僕のペナントライフ

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
58 / 78

第4幕・ARE(アレ)の章〜④〜

しおりを挟む
 8月18日(金)

 岡田彰布おかだあきのぶは激怒した。
 必ず、かの理不尽不合理なルールを改正せねばならぬと決意した。

 岡田には野球の細かなルールはわからぬ。岡田彰布は、阪神タイガースの監督である。
 チームの指揮を引き継ぎ、リーグの首位を快走し、心は穏やかであった。けれども理不尽な規範には、人一倍に敏感であった。

 9回表一死一塁から二盗を試みた阪神・熊谷敬宥くまがいたかひろの判定を一度はセーフと判定しながら、審判団は、ベイスターズのリクエストを経てアウトにジャッジを変更した。
 映像ではタイミングは微妙ながらも、遊撃手・京田陽太きょうだようたの左膝から下が二塁ベースをふさぐ形になり、熊谷の足がベースに到達するのを妨害しているように見えた。

 岡田は、ベースの前に足を入れて完全にブロックしていた京田のプレーを走塁妨害だと抗議した。
 球場は騒然となり、阪神ファンが陣取るレフトスタンドからは、「オカダ」コールが、ベイスターズのファンが多数を占める一塁とライトスタンド側からは、「退場!」の声が飛ぶ。

 三塁塁審の敷田直人しきたなおとは試合後に見解を述べている。

「(場内アナウンスで)放送した通り、(京田が)ベースをふさぐような映像になってたから、お客さんを含めて妨害とか、そういう思いがあるのかなと思って、先にマイクで妨害とはしないと。判定はアウトと伝えたところ、岡田監督が放送が聞こえなかったと。それと同じ説明をしたら、岡田監督の意見は妨害、足をあんな形でふさいでたと。我々審判団のリプレー検証の結果は、故意とかいうのはないので、偶然あの形になった。お互い精いっぱいのプレーをしてああいう形になったので、ベースに届かないのはアウトにするしかないというのでアウトという答えを出しました」

 本塁での走者と野手の衝突(コリジョン)を防止する観点から導入されたコリジョン・ルールについては、本塁上のプレーにのみ適用されるものだとし、「ワンバウンドを捕るために意識的にそういう場所に足を出したっていうのがあったら(走塁妨害を)考えるんですけど、偶然足が止まる形になった。妨害という風には映らなかった」と改めて語った。

 二塁塁審・小林 和公こばやし かずひろは、

「まず3分を超えたところで『監督、遅延行為で退場になりますよ』と伝えた。監督は納得いかないと。(審判団の)意見も伝えたということで下がってくださいと。自分の時計では4分半だったので『これ以上やったら退場になりますよ』」

と、岡田に事前に通達していたことを明かしている。
 抗議は、遅延行為として退場処分になりうる5分ギリギリまで続いた。

 岡田には竹馬の友があった。平田勝男ひらたかつおである。
 今は、一軍のヘッドコーチをしている。今シーズン、内々で一軍監督への就任を打診されたという報道もあるが、平田は、チームを支える役目に徹し、ベンチのムードメーカーとして、そして、監督と選手の橋渡し役という重要な役割に徹している。

 試合後の岡田、すぐに関係者入り口から出てきて、待ち受ける報道陣に対し、足を止めることなく「しゃべることないわ。ええよ」とだけ厳しい表情で言い放ち、チームバスへと急いだ。そのハラワタは煮えくりかえっていたのだろう。
 
 その岡田に代わり、平田が監督の言い分を代弁した。
 
「オレもショートだったから、ああいうハーフバウンドの送球に対しての対応はわかる。明らかに邪魔をしていたよ。故意じゃなかったからという問題ではなく、結果として足が入ってベースを隠しているんだから走塁妨害でしょう」
 
 球団フロントも、試合後に、ただちに岡田から説明を聞き、球団として連盟に抗議の意見書を提出する考えであることを明かした。
 現場を仕切る球団幹部は、

 「あのプレーが故意じゃないというのであれば、故意か、故意じゃないかの定義はどこにあるのか。現場の審判の判断次第ということなのか。その点について意見書を出す方向で検討したい」

 との意向を明かしている。

 試合が終わったあと、はらわたが煮えくり返るような想いをしたのは、僕にとって今シーズン初めての経験だった。

 既存のルールに則った判定とは言え、後味の悪さが残る試合だったことだけでなく、優勝争いをしている大事な局面で、こうしたことが起こる理不尽さに、憤懣やる方ない感情が芽生え、手短かに入浴を済ませたあとは、早々に寝ることにした。
 
 ただ、冷静に振り返れば、この日まで、悔しい負け方をした試合が少なかったシーズンとも言えるのだが……。

 僕をはじめ、腹立ちが収まらず、

「この試合をキッカケに、チームが失速したらどうしよう……」

という不安に駆られるファンの心配をよそに、翌日からも、我がチームの快進撃は続いた。
 
 【本日の試合結果】
 
 横浜 対 阪神 18回戦  横浜 2ー1 阪神

 阪神は、初回にシェルドン・ノイジーのタイムリーで先制するものの、4回裏に宮崎敏郎みやざきとしろうのホームランで追いつかれる。7回裏には、リリーフの加治屋蓮かじやれん山本祐大やまもとゆうだいにタイムリー・ツーベースを打たれ、ベイスターズに勝ち越しを許す。
 迎えた最終回、タイガースは一死一塁から熊谷敬宥くまがいたかひろが二塁への盗塁を試みるも、リプレイ検証で判定がくつがえってアウトとなり、そのまま無得点でゲームセット。
 試合後のベイスターズのヒーローインタビューの際には、レフトスタンドから『六甲おろし』が歌われ、グラウンドにもメガホンなどの投げ込みが行われ、後味の悪さが残ったが、カープがジャイアンツに敗れたため、優勝へのマジックナンバーは1つ減って、28となった。
 
 ◎8月18日終了時点の阪神タイガースの成績

 勝敗:61勝39敗 4引き分け 貯金22
 順位:首位(2位と7ゲーム差) マジック28
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

処理中です...