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第四部
第1章〜愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ〜⑬
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徒歩で美容室へ向かう途中、オレは、クラスメートに声をかける。
「緑川、さっきも言ったけど、これから行く美容室は、白草の紹介だ。お礼を言っておけよ」
すると、男子生徒が反応するに、シロが口を開く。
「あらためまして……ご紹介にあずかりましたビッチ2号です」
表情こそ穏やかな笑みをたたえているが、言うまでもなく、その目は笑っていない。
ある程度、予想はしていたことではあるが、やはり、シロは前日に受けた暴言を簡単に許すつもりはないようだ。
「うっ……昨日は、酷いことを言って、すまなかった」
一瞬、言葉につまりながらも、前日の暴言を詫びた緑川だが、美容室に連れ出されたことに関しては、いまだ納得していないようだ。
「けど、僕なんかが美容室に行ったって、笑われるだけなんじゃないのか……?」
陰キャラ特有の劣等感まる出しの発言ではあるが、オレも、その気持ちがわからない訳ではない。
ただ、そんな不安をカリスマ女子は、一蹴する。
「お客さん相手なのに、そんなこと思うわけないでしょ? それに、上手くいけばお得意さんになってもらえるんだから……なおさら、最初は丁寧に接客してくれるよ」
なるほど、客商売の観点からすれば、シロの言うことは、もっともだ。あるいは、それは、ファンとの交流をおろそかにしない、100万人を超えるフォロワーを持つインフルエンサーとしての心構えかも知れないが……。
「そ、そういうモノなのか……」
シロの言葉に気圧されながら返答する緑川に対して、我らがカリスマ女子は、追撃を加える。
「自分のことを冷静で頭が良いと思い込んでる男子って、自分の狭い価値観で、なんでも、わかったように冷笑するけど……もう少し、ヒトと接してから世間ってモノを知ったほうが良いんじゃない?」
前日の意趣返しのつもりだろうか、ぐうの音も出ない正論を叩き込むクラスメート女子の言葉を、やんわりと制する。
「シロ……もう、その辺で良いじゃないか。それと、関係ない話しだけど、さっき、緑川にオレの告白失敗のときのエピソードを語ってな……紅野に告白のやり直しをするつもりだったのに、結果としてシロに告白したんだって話しをしたら、こいつは、『あれだけ可愛い女子がそばにいれば、無理もないか』って言ってたぞ」
オレの言葉が、キッチリと耳に届いたのか、クラスメートの女子は、眉をかすかに動かしたあと、
「なんだ、そうなんだ! 緑川クン、意外に世の中の理をわかってるじゃない!」
と言って、同級生男子の背中をパンパンと軽く叩く。どうやら、シロのご機嫌はなおったようだ。
このひと月ほどの間で、白草四葉という女子が、そのときどきで求めている言葉が、少しずつわかってきたような気がする。
鼻歌を歌いながら、ズンズンと北祝川通りの歩道を歩いていく女子生徒の後ろ姿を見ながら、
「僕の発言をいちいち伝える必要はないだろう? 恥ずかしいな……」
という男子生徒に対して、オレは小声で伝える。
「おまえは、白草四葉という女子の恐ろしさを知らないから、そんなことが言えるんだよ。三顧の礼のときの張飛の言葉を思い出してみろ」
「いや、張飛は、野球部の佐藤じゃないのか? あいつは、さっき帰ったじゃないか?」
「ナニ言ってるんだ? 義理堅いテルは、間違いなく関羽タイプだよ。張飛は、前を歩いているあの女子だ」
「なんだよ、僕の家に火を付けるとでも言うのか?」
「あぁ、そのとおりだ。シロは、昨日の帰り際、おまえの発言にブチギレて、『家の裏庭に回って、火を付けてやろうか』って言ってたぞ」
オレの言葉に表情を青くした緑川は、しばしの沈黙のあと、こう告げた。
「わかった……今後は、言葉づかいには気をつけるよ」
クラスメートの賢明な判断にオレは無言でうなずく。
程なくして到着した美容室は、アプリの掲載されている写真のとおり、洒落た外観と明るい雰囲気の店内ディスプレイが印象的な店舗だった。
『ベルベット』いう看板が掛かるテナントに、勝手知ったるようすで入店したシロは、
「HIKARIさんに予約を入れさせてもらってる緑川クンです」
と、クラスメートをスタイリストに紹介し、カットの準備に入ってもらう。
「わたしたち女子のリクエストで、今日は、こんな風にしてもらえますか?」
髪型シミュレーションのアプリを起動して、ヘアスタイルのオーダーを終えたシロは、
「じゃあ、ここで待たせてもらおうか?」
と、待合席に腰掛けることをうながした。私服のカット客に加えて、制服姿の男女が待合席に座っている光景は、シュールなように感じられ、オレとしては決して居心地が良いわけではないのだが、一方のシロは、ずいぶんと上機嫌だ。
「オシャレをしたり、髪型を変えると気分がアガるし、みんなに見てもらいたくなるもんね! 緑川クンにも、そう感じてもらえると良いんだけど……」
なるほど……。隣に座るクラスメートが、同世代の女子に支持される理由が、また、ひとつわかったような気がする。動画をバズらせるには、共感・憧れ・問題解決の三要素が重要だと言われるが、白草四葉は、自分はもちろん、周りの人間にもこうして、気分がアガる経験をしてほしい、と心から思っているようだ。彼女のこうした正確が、同世代女子の共感や憧れにつながっているのだろう。
そして、シロの言うように、今日の経験が問題解決の最初のステップになって、緑川が登校に前向きになってくれると良いのだが――――――。
そんなことを考えながら待機していると、小一時間ほどで、サッパリとした雰囲気に生まれ変わった男子が、オレたちの目の前にあらわれた。
伸び放題だった髪は、軽めのマッシュベースに立体感のあるヘアスタイルに仕上がっている。陰気なキャラクター丸出しだった雰囲気は、存在感がある太めのフレームのメガネに合わせて都会的なイメージになり、センターパートの品の良さとウェットヘアによって、グッと大人な雰囲気が高まっていた。
「メガネのフレームに合わせて、眉は細めに仕上げさせてもらったよ」
というスタイリストのHIKARIさんの言葉どおり、髪型だけでなく、顔の印象もガラリと変わっている。
「うん、イイんじゃない!? これで、そのチェックシャツのボタンを外してインナーを見せるようにすれば、もっと見栄えが良くなるよ!」
カリスマ女子のアドバイスに従った同級生男子は、鏡に映る自分の姿を
「信じられない……」
というような表情で見入っていた。
「緑川、さっきも言ったけど、これから行く美容室は、白草の紹介だ。お礼を言っておけよ」
すると、男子生徒が反応するに、シロが口を開く。
「あらためまして……ご紹介にあずかりましたビッチ2号です」
表情こそ穏やかな笑みをたたえているが、言うまでもなく、その目は笑っていない。
ある程度、予想はしていたことではあるが、やはり、シロは前日に受けた暴言を簡単に許すつもりはないようだ。
「うっ……昨日は、酷いことを言って、すまなかった」
一瞬、言葉につまりながらも、前日の暴言を詫びた緑川だが、美容室に連れ出されたことに関しては、いまだ納得していないようだ。
「けど、僕なんかが美容室に行ったって、笑われるだけなんじゃないのか……?」
陰キャラ特有の劣等感まる出しの発言ではあるが、オレも、その気持ちがわからない訳ではない。
ただ、そんな不安をカリスマ女子は、一蹴する。
「お客さん相手なのに、そんなこと思うわけないでしょ? それに、上手くいけばお得意さんになってもらえるんだから……なおさら、最初は丁寧に接客してくれるよ」
なるほど、客商売の観点からすれば、シロの言うことは、もっともだ。あるいは、それは、ファンとの交流をおろそかにしない、100万人を超えるフォロワーを持つインフルエンサーとしての心構えかも知れないが……。
「そ、そういうモノなのか……」
シロの言葉に気圧されながら返答する緑川に対して、我らがカリスマ女子は、追撃を加える。
「自分のことを冷静で頭が良いと思い込んでる男子って、自分の狭い価値観で、なんでも、わかったように冷笑するけど……もう少し、ヒトと接してから世間ってモノを知ったほうが良いんじゃない?」
前日の意趣返しのつもりだろうか、ぐうの音も出ない正論を叩き込むクラスメート女子の言葉を、やんわりと制する。
「シロ……もう、その辺で良いじゃないか。それと、関係ない話しだけど、さっき、緑川にオレの告白失敗のときのエピソードを語ってな……紅野に告白のやり直しをするつもりだったのに、結果としてシロに告白したんだって話しをしたら、こいつは、『あれだけ可愛い女子がそばにいれば、無理もないか』って言ってたぞ」
オレの言葉が、キッチリと耳に届いたのか、クラスメートの女子は、眉をかすかに動かしたあと、
「なんだ、そうなんだ! 緑川クン、意外に世の中の理をわかってるじゃない!」
と言って、同級生男子の背中をパンパンと軽く叩く。どうやら、シロのご機嫌はなおったようだ。
このひと月ほどの間で、白草四葉という女子が、そのときどきで求めている言葉が、少しずつわかってきたような気がする。
鼻歌を歌いながら、ズンズンと北祝川通りの歩道を歩いていく女子生徒の後ろ姿を見ながら、
「僕の発言をいちいち伝える必要はないだろう? 恥ずかしいな……」
という男子生徒に対して、オレは小声で伝える。
「おまえは、白草四葉という女子の恐ろしさを知らないから、そんなことが言えるんだよ。三顧の礼のときの張飛の言葉を思い出してみろ」
「いや、張飛は、野球部の佐藤じゃないのか? あいつは、さっき帰ったじゃないか?」
「ナニ言ってるんだ? 義理堅いテルは、間違いなく関羽タイプだよ。張飛は、前を歩いているあの女子だ」
「なんだよ、僕の家に火を付けるとでも言うのか?」
「あぁ、そのとおりだ。シロは、昨日の帰り際、おまえの発言にブチギレて、『家の裏庭に回って、火を付けてやろうか』って言ってたぞ」
オレの言葉に表情を青くした緑川は、しばしの沈黙のあと、こう告げた。
「わかった……今後は、言葉づかいには気をつけるよ」
クラスメートの賢明な判断にオレは無言でうなずく。
程なくして到着した美容室は、アプリの掲載されている写真のとおり、洒落た外観と明るい雰囲気の店内ディスプレイが印象的な店舗だった。
『ベルベット』いう看板が掛かるテナントに、勝手知ったるようすで入店したシロは、
「HIKARIさんに予約を入れさせてもらってる緑川クンです」
と、クラスメートをスタイリストに紹介し、カットの準備に入ってもらう。
「わたしたち女子のリクエストで、今日は、こんな風にしてもらえますか?」
髪型シミュレーションのアプリを起動して、ヘアスタイルのオーダーを終えたシロは、
「じゃあ、ここで待たせてもらおうか?」
と、待合席に腰掛けることをうながした。私服のカット客に加えて、制服姿の男女が待合席に座っている光景は、シュールなように感じられ、オレとしては決して居心地が良いわけではないのだが、一方のシロは、ずいぶんと上機嫌だ。
「オシャレをしたり、髪型を変えると気分がアガるし、みんなに見てもらいたくなるもんね! 緑川クンにも、そう感じてもらえると良いんだけど……」
なるほど……。隣に座るクラスメートが、同世代の女子に支持される理由が、また、ひとつわかったような気がする。動画をバズらせるには、共感・憧れ・問題解決の三要素が重要だと言われるが、白草四葉は、自分はもちろん、周りの人間にもこうして、気分がアガる経験をしてほしい、と心から思っているようだ。彼女のこうした正確が、同世代女子の共感や憧れにつながっているのだろう。
そして、シロの言うように、今日の経験が問題解決の最初のステップになって、緑川が登校に前向きになってくれると良いのだが――――――。
そんなことを考えながら待機していると、小一時間ほどで、サッパリとした雰囲気に生まれ変わった男子が、オレたちの目の前にあらわれた。
伸び放題だった髪は、軽めのマッシュベースに立体感のあるヘアスタイルに仕上がっている。陰気なキャラクター丸出しだった雰囲気は、存在感がある太めのフレームのメガネに合わせて都会的なイメージになり、センターパートの品の良さとウェットヘアによって、グッと大人な雰囲気が高まっていた。
「メガネのフレームに合わせて、眉は細めに仕上げさせてもらったよ」
というスタイリストのHIKARIさんの言葉どおり、髪型だけでなく、顔の印象もガラリと変わっている。
「うん、イイんじゃない!? これで、そのチェックシャツのボタンを外してインナーを見せるようにすれば、もっと見栄えが良くなるよ!」
カリスマ女子のアドバイスに従った同級生男子は、鏡に映る自分の姿を
「信じられない……」
というような表情で見入っていた。
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