初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁

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回想②〜白草四葉の場合その1〜弐

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 急に見知らぬ男子から声を掛けられて驚いたので、

「あ、あの……スマホが……」

そう言って、柵の向こうの端末を指差すことしかできない。

「あれ、おまえのなのか?」

 彼の問いに、「うん…………」と、小さな声で答えると、

「そっか! じゃ、取って来てやるよ!」

という一言を残して、少年はあっと言う間に、安全柵を越えて、コンクリートで固められた溜め池の外周部分に飛び降り、ピンク色のカバーを付けた、私のiPhoneSEを拾い上げた。
 そして、一メートルほど低くなっている護岸部分から、安全柵のスキ間から、わたしの方にスマホを手渡してくる。
 七~八センチほどのスキ間から差し出されたスマホを受け取ったわたしが、彼にお礼の言葉を述べようとした瞬間、

「コラ~~~!!」

という大きな声が聞こえた。
 その声に驚き、振り向くと、初老の男性が顔を赤くして、コチラに向かって来ている。

「『柵を越えて遊んではいけません』って、書いてあるだろう!? 早く戻りなさい!!」

 わたしたち二人に向かって、注意する声に無言で反応した男の子は、再び軽々と安全柵を乗り越えて、外周の歩道に戻ってくると、

「ゴメンナサイ、もうしません」

と、男性に向かってペコリと頭をさげて謝った。

(この男の子は悪くないんです! わたしが、スマホを落としちゃったから……)

 見知らぬ男性に怒られてしまった少年に非がないことを説明しようとしたが、急に大きな声で注意を受けたことから、わたしは、まともに声が出せず、「あ、あの……」と、ささやくように小さな声を出すことしかできない。

「池に落ちたら、どうするんだ!? もうするんじゃないぞ!!」

 そう言い終えて満足したのか、初老の男性がアッサリと立ち去ると、彼が離れて行ったことを確認し、男の子は、ほおをかきながら、

「ヘヘ……怒られちゃったな」

と言葉を発して、笑顔を向けてきた。
 クシャとした崩れた表情に、目尻が下がったその時の顔立ちを、わたしは今でも忘れることができない。

「ゴメンナサイ……わたしのせいで、怒られちゃって……あと……、スマホ、拾ってくれてありがとう……」

 自分の不注意が原因で注意を受けた彼に対する申し訳なさと、買ってもらったばかりのスマホを拾ってもらったことに感謝し、たどたどしいながらも、お礼を述べると、

「気にすんなって! それより、スマホは大丈夫か?」

と、男の子はたずねてくる。
 あわてて、カバーを開き、スマホの本体を確認すると、幸いなことにスマホカバーのおかげか、端末の本体に目立ったキズなどはなかった。

「うん……大丈夫!」

 本体に破損等がなかったことが嬉しくなり、弾んだ声をあげると、彼は

「そっか、良かったな!」

と、返事をしたあと、

「それ、iPhoneか? イイな~、オレも、かあちゃんに『スマホ買ってくれ!』って言ってんだけど、『まだ、早い!』って、持たせてもらえないんだ……」

と、わたしの手元を見て、心の底からうらやましそうに語った。
 その表情をうかがっていたわたしは、

「あの……使ってみる?」

と、スマホを差し出す。

「いや、イイって……『他のヒトのスマホとかパソコンを勝手に見たり使ったりしてはいけません!』って、総合の授業で言われてたし……」

 たしかに、自分の通う小学校でも、三年生から、コンピューター室で学習し始めたパソコンを使う授業で、担任の先生が同じようなことを言っていたけど――――――。
 先ほど注意を受けたように、躊躇なく安全柵を乗り越えるような危険を冒す行動を見せたにも関わらず、個人情報に対する配慮を見せた彼の言動に可笑しさをおぼえて、

「たしかに、そうだね!」

と、返答したあと、わたしは、クスクスと笑いだしてしまった。
 そんな、わたしの表情を見て、「なんだよ~」と、やや不満気に言ったあと、彼は思い出したように、「あっ!」と声をあげて、

「そうだ、まだ聞いてなかった! 名前は、何て言うんだ? 何年生? どこの学校?」

と、次々と質問を繰り出してきた。
 矢継ぎ早の問いかけに、戸惑いながら、

「えっと……小学四年生……学校は、この辺りじゃなくて……いまは、伯父さんの家に居るから……」

と、返答し、さらに、

「あと、名前は、シロ…………」

そこまで言葉にしたあと、わたしは、口をつぐんでしまった。
 舞台演出家の父親と女優の母親の間には、父の不倫問題に起因する問題が発生し、《白草》という名字は、数週間前から週刊誌やワイドショーで盛んに報じられていたからだ。
 わたしが、伯父の家に預けられたのも、自宅に殺到するマスメディアから遠ざけるため、というのが、一番の大きな理由だった。
 自分と同じ年代に見える少年に、そうした報道が意識されているかは定かではないが、自分の本名を名乗ることに、ためらいがあったのは事実だ。
 しかし、わたし自身のそんな戸惑いをよそに、目の前の男子は、嬉しそうな表情で、

「小四ってことは、次は五年か!? スゲ~、オレと一緒だ!」

「この辺りの学校じゃないってことは遠くに住んでるのか?」

と、また次々に確認の質問を浴びせてくる。
 その勢いに圧倒されるように、どちらの質問にも、「うん、うん」と首をタテに振って答えると、十分に納得したのか、彼は最後に、

「そっか、名前はシロって言うのか! オレの名前は、黒田竜司! クロって呼んでくれ!」

と、宣言した。
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