31 / 78
第2幕・Respect(リスペクト)の章〜⑬〜
しおりを挟む
僕の予想したとおり……いや、それ以上に試合は緊迫した投手戦となった。
5回終了までに、マリーンズはボテボテのゴロによる内野安打1本。我らがタイガースに至っては、出塁は四死球によるランナー3人だけという内容で、両チームに得点の香りは、ほとんど感じられなかった。
野球ファンからすると、佐々木朗希と才木浩人による白熱した投げ合いは、この上なく興味深い内容だが、野球観戦2回目の奈緒美さんにとって、前回と違い、得点シーンどころか、ほとんどランナーすら出ない試合展開は退屈ではないか、と心配していたのだけど――――――。
彼女は、購入したお弁当などをスマホで撮影しながら、
「この、あごだしラーメンは、ごま油と出汁の香りが絶妙ですね」
「ええとこ捕り(鶏)弁当も、たこ飯も、ご飯が美味しい!」
と、熱心に食レポを行いつつ、
「あっ! かき氷が溶け始めてる! 早く食べなきゃ! 中野くんもどうぞ!」
そう言って、スプーンで僕の口に、アイスかき氷を運んでくれる。
彼女が、どういう意識で、その行動を行っているかはまったくわからないけれど――――――。
冷たいアイスかき氷が口の中にあるにも関わらず、僕の顔が火照り気味なのは、初夏の陽射しのせいだけではないと思う(ただ、甘さタップリの彩り豊かなイチゴ ✕ マンゴーかき氷を提供してくれたコラボ主の大竹投手には、感謝の意を記しておきたい)。
ラーメン → アイスかき氷 → 鶏めし → たこ飯 → おにぎり弁当
というシーズン終盤戦でも実行されないような変則ローテーションで、購入したフード類をお腹に収めると、ちょうどグラウンドの整備も終わり、6回の攻防が始まろうとしていた。
奈緒美さんが、席を離れている間に、僕も食べ終わったフード類の容器をゴミ箱に捨てに行き、急いで座席に戻る。
才木浩人が、8番から始まったマリーンズの攻撃を危なげなく10球で片付け、6回裏となって中野拓夢が打席に入ったところで、奈緒美さんは、ドリンクを片手に戻ってきた。
彼女は、爽やかな青色の飲み物を手にしている。
ドリンクカップに貼られた選手の写真を見ながら
(ふ~ん、このドリンクは青柳さんのコラボメニューか……)
なんて確認していると、奈緒美さんが声をかけてくる。
「お待たせしました! いま、どうなってますか?」
「これから、阪神の攻撃が始まるところです。ご飯も食べ終わったし、そろそろ、得点シーンを見たいですね」
そんな会話をしていると、この回、先頭の中野は四球を選び、この試合、初めてノーアウトの状態でランナーが出た。
続くノイジーの打席の四球目に、中野は盗塁を成功させ、無死二塁のチャンス! スタンドが一気に盛り上がる。
ノイジーは、三振に倒れたものの、次に控えるのは、4番の大山悠輔。
その初球、ピッチャー佐々木の冒頭で、ランナーは三塁へ!
ヒットが打てなければ、脚力でチャンスを切り拓く――――――。
今年のタイガースの攻撃を象徴するような展開だ。
この試合、はじめてランナーが三塁まで進んだ状況で、頼りになる4番打者は、高めに浮いた5球目をあっさりとライト前に運んだ。
待望の先制点に、スタンド全体が大いに沸く。
相手打線に付け入る隙を与えない先発投手には、大きな援護点だ。
7回裏には、降板した佐々木のあとの二番手投手から、梅野がリードを広げるソロ・ホームランを放ち、2点差に。
完封を目指し、9回もマウンドに登った才木は、二死から連打を浴びて、一打同点となる二・三塁のピンチを迎えるも、最後の打者を三球三振に仕留めてゲームセット! 佐々木朗希との息詰まる投げ合いを見事に制した。
レフトに陣取るマリーンズ応援団以外の場所から送られる「あと1球!」のコールが叶えられて試合終了となった瞬間、奈緒美さんとハイタッチを交わす。
「今日も勝ちましたね、中野くん!」
「はい! 最後は、ちょっと、ヒヤッとしたけど、勝ってくれて良かったです!」
彼女の言葉に、僕は満面の笑みで応えた。
「今日は、この前の試合より、かなり早く終わりましたね?」
続けて語る奈緒美さんの一言につられ、スコアボードの上の大時計に目を向けると、まだ、午後四時半にもなっていない。
「今日の試合は、予想どおり、あんまり得点の機会がなかったですからね」
このまま、ヒーロー・インタビューと『六甲おろし』の合唱が終わるまでスタンドに残っても、おそらく、午後5時には球場を出ることになるだろう。
明日は、お互いに仕事があるとは言え、帰宅するには、まだ早すぎる時間帯だ。
この日、僕には、試合が始まる前から気になっていることがあった。
――――――それは、前回の試合後、駅での別れ際に彼女が言った
「今度は、試合のあとに、二人で二次会に行きませんか?」
という一言だ。
僕の思い違いでなければ、あの時、奈緒美さんは、お猪口を傾けるような仕草を取っていたように思う。
そこで、勇気を出して、彼女を誘ってみることにした。
「あの……まだ、時間も早いですし……良かったら、このあと、どこか行きませんか?」
言葉に詰まらないように気をつけながら、たずねた一言に、奈緒美さんは即答する。
「はい、ぜひ!『今度は、二次会に行きませんか?』って言ったこと覚えていてくれたんですね!」
彼女は笑顔で、そう応じたあと、
「中野くんに付き合ってもらいたい場所があるんです」
と付け加えた。
5回終了までに、マリーンズはボテボテのゴロによる内野安打1本。我らがタイガースに至っては、出塁は四死球によるランナー3人だけという内容で、両チームに得点の香りは、ほとんど感じられなかった。
野球ファンからすると、佐々木朗希と才木浩人による白熱した投げ合いは、この上なく興味深い内容だが、野球観戦2回目の奈緒美さんにとって、前回と違い、得点シーンどころか、ほとんどランナーすら出ない試合展開は退屈ではないか、と心配していたのだけど――――――。
彼女は、購入したお弁当などをスマホで撮影しながら、
「この、あごだしラーメンは、ごま油と出汁の香りが絶妙ですね」
「ええとこ捕り(鶏)弁当も、たこ飯も、ご飯が美味しい!」
と、熱心に食レポを行いつつ、
「あっ! かき氷が溶け始めてる! 早く食べなきゃ! 中野くんもどうぞ!」
そう言って、スプーンで僕の口に、アイスかき氷を運んでくれる。
彼女が、どういう意識で、その行動を行っているかはまったくわからないけれど――――――。
冷たいアイスかき氷が口の中にあるにも関わらず、僕の顔が火照り気味なのは、初夏の陽射しのせいだけではないと思う(ただ、甘さタップリの彩り豊かなイチゴ ✕ マンゴーかき氷を提供してくれたコラボ主の大竹投手には、感謝の意を記しておきたい)。
ラーメン → アイスかき氷 → 鶏めし → たこ飯 → おにぎり弁当
というシーズン終盤戦でも実行されないような変則ローテーションで、購入したフード類をお腹に収めると、ちょうどグラウンドの整備も終わり、6回の攻防が始まろうとしていた。
奈緒美さんが、席を離れている間に、僕も食べ終わったフード類の容器をゴミ箱に捨てに行き、急いで座席に戻る。
才木浩人が、8番から始まったマリーンズの攻撃を危なげなく10球で片付け、6回裏となって中野拓夢が打席に入ったところで、奈緒美さんは、ドリンクを片手に戻ってきた。
彼女は、爽やかな青色の飲み物を手にしている。
ドリンクカップに貼られた選手の写真を見ながら
(ふ~ん、このドリンクは青柳さんのコラボメニューか……)
なんて確認していると、奈緒美さんが声をかけてくる。
「お待たせしました! いま、どうなってますか?」
「これから、阪神の攻撃が始まるところです。ご飯も食べ終わったし、そろそろ、得点シーンを見たいですね」
そんな会話をしていると、この回、先頭の中野は四球を選び、この試合、初めてノーアウトの状態でランナーが出た。
続くノイジーの打席の四球目に、中野は盗塁を成功させ、無死二塁のチャンス! スタンドが一気に盛り上がる。
ノイジーは、三振に倒れたものの、次に控えるのは、4番の大山悠輔。
その初球、ピッチャー佐々木の冒頭で、ランナーは三塁へ!
ヒットが打てなければ、脚力でチャンスを切り拓く――――――。
今年のタイガースの攻撃を象徴するような展開だ。
この試合、はじめてランナーが三塁まで進んだ状況で、頼りになる4番打者は、高めに浮いた5球目をあっさりとライト前に運んだ。
待望の先制点に、スタンド全体が大いに沸く。
相手打線に付け入る隙を与えない先発投手には、大きな援護点だ。
7回裏には、降板した佐々木のあとの二番手投手から、梅野がリードを広げるソロ・ホームランを放ち、2点差に。
完封を目指し、9回もマウンドに登った才木は、二死から連打を浴びて、一打同点となる二・三塁のピンチを迎えるも、最後の打者を三球三振に仕留めてゲームセット! 佐々木朗希との息詰まる投げ合いを見事に制した。
レフトに陣取るマリーンズ応援団以外の場所から送られる「あと1球!」のコールが叶えられて試合終了となった瞬間、奈緒美さんとハイタッチを交わす。
「今日も勝ちましたね、中野くん!」
「はい! 最後は、ちょっと、ヒヤッとしたけど、勝ってくれて良かったです!」
彼女の言葉に、僕は満面の笑みで応えた。
「今日は、この前の試合より、かなり早く終わりましたね?」
続けて語る奈緒美さんの一言につられ、スコアボードの上の大時計に目を向けると、まだ、午後四時半にもなっていない。
「今日の試合は、予想どおり、あんまり得点の機会がなかったですからね」
このまま、ヒーロー・インタビューと『六甲おろし』の合唱が終わるまでスタンドに残っても、おそらく、午後5時には球場を出ることになるだろう。
明日は、お互いに仕事があるとは言え、帰宅するには、まだ早すぎる時間帯だ。
この日、僕には、試合が始まる前から気になっていることがあった。
――――――それは、前回の試合後、駅での別れ際に彼女が言った
「今度は、試合のあとに、二人で二次会に行きませんか?」
という一言だ。
僕の思い違いでなければ、あの時、奈緒美さんは、お猪口を傾けるような仕草を取っていたように思う。
そこで、勇気を出して、彼女を誘ってみることにした。
「あの……まだ、時間も早いですし……良かったら、このあと、どこか行きませんか?」
言葉に詰まらないように気をつけながら、たずねた一言に、奈緒美さんは即答する。
「はい、ぜひ!『今度は、二次会に行きませんか?』って言ったこと覚えていてくれたんですね!」
彼女は笑顔で、そう応じたあと、
「中野くんに付き合ってもらいたい場所があるんです」
と付け加えた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
女ハッカーのコードネームは @takashi
一宮 沙耶
大衆娯楽
男の子に、子宮と女性の生殖器を移植するとどうなるのか?
その後、かっこよく生きる女性ハッカーの物語です。
守護霊がよく喋るので、聞いてみてください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
雨上がりに僕らは駆けていく Part1
平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」
そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。
明日は来る
誰もが、そう思っていた。
ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。
風は時の流れに身を任せていた。
時は風の音の中に流れていた。
空は青く、どこまでも広かった。
それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで
世界が滅ぶのは、運命だった。
それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。
未来。
——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。
けれども、その「時間」は来なかった。
秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。
明日へと流れる「空」を、越えて。
あの日から、決して止むことがない雨が降った。
隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。
その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。
明けることのない夜を、もたらしたのだ。
もう、空を飛ぶ鳥はいない。
翼を広げられる場所はない。
「未来」は、手の届かないところまで消え去った。
ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。
…けれども「今日」は、まだ残されていた。
それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。
1995年、——1月。
世界の運命が揺らいだ、あの場所で。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる