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回想③〜白草四葉の場合その2〜弐
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その反応に、わたしも思わず視線をテーブルに向けてしまう。
それでも、クロのお母さんは、すぐに柔らかな表情に戻り、
「ちょっと、あのコの話しをさせてもらってイイ?」
と、語りかけてきた。
すぐに顔を上げ、うなずくわたしに、彼女はひとり語りのように話しかける。
「もしかしたら、もう竜司から聞いているかも知れないけど、あのコの父親は、病気で亡くなっちゃってね……夫婦で始めた会社をいまは私が経営しているんだけど……会社の業績が上がって来ているぶん、最近は、なかなか家のことができなくて、あのコには寂しい想いをさせてしまっているかも、と考えることが多いの」
彼女の言葉に、わたしは、静かにうなずく。
「あのコの名前はね、父親の名前・龍之介と私の名前・司から、一文字づつを取って名付けたの。だから、私が父親のぶんも、しっかりと、あのコをみていかなきゃいけない、と思ってるんだけど……男の子の相手は、難しいものね」
司サンは、そう言って自嘲気味に口元を緩めた。
わたしは、なぜか彼女の言葉に、自然と首を横に振っていた。
「クロは……竜司クンは、お母さんに感謝していると思います! お母さんのお仕事のことも、わたしに誇らしげに話してましたから……」
少し大人びた表現だとは思ったが、わたしは、自分が感じていたことを素直に伝えた。
すると、司サンは、一瞬、目を見開いたあと、
「そう……あのコが……」
と、つぶやいて、優しく微笑んだように見えた。
そして、
「ねぇ、四葉ちゃん、お願いなんだけど――――――あなたが、こっちに居る間、なるべく、竜司の話し相手になってあげてくれない? 去年仲良くなった壮馬くんだっけ? 春休みの間、そのコと遊べないって、落ち込んでるみたいだったから……」
と、語りかけてきた。
「その代わり、四葉ちゃんが悩んでることや聞いてほしいことがあるなら、私か竜司に、遠慮なく話してみて! 竜司は、亡くなった父親と一緒で、ぶっきらぼうだけど、根は優しい子だから……」
司サンは、穏やかな口調で、想いを伝えてくれた。
わたしは、今度は、大きく首をタテに振って、「はい!」と、返事をする。
ちょうど、その時、「トイレに行く」と言って、リビングを出て行ったクロが戻ってきた。
「なんの話ししてんだよ~? また、シロに変なこと聞いてないだろうな、母ちゃん」
彼が、思春期に入りつつある男子特有の口調で、母親に突っかかると、彼女は、真顔でトンデモナイことを言い出した。
「変なことなんて聞いてないって! ただ、シロちゃんは、せっかく竜司と仲良くしてくれているんだし、『良ければ期間限定でお付き合いしてみない?』って提案してただけ」
「「えっ!?」」
思わず、わたしとクロの声が重なる。
「な、な、な、な、ナニ言ってんだよ!!」
クロは、声を上げ、わたしは、二人と視線を合わせるのが恥ずかしくて、顔を上げることが出来なかった。
「冗談よ……もっと、女の子に気を遣えるようにならないと……アンタなんか、シロちゃんに相手にしてもらえるワケないでしょ……」
そう言って、司サンは、ケラケラと笑う。
顔を赤くして沈黙してしまう二人の小学生を微笑ましく感じたのか、彼女は、またニッコリと笑って、
「さぁ、三人揃ったところで、紅茶が冷める前に、お茶会を始めましょ! 今日の茶葉はパリに行った時に買ってきたの。紅茶と言えば、イギリスのイメージだけど、フランスの紅茶も美味しいのよ。特に、ココのフレーバー・ティーは、『お菓子に合う紅茶』をコンセプトに作っているから、焼き菓子にもピッタリなの」
そう言って、司サンは、ピンク色に花柄があしらわれたデザインの茶缶を指差す。
「あっ! カワイイお茶缶ですね!」
そのデザインの可愛らしさに、すぐに反応したわたしが答えると、
「でしょう!? やっぱり、女の子と話すと楽しいわ! 男の子は、お茶缶のデザインとか、興味を示さないからね~。四葉ちゃん、センスが良さそうだし、大きくなったら、竜司の代わりに、ウチの会社で働かない?」
と、また冗談めかした口調で提案する。
クロは、司サンの会話に慣れているのか、テーブルに置かれた焼き菓子とパンの中から、小さなメロンパンに手を伸ばし、紅茶を一口すすって、
「なに言ってんだよ!? 食べ物や飲み物なんて、ちゃんと味がわかれば、イイだろ? それに、シロは、小物の見立てより、歌を歌う方が才能を活かせるよ!」
と、言いきった。息子の言葉に反応した司サンは、
「そう言えば、カラオケ・ルームを使ってたみたいだけど……シロちゃん、そんなに歌が上手なの?」
と、わたしたち二人に向かってたずねる。
「上手いなんてモンじゃね~よ! シロの歌は、プロ並みだぜ!」
そう答えるクロの言葉に恥ずかしくなり、「大袈裟だよ……」と、わたしは畏まって、身体を縮こませる。
そんなわたしたちのようすを眺めながら、黒田家の母は、
「そっか……さすがは……」
と、つぶやいていた。
わたしの母のファンだと言っていた司サンは、当然、小原真紅が、女優としてテレビなどの仕事をする前に、日本で最も有名な歌劇団の娘役として活動していたことを知っているのだろう。
「ねぇ、シロちゃん、明日は何か予定はある? 特に予定がなければ、また、明日もウチに来ない? 私にも、シロちゃんの歌を聞かせてほしいな」
「あの良いんですか……? ご迷惑じゃ……」
彼女に聞き返しつつ、わたしは、迷っていた。翌日も、特に出掛ける予定がないことは決まっていたが、また、黒田家にお邪魔して、クロだけでなく、お母さんの司サンに自分の歌声を披露するということには、躊躇する気持ちが大きい。
「母ちゃん! シロ、困ってるじゃん! 無理強いすんなよな」
クロは、わたしの気持ちを察してくれたのか、前のめり気味の母を制して供料とするが、
「明日は、竜司の大好きな特製のアップルパイも用意しておくから! ねっ!?」
という彼女の一言に、心が動いた。
クロ以外のヒトに歌を聞いてもらうことに対する戸惑う気持ちも、彼がわたしを庇ってくれようとしたことに対する嬉しい気持ちもあったのだが……。
それ以上に、
『竜司の大好きな特製のアップルパイも用意しておく』
という司サンの言葉に魅力を感じたのだ。
なぜなのかはわからないけど、この時のわたしには、
(クロの好きだというモノを知りたい!)
という強い想いがあった。
「明日も来ます! ご迷惑じゃなければ!」
力強く答えたわたしに、クロは、「おいおい……」という半ばあきれた表情を見せ、司サンは、
「ありがとう、楽しみにしてる!」
と、笑顔で応えてくれた。
その言葉と同時にリビングのオシャレな壁掛け時計に目を向けた彼女は、
「あら、もうこんな時間?」
と、口にする。
その声に反応して、時計を見ると、針は午後五時過ぎを指していた。
それでも、クロのお母さんは、すぐに柔らかな表情に戻り、
「ちょっと、あのコの話しをさせてもらってイイ?」
と、語りかけてきた。
すぐに顔を上げ、うなずくわたしに、彼女はひとり語りのように話しかける。
「もしかしたら、もう竜司から聞いているかも知れないけど、あのコの父親は、病気で亡くなっちゃってね……夫婦で始めた会社をいまは私が経営しているんだけど……会社の業績が上がって来ているぶん、最近は、なかなか家のことができなくて、あのコには寂しい想いをさせてしまっているかも、と考えることが多いの」
彼女の言葉に、わたしは、静かにうなずく。
「あのコの名前はね、父親の名前・龍之介と私の名前・司から、一文字づつを取って名付けたの。だから、私が父親のぶんも、しっかりと、あのコをみていかなきゃいけない、と思ってるんだけど……男の子の相手は、難しいものね」
司サンは、そう言って自嘲気味に口元を緩めた。
わたしは、なぜか彼女の言葉に、自然と首を横に振っていた。
「クロは……竜司クンは、お母さんに感謝していると思います! お母さんのお仕事のことも、わたしに誇らしげに話してましたから……」
少し大人びた表現だとは思ったが、わたしは、自分が感じていたことを素直に伝えた。
すると、司サンは、一瞬、目を見開いたあと、
「そう……あのコが……」
と、つぶやいて、優しく微笑んだように見えた。
そして、
「ねぇ、四葉ちゃん、お願いなんだけど――――――あなたが、こっちに居る間、なるべく、竜司の話し相手になってあげてくれない? 去年仲良くなった壮馬くんだっけ? 春休みの間、そのコと遊べないって、落ち込んでるみたいだったから……」
と、語りかけてきた。
「その代わり、四葉ちゃんが悩んでることや聞いてほしいことがあるなら、私か竜司に、遠慮なく話してみて! 竜司は、亡くなった父親と一緒で、ぶっきらぼうだけど、根は優しい子だから……」
司サンは、穏やかな口調で、想いを伝えてくれた。
わたしは、今度は、大きく首をタテに振って、「はい!」と、返事をする。
ちょうど、その時、「トイレに行く」と言って、リビングを出て行ったクロが戻ってきた。
「なんの話ししてんだよ~? また、シロに変なこと聞いてないだろうな、母ちゃん」
彼が、思春期に入りつつある男子特有の口調で、母親に突っかかると、彼女は、真顔でトンデモナイことを言い出した。
「変なことなんて聞いてないって! ただ、シロちゃんは、せっかく竜司と仲良くしてくれているんだし、『良ければ期間限定でお付き合いしてみない?』って提案してただけ」
「「えっ!?」」
思わず、わたしとクロの声が重なる。
「な、な、な、な、ナニ言ってんだよ!!」
クロは、声を上げ、わたしは、二人と視線を合わせるのが恥ずかしくて、顔を上げることが出来なかった。
「冗談よ……もっと、女の子に気を遣えるようにならないと……アンタなんか、シロちゃんに相手にしてもらえるワケないでしょ……」
そう言って、司サンは、ケラケラと笑う。
顔を赤くして沈黙してしまう二人の小学生を微笑ましく感じたのか、彼女は、またニッコリと笑って、
「さぁ、三人揃ったところで、紅茶が冷める前に、お茶会を始めましょ! 今日の茶葉はパリに行った時に買ってきたの。紅茶と言えば、イギリスのイメージだけど、フランスの紅茶も美味しいのよ。特に、ココのフレーバー・ティーは、『お菓子に合う紅茶』をコンセプトに作っているから、焼き菓子にもピッタリなの」
そう言って、司サンは、ピンク色に花柄があしらわれたデザインの茶缶を指差す。
「あっ! カワイイお茶缶ですね!」
そのデザインの可愛らしさに、すぐに反応したわたしが答えると、
「でしょう!? やっぱり、女の子と話すと楽しいわ! 男の子は、お茶缶のデザインとか、興味を示さないからね~。四葉ちゃん、センスが良さそうだし、大きくなったら、竜司の代わりに、ウチの会社で働かない?」
と、また冗談めかした口調で提案する。
クロは、司サンの会話に慣れているのか、テーブルに置かれた焼き菓子とパンの中から、小さなメロンパンに手を伸ばし、紅茶を一口すすって、
「なに言ってんだよ!? 食べ物や飲み物なんて、ちゃんと味がわかれば、イイだろ? それに、シロは、小物の見立てより、歌を歌う方が才能を活かせるよ!」
と、言いきった。息子の言葉に反応した司サンは、
「そう言えば、カラオケ・ルームを使ってたみたいだけど……シロちゃん、そんなに歌が上手なの?」
と、わたしたち二人に向かってたずねる。
「上手いなんてモンじゃね~よ! シロの歌は、プロ並みだぜ!」
そう答えるクロの言葉に恥ずかしくなり、「大袈裟だよ……」と、わたしは畏まって、身体を縮こませる。
そんなわたしたちのようすを眺めながら、黒田家の母は、
「そっか……さすがは……」
と、つぶやいていた。
わたしの母のファンだと言っていた司サンは、当然、小原真紅が、女優としてテレビなどの仕事をする前に、日本で最も有名な歌劇団の娘役として活動していたことを知っているのだろう。
「ねぇ、シロちゃん、明日は何か予定はある? 特に予定がなければ、また、明日もウチに来ない? 私にも、シロちゃんの歌を聞かせてほしいな」
「あの良いんですか……? ご迷惑じゃ……」
彼女に聞き返しつつ、わたしは、迷っていた。翌日も、特に出掛ける予定がないことは決まっていたが、また、黒田家にお邪魔して、クロだけでなく、お母さんの司サンに自分の歌声を披露するということには、躊躇する気持ちが大きい。
「母ちゃん! シロ、困ってるじゃん! 無理強いすんなよな」
クロは、わたしの気持ちを察してくれたのか、前のめり気味の母を制して供料とするが、
「明日は、竜司の大好きな特製のアップルパイも用意しておくから! ねっ!?」
という彼女の一言に、心が動いた。
クロ以外のヒトに歌を聞いてもらうことに対する戸惑う気持ちも、彼がわたしを庇ってくれようとしたことに対する嬉しい気持ちもあったのだが……。
それ以上に、
『竜司の大好きな特製のアップルパイも用意しておく』
という司サンの言葉に魅力を感じたのだ。
なぜなのかはわからないけど、この時のわたしには、
(クロの好きだというモノを知りたい!)
という強い想いがあった。
「明日も来ます! ご迷惑じゃなければ!」
力強く答えたわたしに、クロは、「おいおい……」という半ばあきれた表情を見せ、司サンは、
「ありがとう、楽しみにしてる!」
と、笑顔で応えてくれた。
その言葉と同時にリビングのオシャレな壁掛け時計に目を向けた彼女は、
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