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第4幕・ARE(アレ)の章〜⑤〜
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8月27日(日)
夏休みの終わりが近づいてきた週末――――――。
奈緒美さんとの約束の日がやってくる。
僕の職場である小学校と中学校でも、夏休みが終わる前から出勤が始まり、先生たちへの研修や二学期開始前の準備などで学期中とは違う慌ただしさの中、僕は、その日を心待ちにしていた。
週末を心待ちにしながら出勤した小学校では、五年生の担任の堀内先生から、こんなことを聞かれた。
「中野さん! 先週『よ○ちゃんTV』に出てませんでした?」
「あっ! 商店街のマジック点灯のインタビュー、堀内先生、見てくれたんですか?」
「めっちゃ、見てましたよ! 普段は、学校でこの時間にテレビを見ること無いんですけど……家族でテレビを見てたら、中野さんが出てきてびっくりしました。それより、中野さんが熱心な阪神ファンだって、初めて知りましたよ」
僕より少し年上の女性の先生は、笑顔で語る。
担当の中学校では、山脇先生たちと担当教科のない空き時間に、野球談義をすることもあるが、放課後まで職員室に先生たちが戻ってこない小学校ではそうした雑談をする機会がほとんどなく、僕の趣味を語ることもなかったので、五年生を受け持つ、この先生の認識も当然のことだと思った。
堀内先生は、奈緒美さんと同世代かつ同性ということもあり、かなり親しく話しをされていたらしい。
今年度に異動のなかった先生たちについては、奈緒美さんの担当校を僕がそのまま引き継いだこともあって、共通の話題にもなるので、彼女との食事会で話すネタが増えたことを嬉しく感じる。
もう一つ、これは、僕にとって望外のできごとだと言えるが、あの後味の悪い横浜スタジアムでの敗戦のあと、こちらの予想に反して、チームは負け知らずの連勝モードに入っていた。
「今年のチームは、予想以上に粘り強く戦ってくれているな……」
そんなことを考えながら、我がチームの7試合ぶりの敗戦を確認しつつ、僕は奈緒美さんとの待ち合わせ場所に向かう準備を整えて家を出た。
※
「そうですか。堀内先生も虎太郎くんのインタビューを見てたんですね! 実は、私も……あの日お休みで自宅に両親が遊びに来ていたので、一緒に番組を見てたんですよ!」
「えっ!? 奈緒美さんも! それならそうと、すぐに言ってくれたら良かったのに……」
東南アジア風の洒落た内装の店内のテーブル席に案内され、ドリンクを注文したあと、すぐに小学校での先生との会話を奈緒美さんに伝えると、彼女は、フフフ……と笑みを浮かべながら、僕の反応をうかがっているようだ。
「今日、会ったときに直接お話ししようと思って……写真も撮っておいたんですよ」
彼女はそう言うと、自身のスマホを操作して撮影したテレビの画像を見せてくれた。
そこには、たしかに商店街でインタビューを受ける僕の姿があった。
「虎太郎くんを驚かせようと思って、今日まで黙ってたんですけど、先に言われちゃいましたね」
そう言って、奈緒美さんは悪戯っぽく笑う。
しかし、こうして、スマホの画面に切り取った画像をあらためて見てみると、やっぱり……。
「なんだか、ちょっと照れくさいですね」
頭をかきながら、そんな感想を述べると、彼女は、またクスクスと笑って、
「テレビを見ながら、私の知り合いだと伝えたら、ウチの父親は、『なかなかシッカリと答えてるじゃないか』って言ってましたよ」
と、ご家族が話した感想まで伝えてくれる。
「えっ……いや、そんな……大したことは……」
奈緒美さんのお父さんの僕のコメントに対する評価を聞き、今度は顔を赤らめて答えると、予約注文をしていたコース料理の前菜であるゴイクン(生春巻き)とアルコールドリンクが運ばれきた。
最初のドリンクを注文するときに、前菜を確認した奈緒美さんが、
「エビの生春巻きには、白ワインが合うんですよ」
と、教えてくれたので、その言葉に習って、二人で白ワインを頼んでおいた。
彼女の言うように、素材の旨味を引き出すスイートチリソースを付けて食べる生春巻きと、辛口のなかに酸味と果実の香りが薫る白ワインは、エスニック料理のスパイシーな味わいと旨味を引き立て、
(これが、マリアージュというモノなのか……)
と軽い感動を覚える。
お酒も料理も美味しいので、奈緒美さんとの会話も自然に弾んだ。
「でも、虎太郎くんが、学校の先生方や雰囲気に馴染んでいるようで安心しました」
「それは、奈緒美さんが、キッチリと先生たちとの信頼を築いてくれていたからだと思いますよ。どこの学校の先生も、奈緒美さんが来るまでは、『ICTサポーターって、どんな仕事をしてくれるのか、わからなかった』って言ってますから」
「そう言ってもらえると、嬉しいですね」
笑顔で答える彼女に、僕からも語りかける。
「奈緒美さんも、イベントのお仕事お疲れさまでした。この2か月間、大変だったんじゃないですか?」
その問いかけに、苦笑した奈緒美さんは、
「うん……たしかに、これまで経験したことのなかったような忙しさだったな~」
そうつぶやいたあと、少し寂しげな表情で、言葉を続けた。
「会社というか……この業界の現実というモノを知ったって言うのもあるしね……」
そんな彼女の語り口をだまってうなずきながら聞く僕に、今度は柔らかな表情で、「でもね……」と語る。
「今回のイベントで知り合った音楽事務所の人が、私にも声を掛けてくれて、今後の仕事の参考のために、来月の下旬に、東京で開催されるアイドルイベントを観に行くことになったんです! それが、すごく楽しみで……」
「そうですか……それは、良かったですね! ぜひ、楽しんで来て下さい!」
僕が、そう応えると、彼女は予想もしなかった提案をしてきた。
「うん……それでね、虎太郎くん……良かったら、虎太郎くんも一緒に行ってみませんか? 虎太郎くんには、野球場に連れて行ってもらったし、今度は、私がライブ・イベントの案内をしたいなって思って……」
想定外の奈緒美さんからのお誘いを嬉しく思った僕は、即答する。
「はい、喜んで!」
このときの自分の表情は、さぞかし紅潮していたことだろう。
ただし――――――。
彼女の方からお誘いをもらったことで有頂天になっていた僕は、大事なことが頭から抜けていた。
それは、阪神ファンとして知られるアノ大物俳優が、9月下半期のスケジュールを白紙にしていることと、関係があった。
【本日の試合結果】
巨人 対 阪神 18回戦 巨人 4ー2 阪神
タイガースは、佐藤輝明のタイムリー、ジャイアンツの先発ヨアンデル・メンデスの暴投などで、序盤に2点をリードしたものの、その後は打線が振るわず、6回裏に2本のホームランで追いつかれると、8回裏には、先発の伊藤将司が岡本和真・丸佳浩の連続タイムリーで逆転を許し、そのまま敗戦。
チームの連勝は6、対ジャイアンツ戦の連勝は5でストップした。
◎8月27日終了時点の阪神タイガースの成績
勝敗:67勝40敗 4引き分け 貯金27
順位:首位(2位と7ゲーム差) マジック21
夏休みの終わりが近づいてきた週末――――――。
奈緒美さんとの約束の日がやってくる。
僕の職場である小学校と中学校でも、夏休みが終わる前から出勤が始まり、先生たちへの研修や二学期開始前の準備などで学期中とは違う慌ただしさの中、僕は、その日を心待ちにしていた。
週末を心待ちにしながら出勤した小学校では、五年生の担任の堀内先生から、こんなことを聞かれた。
「中野さん! 先週『よ○ちゃんTV』に出てませんでした?」
「あっ! 商店街のマジック点灯のインタビュー、堀内先生、見てくれたんですか?」
「めっちゃ、見てましたよ! 普段は、学校でこの時間にテレビを見ること無いんですけど……家族でテレビを見てたら、中野さんが出てきてびっくりしました。それより、中野さんが熱心な阪神ファンだって、初めて知りましたよ」
僕より少し年上の女性の先生は、笑顔で語る。
担当の中学校では、山脇先生たちと担当教科のない空き時間に、野球談義をすることもあるが、放課後まで職員室に先生たちが戻ってこない小学校ではそうした雑談をする機会がほとんどなく、僕の趣味を語ることもなかったので、五年生を受け持つ、この先生の認識も当然のことだと思った。
堀内先生は、奈緒美さんと同世代かつ同性ということもあり、かなり親しく話しをされていたらしい。
今年度に異動のなかった先生たちについては、奈緒美さんの担当校を僕がそのまま引き継いだこともあって、共通の話題にもなるので、彼女との食事会で話すネタが増えたことを嬉しく感じる。
もう一つ、これは、僕にとって望外のできごとだと言えるが、あの後味の悪い横浜スタジアムでの敗戦のあと、こちらの予想に反して、チームは負け知らずの連勝モードに入っていた。
「今年のチームは、予想以上に粘り強く戦ってくれているな……」
そんなことを考えながら、我がチームの7試合ぶりの敗戦を確認しつつ、僕は奈緒美さんとの待ち合わせ場所に向かう準備を整えて家を出た。
※
「そうですか。堀内先生も虎太郎くんのインタビューを見てたんですね! 実は、私も……あの日お休みで自宅に両親が遊びに来ていたので、一緒に番組を見てたんですよ!」
「えっ!? 奈緒美さんも! それならそうと、すぐに言ってくれたら良かったのに……」
東南アジア風の洒落た内装の店内のテーブル席に案内され、ドリンクを注文したあと、すぐに小学校での先生との会話を奈緒美さんに伝えると、彼女は、フフフ……と笑みを浮かべながら、僕の反応をうかがっているようだ。
「今日、会ったときに直接お話ししようと思って……写真も撮っておいたんですよ」
彼女はそう言うと、自身のスマホを操作して撮影したテレビの画像を見せてくれた。
そこには、たしかに商店街でインタビューを受ける僕の姿があった。
「虎太郎くんを驚かせようと思って、今日まで黙ってたんですけど、先に言われちゃいましたね」
そう言って、奈緒美さんは悪戯っぽく笑う。
しかし、こうして、スマホの画面に切り取った画像をあらためて見てみると、やっぱり……。
「なんだか、ちょっと照れくさいですね」
頭をかきながら、そんな感想を述べると、彼女は、またクスクスと笑って、
「テレビを見ながら、私の知り合いだと伝えたら、ウチの父親は、『なかなかシッカリと答えてるじゃないか』って言ってましたよ」
と、ご家族が話した感想まで伝えてくれる。
「えっ……いや、そんな……大したことは……」
奈緒美さんのお父さんの僕のコメントに対する評価を聞き、今度は顔を赤らめて答えると、予約注文をしていたコース料理の前菜であるゴイクン(生春巻き)とアルコールドリンクが運ばれきた。
最初のドリンクを注文するときに、前菜を確認した奈緒美さんが、
「エビの生春巻きには、白ワインが合うんですよ」
と、教えてくれたので、その言葉に習って、二人で白ワインを頼んでおいた。
彼女の言うように、素材の旨味を引き出すスイートチリソースを付けて食べる生春巻きと、辛口のなかに酸味と果実の香りが薫る白ワインは、エスニック料理のスパイシーな味わいと旨味を引き立て、
(これが、マリアージュというモノなのか……)
と軽い感動を覚える。
お酒も料理も美味しいので、奈緒美さんとの会話も自然に弾んだ。
「でも、虎太郎くんが、学校の先生方や雰囲気に馴染んでいるようで安心しました」
「それは、奈緒美さんが、キッチリと先生たちとの信頼を築いてくれていたからだと思いますよ。どこの学校の先生も、奈緒美さんが来るまでは、『ICTサポーターって、どんな仕事をしてくれるのか、わからなかった』って言ってますから」
「そう言ってもらえると、嬉しいですね」
笑顔で答える彼女に、僕からも語りかける。
「奈緒美さんも、イベントのお仕事お疲れさまでした。この2か月間、大変だったんじゃないですか?」
その問いかけに、苦笑した奈緒美さんは、
「うん……たしかに、これまで経験したことのなかったような忙しさだったな~」
そうつぶやいたあと、少し寂しげな表情で、言葉を続けた。
「会社というか……この業界の現実というモノを知ったって言うのもあるしね……」
そんな彼女の語り口をだまってうなずきながら聞く僕に、今度は柔らかな表情で、「でもね……」と語る。
「今回のイベントで知り合った音楽事務所の人が、私にも声を掛けてくれて、今後の仕事の参考のために、来月の下旬に、東京で開催されるアイドルイベントを観に行くことになったんです! それが、すごく楽しみで……」
「そうですか……それは、良かったですね! ぜひ、楽しんで来て下さい!」
僕が、そう応えると、彼女は予想もしなかった提案をしてきた。
「うん……それでね、虎太郎くん……良かったら、虎太郎くんも一緒に行ってみませんか? 虎太郎くんには、野球場に連れて行ってもらったし、今度は、私がライブ・イベントの案内をしたいなって思って……」
想定外の奈緒美さんからのお誘いを嬉しく思った僕は、即答する。
「はい、喜んで!」
このときの自分の表情は、さぞかし紅潮していたことだろう。
ただし――――――。
彼女の方からお誘いをもらったことで有頂天になっていた僕は、大事なことが頭から抜けていた。
それは、阪神ファンとして知られるアノ大物俳優が、9月下半期のスケジュールを白紙にしていることと、関係があった。
【本日の試合結果】
巨人 対 阪神 18回戦 巨人 4ー2 阪神
タイガースは、佐藤輝明のタイムリー、ジャイアンツの先発ヨアンデル・メンデスの暴投などで、序盤に2点をリードしたものの、その後は打線が振るわず、6回裏に2本のホームランで追いつかれると、8回裏には、先発の伊藤将司が岡本和真・丸佳浩の連続タイムリーで逆転を許し、そのまま敗戦。
チームの連勝は6、対ジャイアンツ戦の連勝は5でストップした。
◎8月27日終了時点の阪神タイガースの成績
勝敗:67勝40敗 4引き分け 貯金27
順位:首位(2位と7ゲーム差) マジック21
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