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第四部
幕間〜女々しい野郎どもの唄〜①
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黒田竜司が、進級した2年A組のクラスメートを連れて、自分の家を訪ねてきた二日目の夜のこと――――――。
この家の2階の一室の主である緑川武志は、一枚の紙切れを手にして、迷っていた。
「この動画が、なんだって言うんだよ……」
彼の部屋のドア下のわずかな隙間から差し込まれた紙片には、2つのバーコードが印刷されている。
「オレはヤリチンと言われる程、女子には相手にされてない。その根拠は、ネット上にある。時間があったら、ドアのところに置いておくメモのQRコードを読み取ってくれ」
黒田竜司は、そう言って帰って行ったが……。
武志には、クラスメートの言葉のなかでも、特に前半の部分を信用する気にはなれなかった。
一年生のときに、同じクラスではなかったものの、今回、自分たちのクラスのクラス委員になった紅野アザミは、容姿が整っているだけでなく、性格も温厚で男女双方から信頼される優等生だということは、武志も知っていたし、この日、訪ねてきた白草四葉に至っては、ネットメディアに偏った彼の情報ソースからもで、同世代のカリスマ女子としてメディアから注目を集めていることをうかがい知ることが出来た。
(そんな女子2名を引き連れてくるような男子生徒に、陽キャラ女子に小馬鹿にされ、フラレてしまった僕の気持ちがわかって、たまるか!!)
ズケズケと自宅に上がり込み、一方的にコミュニケーションを取ろうとしてくるリア充(死語)なクラスメートには、前日からムカムカとしていたのだが……。
5月初旬のゴールデン・ウイークも過ぎて、そろそろ学校に登校しなければ、学業面で致命的なダメージを被る、ということも成績上位者の彼にとっては、恐怖に近い不安要素の一つであった。
(でも、そろそろ学校に行かないとな……)
そうした葛藤を抱えながら、自室の本棚に目を向けると、潜在的無意識の成せる産物なのか、お気に入りのライトノベルのタイトルが目に入った。
『千棘くんはサイダー瓶の中』
『底辺キャラ 外崎くん』
いずれも、引きこもりやオタク系の陰キャラだった登場人物が、自らの世界に閉じこもるのを止めて、脱オタクを試みるストーリーだ。
さらに、枕元には、電動ノコギリを模したヒーローが登場する『モーターソーマン』の作者が描いた読み切りマンガの単行本が無造作に置かれている。
これのマンガ作品もまた、密かに絵を描くことを趣味にしていた彼のお気に入り作品であったが、賢明なる読者にとっては、ストーリーの説明は不要と思われるため、割愛させていただく。
ふぅ……と、軽いため息をついたあと、ベッドに寝転がった武志は、手持ち無沙汰になったこともあり、
「まあ、せっかくだし……見るだけ、見てみるか……」
と、独り言をつぶやき、スマホのカメラでQRコードを読み取る。
(ただのリア充自慢の投稿動画だったら、また思い切り罵ってやる)
そう思いながら、画面に表示されたURLをタップする。
ディスプレイには、
『ホーネッツ1号 人生で初めて失恋しました』
というテロップがあらわれ、すぐに、多くの世代の耳に馴染んでいる失恋ソングが流れ始めた。
元号が令和に改元される二週間前に楽曲の配信がスタートした『平成最後のラブソング』と言われている超有名なあの曲だ。
「恋した相手の運命のヒトは自分ではない」
という意味の、一度聞くと忘れられない印象的なサビのフレーズに、ギュッと心臓を掴まれたような息苦しさを感じながら、スマホを見つめていると、フローリングに置かれた机の前に、制服姿の黒田竜司が座り、画面には字幕が表示された。
――――――ねぇ、なんだか落ち込んでるみたいだけど、どうしたの?
「……………………」
数秒ほど経過してから、動画の中の男子生徒は、うつむきながら、小さくつぶやいた。
「クラスの女子に告ってフラれた」
唐突な失恋報告に撮影者が動揺したのか、ほんの一瞬だけ手ブレが起きたような気がするが、何事もなかったように映像が流れ続ける。
――――――そっか……その女子は、どんなコなの?
「同じクラスで席が近くて話すようになって、親しくなった」
――――――そのコのどんなところが好きだったの?
「誰にでも優しくできる子で、何でも一生懸命がんばる子なんだ」
――――――そうなんだ……どうして、そのコのことが好きになったの?
「クラスの仕事を一緒にするようになって……」
「《LANE》で、メッセージを交換するのが楽しくなって……」
「より相手を意識するようになって……」
「気付けば恋愛感情が芽生えていた……」
独白に近いそのつぶやきからは、告白した相手が誰であるのか不明瞭ではあるものの、被写体となっている人物の傷心ぶりが伝わってくる。
そして、楽曲はクライマックスを迎え、BGMとして流れていたこの曲の最も有名なフレーズが歌い上げられた。
「君は綺麗だ」
その言葉は、まるで、画面の中央に写る男子生徒が、彼の想う相手の女子に告げた言葉のように聞こえ、スマホを見つめる自身の胸に痛みが走るのを感じる。
十五秒ごとに区切りが入るストーリーズの動画は、開始から、ちょうど一分が経過したところで楽曲の盛り上がりとともに、プツリと再生が終了していた。
動画の再生を終えると、緑川武志は、自分の鼓動がどうしようもないくらい、ドクドクと早鐘のように脈打っていることに気づいた。
「黒田……マジなのか?」
スマホの画面に映っていたのは、間違いなく、今日もドア越しに話したクラスメートだ。
これまで、面識はあまりなかったものの、その声で、彼自身だということは理解できる。
そして、当の本人が、「女子には相手にされてない。その根拠は、ネット上にある」と断言した理由も。
(こんな動画、ネット上に公開して、あいつはナニを考えているんだ!?)
そう感じた武志は、2つ目のQRコードを読み込んで、ふたたび、URLをタップする。
映像には、学内に設けられた特設ステージが映し出され、またも、黒田竜司が語りだした。
「あの時、見せられなかったオレのベスト・パフォーマンスを見てもらうことができたと思う……今日の歌をシロに捧げる! だから――――――」
クラスメートは、ここで、一拍、間を置いて、同級生の方に身体を向け、思いの丈をシャウトした――――――。
「白草四葉さん、オレと付き合ってください!」
「「「う、うおお~~~~~~~~~~~~~~~!!」」」
ステージ前の客席からは、地響きのような歓声が鳴り響いた。
ここで、映像はジャンプして、今度は、白草四葉のアップになる。
「黒田クン……ううん、クロ――――――努力の成果、見せてもらったよ。それに、やっと、あなたが思ってることを言葉にしてくれた……ありがとう」
そう言って、潤んだような瞳で、黒田竜司を見つめる白草四葉。
「一生懸命にがんばる姿は、あの頃と変わってなかった――――――今日も、とっても素敵だったよ」
微笑みながら言葉を続ける四葉に対して、目の前の竜司だけでなく、ステージ前の観客やステージに立つ関係者たちの誰もが、彼女の言葉を見守っているのが映像越しでも感じられる。
その緊張感に耐えきれなくなり、思わず、ゴクリ――――――と固唾を飲むと、白草四葉は再び口を開いた。
「そんなクロの姿を見せてもらって、あらためて、思ったの――――――」
そして、彼女は、告白者にとって、残酷な言葉を口にした……。
「やっぱり、クロとは、ずっと友達でいたいな、って――――――」
白草四葉の口から、告白の返答が発せられた瞬間、ステージの周辺とモニターやスマホで、ことの成り行きを注視していた人々の世界は制止した。
「へっ!?」
「えっ!?」
「「えっ!?」」
「「「えぇ~~~~~~~~!?」」」
告白の当事者である竜司と観客席から、一斉に疑問符と悲嘆の声が入り混じったような喚声が上がる。
「あ~~~~っと、なんと、なんと! ここで、黒田くん相手にも、まさかのゴメンナサイだぁ~~~~~!」
同時に、生徒会長の寿美奈子のアナウンスが校内に響き渡った。
映像の再生が終了すると、武志は、気の抜けたような表情で、つぶやく。
「黒田……ホントに、二回もフラレたのか……? しかも、そのことが映像に残っているなんて……」
自分自身の経験に照らし合わせて、比べてみても、さらに過酷な現状に、4月からクラスメートになったという男子生徒に、シンパシーというか、同情の念が湧いてくる。
それは、春休み前の失恋の経験以来、他者と接することを拒んできた緑川武志にとって、久々に生まれる感情だった。
(あいつの話しなら、聞いてやっても良いか……)
そういった気持ちが、ひと月以上の引きこもり生活を送っている彼の中に芽生え始める。
(明日、黒田が来て、あいつ一人だけなら部屋に入れても良いか……)
緑川武志の感情は、動画映像を確認する数分前とは、まったく異なるものになっていた。
もっとも、よもや、その翌日、自分の部屋の外のベランダに、野球部の主砲を務める同級生が闖入してくるなどとは、夢にも思わなかったが……。
この家の2階の一室の主である緑川武志は、一枚の紙切れを手にして、迷っていた。
「この動画が、なんだって言うんだよ……」
彼の部屋のドア下のわずかな隙間から差し込まれた紙片には、2つのバーコードが印刷されている。
「オレはヤリチンと言われる程、女子には相手にされてない。その根拠は、ネット上にある。時間があったら、ドアのところに置いておくメモのQRコードを読み取ってくれ」
黒田竜司は、そう言って帰って行ったが……。
武志には、クラスメートの言葉のなかでも、特に前半の部分を信用する気にはなれなかった。
一年生のときに、同じクラスではなかったものの、今回、自分たちのクラスのクラス委員になった紅野アザミは、容姿が整っているだけでなく、性格も温厚で男女双方から信頼される優等生だということは、武志も知っていたし、この日、訪ねてきた白草四葉に至っては、ネットメディアに偏った彼の情報ソースからもで、同世代のカリスマ女子としてメディアから注目を集めていることをうかがい知ることが出来た。
(そんな女子2名を引き連れてくるような男子生徒に、陽キャラ女子に小馬鹿にされ、フラレてしまった僕の気持ちがわかって、たまるか!!)
ズケズケと自宅に上がり込み、一方的にコミュニケーションを取ろうとしてくるリア充(死語)なクラスメートには、前日からムカムカとしていたのだが……。
5月初旬のゴールデン・ウイークも過ぎて、そろそろ学校に登校しなければ、学業面で致命的なダメージを被る、ということも成績上位者の彼にとっては、恐怖に近い不安要素の一つであった。
(でも、そろそろ学校に行かないとな……)
そうした葛藤を抱えながら、自室の本棚に目を向けると、潜在的無意識の成せる産物なのか、お気に入りのライトノベルのタイトルが目に入った。
『千棘くんはサイダー瓶の中』
『底辺キャラ 外崎くん』
いずれも、引きこもりやオタク系の陰キャラだった登場人物が、自らの世界に閉じこもるのを止めて、脱オタクを試みるストーリーだ。
さらに、枕元には、電動ノコギリを模したヒーローが登場する『モーターソーマン』の作者が描いた読み切りマンガの単行本が無造作に置かれている。
これのマンガ作品もまた、密かに絵を描くことを趣味にしていた彼のお気に入り作品であったが、賢明なる読者にとっては、ストーリーの説明は不要と思われるため、割愛させていただく。
ふぅ……と、軽いため息をついたあと、ベッドに寝転がった武志は、手持ち無沙汰になったこともあり、
「まあ、せっかくだし……見るだけ、見てみるか……」
と、独り言をつぶやき、スマホのカメラでQRコードを読み取る。
(ただのリア充自慢の投稿動画だったら、また思い切り罵ってやる)
そう思いながら、画面に表示されたURLをタップする。
ディスプレイには、
『ホーネッツ1号 人生で初めて失恋しました』
というテロップがあらわれ、すぐに、多くの世代の耳に馴染んでいる失恋ソングが流れ始めた。
元号が令和に改元される二週間前に楽曲の配信がスタートした『平成最後のラブソング』と言われている超有名なあの曲だ。
「恋した相手の運命のヒトは自分ではない」
という意味の、一度聞くと忘れられない印象的なサビのフレーズに、ギュッと心臓を掴まれたような息苦しさを感じながら、スマホを見つめていると、フローリングに置かれた机の前に、制服姿の黒田竜司が座り、画面には字幕が表示された。
――――――ねぇ、なんだか落ち込んでるみたいだけど、どうしたの?
「……………………」
数秒ほど経過してから、動画の中の男子生徒は、うつむきながら、小さくつぶやいた。
「クラスの女子に告ってフラれた」
唐突な失恋報告に撮影者が動揺したのか、ほんの一瞬だけ手ブレが起きたような気がするが、何事もなかったように映像が流れ続ける。
――――――そっか……その女子は、どんなコなの?
「同じクラスで席が近くて話すようになって、親しくなった」
――――――そのコのどんなところが好きだったの?
「誰にでも優しくできる子で、何でも一生懸命がんばる子なんだ」
――――――そうなんだ……どうして、そのコのことが好きになったの?
「クラスの仕事を一緒にするようになって……」
「《LANE》で、メッセージを交換するのが楽しくなって……」
「より相手を意識するようになって……」
「気付けば恋愛感情が芽生えていた……」
独白に近いそのつぶやきからは、告白した相手が誰であるのか不明瞭ではあるものの、被写体となっている人物の傷心ぶりが伝わってくる。
そして、楽曲はクライマックスを迎え、BGMとして流れていたこの曲の最も有名なフレーズが歌い上げられた。
「君は綺麗だ」
その言葉は、まるで、画面の中央に写る男子生徒が、彼の想う相手の女子に告げた言葉のように聞こえ、スマホを見つめる自身の胸に痛みが走るのを感じる。
十五秒ごとに区切りが入るストーリーズの動画は、開始から、ちょうど一分が経過したところで楽曲の盛り上がりとともに、プツリと再生が終了していた。
動画の再生を終えると、緑川武志は、自分の鼓動がどうしようもないくらい、ドクドクと早鐘のように脈打っていることに気づいた。
「黒田……マジなのか?」
スマホの画面に映っていたのは、間違いなく、今日もドア越しに話したクラスメートだ。
これまで、面識はあまりなかったものの、その声で、彼自身だということは理解できる。
そして、当の本人が、「女子には相手にされてない。その根拠は、ネット上にある」と断言した理由も。
(こんな動画、ネット上に公開して、あいつはナニを考えているんだ!?)
そう感じた武志は、2つ目のQRコードを読み込んで、ふたたび、URLをタップする。
映像には、学内に設けられた特設ステージが映し出され、またも、黒田竜司が語りだした。
「あの時、見せられなかったオレのベスト・パフォーマンスを見てもらうことができたと思う……今日の歌をシロに捧げる! だから――――――」
クラスメートは、ここで、一拍、間を置いて、同級生の方に身体を向け、思いの丈をシャウトした――――――。
「白草四葉さん、オレと付き合ってください!」
「「「う、うおお~~~~~~~~~~~~~~~!!」」」
ステージ前の客席からは、地響きのような歓声が鳴り響いた。
ここで、映像はジャンプして、今度は、白草四葉のアップになる。
「黒田クン……ううん、クロ――――――努力の成果、見せてもらったよ。それに、やっと、あなたが思ってることを言葉にしてくれた……ありがとう」
そう言って、潤んだような瞳で、黒田竜司を見つめる白草四葉。
「一生懸命にがんばる姿は、あの頃と変わってなかった――――――今日も、とっても素敵だったよ」
微笑みながら言葉を続ける四葉に対して、目の前の竜司だけでなく、ステージ前の観客やステージに立つ関係者たちの誰もが、彼女の言葉を見守っているのが映像越しでも感じられる。
その緊張感に耐えきれなくなり、思わず、ゴクリ――――――と固唾を飲むと、白草四葉は再び口を開いた。
「そんなクロの姿を見せてもらって、あらためて、思ったの――――――」
そして、彼女は、告白者にとって、残酷な言葉を口にした……。
「やっぱり、クロとは、ずっと友達でいたいな、って――――――」
白草四葉の口から、告白の返答が発せられた瞬間、ステージの周辺とモニターやスマホで、ことの成り行きを注視していた人々の世界は制止した。
「へっ!?」
「えっ!?」
「「えっ!?」」
「「「えぇ~~~~~~~~!?」」」
告白の当事者である竜司と観客席から、一斉に疑問符と悲嘆の声が入り混じったような喚声が上がる。
「あ~~~~っと、なんと、なんと! ここで、黒田くん相手にも、まさかのゴメンナサイだぁ~~~~~!」
同時に、生徒会長の寿美奈子のアナウンスが校内に響き渡った。
映像の再生が終了すると、武志は、気の抜けたような表情で、つぶやく。
「黒田……ホントに、二回もフラレたのか……? しかも、そのことが映像に残っているなんて……」
自分自身の経験に照らし合わせて、比べてみても、さらに過酷な現状に、4月からクラスメートになったという男子生徒に、シンパシーというか、同情の念が湧いてくる。
それは、春休み前の失恋の経験以来、他者と接することを拒んできた緑川武志にとって、久々に生まれる感情だった。
(あいつの話しなら、聞いてやっても良いか……)
そういった気持ちが、ひと月以上の引きこもり生活を送っている彼の中に芽生え始める。
(明日、黒田が来て、あいつ一人だけなら部屋に入れても良いか……)
緑川武志の感情は、動画映像を確認する数分前とは、まったく異なるものになっていた。
もっとも、よもや、その翌日、自分の部屋の外のベランダに、野球部の主砲を務める同級生が闖入してくるなどとは、夢にも思わなかったが……。
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