42 / 78
第3幕・Empowerment(エンパワーメント)の章〜⑥〜
しおりを挟む
6月25日(日)
「ハァ……負けたか……」
前川右京が見逃し三振に倒れて試合が終わった瞬間、僕は肩を落とし、深くため息をつく。
金曜日、土曜日とは異なり、相手に先制を許したあとも、打線は追いすがる姿を見せたものの、中盤のチャンスであと一本のヒットが出ず、ベイスターズ相手に三連敗。
交流戦後半から波に乗れない状態が続くチームは、ついに、首位陥落となってしまった。
ベイスターズが誇る先発三本柱が相手とはいえ、今シーズンの我がチームのこれまでの試合内容から、
(せめて、1試合くらいは勝ってくれるだろう……)
と思っていたけれど、それは甘い考えだったようだ。
シーズンの残り試合は、まだ70試合以上あり、折り返し地点にも来ていない。
さらに、この三連戦では、安定感のある投球を見せている村上頌樹と大竹耕太郎の登板機会がなかったため、ここで、チームが全力を出し切ったというわけでもない。
それでも――――――。
これまで好調を維持していたチームが、急に勝ち星から遠ざかり始め、首位の座を明け渡すまで二週間とかからなかった。
(やっぱり、今年も優勝は無理なのか……)
このチームを応援しはじめてから、何度も優勝争いをする姿に期待したものの、いまだにリーグ優勝というものを目撃していない人間にとっては、「自分の行動が結果を伴わないことを何度も経験していくうちに、やがて何をしても無意味だと思うようになっていき、たとえ結果を変えられるような場面でも自分から行動を起こさない状態」を指す『学習性無力感』と呼ばれる気持ちに陥ってしまう。
失意のまま、夕飯の食材を買っていないことに気づいた僕は、気力を振り絞って、自宅から自転車で十五分ほどの場所にある西宮北口駅北側のスーパーマーケットに買い出しに行くことに決めた。
※
蒸し暑さを感じる夕刻、自転車で駅の北側のショッピングモールに到着し、評判の良い精肉店で冷凍コロッケとメンチカツを買い、スーパーで付け合せのサラダを購入したあと、靴下を買い足しておこうと、モールの東館にあるスーパーマーケットから、小売店が並ぶ西館に移動する。
駅の改札に直結する2階のペデストリアンデッキに上がった時だった。
西館の2階から改札口に向かおうとする二人組に、僕の見知った顔があった。
「あっ、奈緒美さん!」
そう、声を掛けようとした僕は、思いとどまる。
彼女のそばを歩いていた長身の男性の姿が気になったからだ。
涼し気なサマージャケットと、ホワイトのテーパードパンツがスラリとした長い脚に似合っている。
僕が声を掛けあぐねていると、二人は、駅の改札の方に歩いていく。
少し距離が離れたので、思わず彼女たちのあとを追ってしまう。
ペデストリアンデッキから駅舎に入って行った二人は、改札口のところで、なにごとか親しげな雰囲気で話し合っている。
(あの男性は……二人は、どんな関係なんだ……?)
頭に湧いてくる疑問を意識すると、心臓が高鳴り、手のひらは、汗で湿り気を帯びているのに気づいた。
自分の認識より先に、身体に緊張が走っていることに動揺している少しの間、意識が飛んでいたのか、話しを終えたのか、奈緒美さんに別れを告げた男性は、改札の中に消えていった。
しばらく彼を見送っていた奈緒美さんが、こちらに歩みを進めようとする前に、僕はなんとか彼女の方に背を向けて、ショッピングモールに歩き出す。
数歩目からは早足しになり、駅舎から続くペデストリアンデッキから、駆け込むようにモールの建物に入る。
モールの中は空調が効いていて、涼しさを感じるが、いまだに心臓はバクバクと音を立てている。
それは、蒸し暑さを感じる中で、駆け足になったから――――――だけではないだろう。
(親しげに話していたあの男性は、誰なんだ?)
(駅に送ってきたということは、二人は奈緒美さんの家にいたんだろうか?)
そんな疑問が浮かんでくると同時に、僕の中で、より大きな感情が湧き上がってくる。
奈緒美さんたち二人のあとを追ってしまったこと。
そして、そのあと、彼女と面と向かって話し合う機会があったにもかかわらず、言葉を交わすことすらせず、コソコソと逃げ出すように、その場を去ってしまったこと。
自身の気の弱さと臆病さ、なにより、困ったことやトラブルに見舞われたとき、毅然とした振る舞いができないココロの弱さを感じ、自己嫌悪に陥る。
落ち込んだ気分のまま、専門店で三足千円の靴下を購入し、帰宅することにする。
自宅に戻って、夕飯の調理を済ませ、評判の良いハズのコロッケとメンチカツを口に運ぶが、まるで味がわからない。
食事をしながら、スマホでTwitter(注:この頃、このサービスの名称は、まだアルファベット一文字になる前だった)を確認していると、チームの監督を名指しし、「岡田辞めろ」というワードが、トレンド上位に上がっていた。
【本日の試合結果】
横浜 対 阪神 11回戦 横浜 5ー3 阪神
2回にベイスターズ伊藤光の犠牲フライで先制を許すと、続く3回にも2点を取られ、序盤から苦しい試合展開に。
打線は、7回に相手先発のトレバー・バウアーを攻め、二死満塁で同点のチャンスを作るも、ルーキーの森下翔太が、リリーフのヴェンデルケンのストレートに見逃し三振。
スコアは、そのまま動かず、チームは今シーズン初の同一カード三連敗。交流戦から継続して5連敗となり、ついに首位の座をベイスターズに明け渡すことになった。
◎6月25日終了時点の阪神タイガースの成績
勝敗:37勝26敗 2引き分け 貯金11
順位:2位(首位と0.5ゲーム差)
「ハァ……負けたか……」
前川右京が見逃し三振に倒れて試合が終わった瞬間、僕は肩を落とし、深くため息をつく。
金曜日、土曜日とは異なり、相手に先制を許したあとも、打線は追いすがる姿を見せたものの、中盤のチャンスであと一本のヒットが出ず、ベイスターズ相手に三連敗。
交流戦後半から波に乗れない状態が続くチームは、ついに、首位陥落となってしまった。
ベイスターズが誇る先発三本柱が相手とはいえ、今シーズンの我がチームのこれまでの試合内容から、
(せめて、1試合くらいは勝ってくれるだろう……)
と思っていたけれど、それは甘い考えだったようだ。
シーズンの残り試合は、まだ70試合以上あり、折り返し地点にも来ていない。
さらに、この三連戦では、安定感のある投球を見せている村上頌樹と大竹耕太郎の登板機会がなかったため、ここで、チームが全力を出し切ったというわけでもない。
それでも――――――。
これまで好調を維持していたチームが、急に勝ち星から遠ざかり始め、首位の座を明け渡すまで二週間とかからなかった。
(やっぱり、今年も優勝は無理なのか……)
このチームを応援しはじめてから、何度も優勝争いをする姿に期待したものの、いまだにリーグ優勝というものを目撃していない人間にとっては、「自分の行動が結果を伴わないことを何度も経験していくうちに、やがて何をしても無意味だと思うようになっていき、たとえ結果を変えられるような場面でも自分から行動を起こさない状態」を指す『学習性無力感』と呼ばれる気持ちに陥ってしまう。
失意のまま、夕飯の食材を買っていないことに気づいた僕は、気力を振り絞って、自宅から自転車で十五分ほどの場所にある西宮北口駅北側のスーパーマーケットに買い出しに行くことに決めた。
※
蒸し暑さを感じる夕刻、自転車で駅の北側のショッピングモールに到着し、評判の良い精肉店で冷凍コロッケとメンチカツを買い、スーパーで付け合せのサラダを購入したあと、靴下を買い足しておこうと、モールの東館にあるスーパーマーケットから、小売店が並ぶ西館に移動する。
駅の改札に直結する2階のペデストリアンデッキに上がった時だった。
西館の2階から改札口に向かおうとする二人組に、僕の見知った顔があった。
「あっ、奈緒美さん!」
そう、声を掛けようとした僕は、思いとどまる。
彼女のそばを歩いていた長身の男性の姿が気になったからだ。
涼し気なサマージャケットと、ホワイトのテーパードパンツがスラリとした長い脚に似合っている。
僕が声を掛けあぐねていると、二人は、駅の改札の方に歩いていく。
少し距離が離れたので、思わず彼女たちのあとを追ってしまう。
ペデストリアンデッキから駅舎に入って行った二人は、改札口のところで、なにごとか親しげな雰囲気で話し合っている。
(あの男性は……二人は、どんな関係なんだ……?)
頭に湧いてくる疑問を意識すると、心臓が高鳴り、手のひらは、汗で湿り気を帯びているのに気づいた。
自分の認識より先に、身体に緊張が走っていることに動揺している少しの間、意識が飛んでいたのか、話しを終えたのか、奈緒美さんに別れを告げた男性は、改札の中に消えていった。
しばらく彼を見送っていた奈緒美さんが、こちらに歩みを進めようとする前に、僕はなんとか彼女の方に背を向けて、ショッピングモールに歩き出す。
数歩目からは早足しになり、駅舎から続くペデストリアンデッキから、駆け込むようにモールの建物に入る。
モールの中は空調が効いていて、涼しさを感じるが、いまだに心臓はバクバクと音を立てている。
それは、蒸し暑さを感じる中で、駆け足になったから――――――だけではないだろう。
(親しげに話していたあの男性は、誰なんだ?)
(駅に送ってきたということは、二人は奈緒美さんの家にいたんだろうか?)
そんな疑問が浮かんでくると同時に、僕の中で、より大きな感情が湧き上がってくる。
奈緒美さんたち二人のあとを追ってしまったこと。
そして、そのあと、彼女と面と向かって話し合う機会があったにもかかわらず、言葉を交わすことすらせず、コソコソと逃げ出すように、その場を去ってしまったこと。
自身の気の弱さと臆病さ、なにより、困ったことやトラブルに見舞われたとき、毅然とした振る舞いができないココロの弱さを感じ、自己嫌悪に陥る。
落ち込んだ気分のまま、専門店で三足千円の靴下を購入し、帰宅することにする。
自宅に戻って、夕飯の調理を済ませ、評判の良いハズのコロッケとメンチカツを口に運ぶが、まるで味がわからない。
食事をしながら、スマホでTwitter(注:この頃、このサービスの名称は、まだアルファベット一文字になる前だった)を確認していると、チームの監督を名指しし、「岡田辞めろ」というワードが、トレンド上位に上がっていた。
【本日の試合結果】
横浜 対 阪神 11回戦 横浜 5ー3 阪神
2回にベイスターズ伊藤光の犠牲フライで先制を許すと、続く3回にも2点を取られ、序盤から苦しい試合展開に。
打線は、7回に相手先発のトレバー・バウアーを攻め、二死満塁で同点のチャンスを作るも、ルーキーの森下翔太が、リリーフのヴェンデルケンのストレートに見逃し三振。
スコアは、そのまま動かず、チームは今シーズン初の同一カード三連敗。交流戦から継続して5連敗となり、ついに首位の座をベイスターズに明け渡すことになった。
◎6月25日終了時点の阪神タイガースの成績
勝敗:37勝26敗 2引き分け 貯金11
順位:2位(首位と0.5ゲーム差)
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
パーフェクトアンドロイド
ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。
だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。
俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。
レアリティ学園の新入生は100名。
そのうちアンドロイドは99名。
つまり俺は、生身の人間だ。
▶︎credit
表紙イラスト おーい
ナマズの器
螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。
不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる