中央競馬会のブランドCMだった。

 レミオロメンの『茜空』という楽曲にのせて、こんなテキストが表示される。 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 なかなか勝てない馬がいる。
 その馬のいいところは、
 とにかくひたむきに走ること。

 いつも、いつも
 あと一歩のところまで
 追い込んでくる。

 最後まであきらめないから
 また好きになる

「結果がすべてだ」

 人はそう言うけれど、

 あきらめないことは、
 勝つことよりも難しいことを
 私は知っている。

 今日も、その馬が走る。

 がんばれ、と声が出る。

 まるで、自分に言ってるみたいだ。

 今日も 私の好きな馬が 走っています。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 僕らが小学校の低学年だった頃に放映されていたコマ―ショルをひさしが知ったのは、テレビアニメの『ウマ娘。』を観ていたことが、キッカケだったらしい。

 アニメ(二期)に登場するツインターボやナイスネイチャなどのキャラクターが登場するパロディ映像を動画サイトで視聴して以来、ひさしは、このコマーシャルを気に入っているという。
 先日、彼らからアドバイスをもらった直後に、僕もその動画を確認したけど、学生時代からのアイドルライブに足繁く通っていた友人が、このコマーシャルに思い入れがある理由は、なんとなく理解できた。

『ウマ娘。』がゲーム化されたとき、なぜ、レース後にアイドル風のライブを行うのか、このゲームにハマっている友人は疑問に感じないのか、と思っていたけど、競走馬に思いを込めるのも、アイドルを応援するのも、『推す』という行為の本質は、このコマーシャルのメッセージでもある後半のフレーズに集約されているのかも知れない。

 友人と同じく、アイドル好きである奈緒美さんにも、この気持ちはわかってもらえるのではないだろうか――――――。

 僕には、そんな気がしている。

 そして、僕自身が小学校のとき以来、ずっと、阪神タイガースというチームに声援を送り続けるのも、同じ理由だ。
 
「がんばれ、と声が出る。」
「まるで、自分に言ってるみたいだ。」
 
 自分の心を見透かされているかのようなフレーズを目にしたとき、僕の身体には鳥肌が立った。

 古い映画を薦めたり、過去のコマーシャル動画を推薦したり、僕自身よりも、僕のことを理解してくれている友人たちのことを誇りに思いながら、額の汗をぬぐいつつ甲子園球場をめざす。

 眼の前には、阪神甲子園駅が見えてきた。

 彼女が待っている高架下は、もうすぐの場所だ。
しおりを挟む

処理中です...