107 / 107
エピローグ
しおりを挟む
四月一日(金)晴れ
まさに散り際を迎えた桜の花びらが舞う河川敷のホールで、私は入学式を迎えた。
高校二年生の夏の終わりに引っ越しをした先から、早く親元を離れたかったこと、そして、あの夏に体験した数々の不思議な出来事を起こした謎のアイテムについて、自分なりにつき詰めて研究しようと、中央ヨーロッパの文化や歴史を専攻できるこの大学を選んだ。
(引っ越した後も、色々と調査した結果、笛の形をした木製のオカリナは、やはり、ハンガリーを起源とする楽器ということで、間違いなかったらしい)
大学所在地の市外にある、国内有数の規模を誇るコンサートホールを借り切って行われる式典には、全学部の一千人近くの新入生が集合する大掛かりなもので、今年度、数年ぶりに復活したそうだ。
講堂に入り、学籍番号ごとに指定された座席を見つけて座ろうと、すでに隣の座席に着席している男子学生に、
「おとなり、失礼します」
と、声を掛ける。
少しうつむき加減で彼がのぞき込んでいるそのスマートフォンは、見慣れたものであるような気がした。
さらに、着慣れていないであろう真新しいスーツの胸ポケットには、あのコカリナが刺さっている。
そして、私の声に反応してコチラを見上げたマスクをしていないその顔は、あの夏の終わりに、私がマスクを外した時に見つめた輪郭そのものだった。
一瞬、こわばった彼の表情はすぐに緩んで、あの夏の間は、観る機会が少なかった口もとからは、
「よお、久しぶりだな」
と、返事が返された。
その瞬間、彼――――――坂井夏生がコカリナに触れたわけでもないのに、私は時間が止まったように感じた。
「だから、言っただろ……『蟹座のオトコの執着心を舐めるな』って……」
ニヤリと笑って、つぶやくように言う語り口は、一年半前の夏の終りの時のままだ。
座席を立ち、まっすぐにコチラを見つめる彼に歩み寄って、私が口にするセリフは決まっている。
「私のお願いは守らずに、呆れた執念ね。ホント、最低なオトコ!」
初めて唇に触れた、最後に目にした時のままの彼の口もとが、優しく微笑んだ様に見えた。
「残念だけど、オレは、クラスの連中からも依頼されてることがあってな……それを小嶋に伝えるまでは、小嶋の最後の《お願い》を聞くわけにはいかなかったんだよ」
その一言に、友人たちの顔が思い浮かび、言葉を発せない私に、彼は続けて、
「あのあと、大嶋は、『私たちに、お別れの挨拶をしないなんて許せない! ナツミに自分たちの気持ちを思い知らせてやる!』って言い出して大変だったんだぜ……それで、こんなことをSNSで拡散させたんだ」
そう言うと、自身のスマートフォンを取り出して、紫色のカメラマークのアイコンをタップした後、しばらく操作を続け、私にその画面を示した。
====================
いいね!を見る
ooshima_yumiko ショッピングモールの駅前にあるカリヨンの伝説って知ってる?
このカリヨンの音が奏でられている間に、駅前のペデストリアンデッキで恋人同士がキスをすると、『永遠の愛』が約束されるんだって!
とっても、ロマンチックだね!
#カリヨン広場
#フランドルの鐘
#カリヨンコンサート
====================
その書き込みを目にした瞬間、私の顔色は、一瞬にして紅潮した。
「な、なに、コレ!? こんな話し、私は、まっっったく知らないんだけど!?」
思わず、声を上げると、彼は苦笑しながら語る。
「当たり前だ……その話しは、古い映画を参考にして、大嶋がデッチあげた都市伝説みたいなモノだからな……」
その言葉に、なるほど、ユミコらしいーーーーーーと妙に納得し、笑みがこぼれてしまう。
「もしかして、その映画って、ツカサさんとユカが好きな『リトル・ロマンス』のこと?」
そうたずねると、
「あぁ~、たしか、そんなタイトルだったと思うわ。イタリアかどこかの街の伝説なんだろ? 面白がって、ツカサさんと中嶋も、その書き込みの拡散に一役買ったらしいから……今じゃ、あの駅前が、地元でちょっとした聖地になって、カリヨン・コンサートの時に若いカップルが増えたりしてるんだぜ……」
彼は、少しあきれたように苦笑いを続けていたが、急に真剣な表情になり、
「それに……オレだって――――――最後にあんなことされたら、小嶋のこと、忘れられるわけないだろ」
そう言って、彼は私の背中に腕を伸ばし、優しく抱きしめてきた。
あの時よりも、少しだけ背が伸びた相手の胸元に寄りかかり、その場所に顔をうずめた私には、もう、その表情を確認することは出来ない。
そして、彼は、耳元で、こうささやいた――――――。
「小嶋……ずっと、気持ちに気付けなくて、ゴメンな……」
さらに、声を潜めて、つぶやく様に
「ヒトを勝手に実験台にしやがって……オレのファーストキスだったんだぞ! どう責任とってくれるんだよ!?」
と言って、背中に回していた腕にチカラを込めてきた。
その力強さに、自分の鼓動が早くなるのを感じる。
そして、坂井夏生は、私の頭に手を置き、そっと、二度かきなでた。
鼓動が、さらに高鳴り、この瞬間を永遠のものにしたいーーーーーー。
私は、その胸元にこすりつけるように、頭部を振った。
今度こそ、この言葉を口に出す時が来たと感じる。
「フェルヴァイレ・ドホ・ドゥ・ビス・ゾーシェーン(時よ止まれ、汝は美しい)ーーーーーー」
まさに散り際を迎えた桜の花びらが舞う河川敷のホールで、私は入学式を迎えた。
高校二年生の夏の終わりに引っ越しをした先から、早く親元を離れたかったこと、そして、あの夏に体験した数々の不思議な出来事を起こした謎のアイテムについて、自分なりにつき詰めて研究しようと、中央ヨーロッパの文化や歴史を専攻できるこの大学を選んだ。
(引っ越した後も、色々と調査した結果、笛の形をした木製のオカリナは、やはり、ハンガリーを起源とする楽器ということで、間違いなかったらしい)
大学所在地の市外にある、国内有数の規模を誇るコンサートホールを借り切って行われる式典には、全学部の一千人近くの新入生が集合する大掛かりなもので、今年度、数年ぶりに復活したそうだ。
講堂に入り、学籍番号ごとに指定された座席を見つけて座ろうと、すでに隣の座席に着席している男子学生に、
「おとなり、失礼します」
と、声を掛ける。
少しうつむき加減で彼がのぞき込んでいるそのスマートフォンは、見慣れたものであるような気がした。
さらに、着慣れていないであろう真新しいスーツの胸ポケットには、あのコカリナが刺さっている。
そして、私の声に反応してコチラを見上げたマスクをしていないその顔は、あの夏の終わりに、私がマスクを外した時に見つめた輪郭そのものだった。
一瞬、こわばった彼の表情はすぐに緩んで、あの夏の間は、観る機会が少なかった口もとからは、
「よお、久しぶりだな」
と、返事が返された。
その瞬間、彼――――――坂井夏生がコカリナに触れたわけでもないのに、私は時間が止まったように感じた。
「だから、言っただろ……『蟹座のオトコの執着心を舐めるな』って……」
ニヤリと笑って、つぶやくように言う語り口は、一年半前の夏の終りの時のままだ。
座席を立ち、まっすぐにコチラを見つめる彼に歩み寄って、私が口にするセリフは決まっている。
「私のお願いは守らずに、呆れた執念ね。ホント、最低なオトコ!」
初めて唇に触れた、最後に目にした時のままの彼の口もとが、優しく微笑んだ様に見えた。
「残念だけど、オレは、クラスの連中からも依頼されてることがあってな……それを小嶋に伝えるまでは、小嶋の最後の《お願い》を聞くわけにはいかなかったんだよ」
その一言に、友人たちの顔が思い浮かび、言葉を発せない私に、彼は続けて、
「あのあと、大嶋は、『私たちに、お別れの挨拶をしないなんて許せない! ナツミに自分たちの気持ちを思い知らせてやる!』って言い出して大変だったんだぜ……それで、こんなことをSNSで拡散させたんだ」
そう言うと、自身のスマートフォンを取り出して、紫色のカメラマークのアイコンをタップした後、しばらく操作を続け、私にその画面を示した。
====================
いいね!を見る
ooshima_yumiko ショッピングモールの駅前にあるカリヨンの伝説って知ってる?
このカリヨンの音が奏でられている間に、駅前のペデストリアンデッキで恋人同士がキスをすると、『永遠の愛』が約束されるんだって!
とっても、ロマンチックだね!
#カリヨン広場
#フランドルの鐘
#カリヨンコンサート
====================
その書き込みを目にした瞬間、私の顔色は、一瞬にして紅潮した。
「な、なに、コレ!? こんな話し、私は、まっっったく知らないんだけど!?」
思わず、声を上げると、彼は苦笑しながら語る。
「当たり前だ……その話しは、古い映画を参考にして、大嶋がデッチあげた都市伝説みたいなモノだからな……」
その言葉に、なるほど、ユミコらしいーーーーーーと妙に納得し、笑みがこぼれてしまう。
「もしかして、その映画って、ツカサさんとユカが好きな『リトル・ロマンス』のこと?」
そうたずねると、
「あぁ~、たしか、そんなタイトルだったと思うわ。イタリアかどこかの街の伝説なんだろ? 面白がって、ツカサさんと中嶋も、その書き込みの拡散に一役買ったらしいから……今じゃ、あの駅前が、地元でちょっとした聖地になって、カリヨン・コンサートの時に若いカップルが増えたりしてるんだぜ……」
彼は、少しあきれたように苦笑いを続けていたが、急に真剣な表情になり、
「それに……オレだって――――――最後にあんなことされたら、小嶋のこと、忘れられるわけないだろ」
そう言って、彼は私の背中に腕を伸ばし、優しく抱きしめてきた。
あの時よりも、少しだけ背が伸びた相手の胸元に寄りかかり、その場所に顔をうずめた私には、もう、その表情を確認することは出来ない。
そして、彼は、耳元で、こうささやいた――――――。
「小嶋……ずっと、気持ちに気付けなくて、ゴメンな……」
さらに、声を潜めて、つぶやく様に
「ヒトを勝手に実験台にしやがって……オレのファーストキスだったんだぞ! どう責任とってくれるんだよ!?」
と言って、背中に回していた腕にチカラを込めてきた。
その力強さに、自分の鼓動が早くなるのを感じる。
そして、坂井夏生は、私の頭に手を置き、そっと、二度かきなでた。
鼓動が、さらに高鳴り、この瞬間を永遠のものにしたいーーーーーー。
私は、その胸元にこすりつけるように、頭部を振った。
今度こそ、この言葉を口に出す時が来たと感じる。
「フェルヴァイレ・ドホ・ドゥ・ビス・ゾーシェーン(時よ止まれ、汝は美しい)ーーーーーー」
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
物語が生まれる場所で
ノベルのベル
ライト文芸
これは、行き場をなくした”もの”たちの物語。
編みかけの手袋、届かなかった手紙、果たされなかった約束の物語。
僕たち高校生ができることなんて、どうしようもないくらいにちっぽけで限りがある。僕たちのしていることにほとんど意味なんてないのかもしれない。だけど、それでも、僕たちはやらずにはいられないみたいだ。
これは、同時に、僕たち”広報部”の物語なんだ。
鵺の泪[アキハル妖怪シリーズ①]
神﨑なおはる
キャラ文芸
4月の終わり。文学部4年生の先輩の元に奇妙なメモ用紙が届く。
その謎を、頼まれもしないのに2年生の西澤顕人と滝田晴臣が引っ掻き回す。
アキハル妖怪シリーズ1本目です。多分。
表紙イラスト:kerotanさま
(休止中)原因はアナタが良い。(仮没)
カネコ
キャラ文芸
「“時を止める能力”があるって言ったら、信じてくれる?」
彼女は、始まろうとしてる事の“崩壊”を望んでそう告げたのだった。
「僕で良ければ聞こうか、その話」
不気味に、美しく笑う黒髪の青年と。
無数に空いた耳のピアス、目立つ派手髪の女。
2人が、出会って。
始まってしまった。
※素人による未完成小説の書き出しです。掲載後の訂正・修正・加筆が告知なく発生することが多々あります。ご了承下さい。
掲載後のストーリーや設定の変更もございますが、こちらも告知なく発生致します。ご了承下さい。
この作者の他作品において、キャラの名前が一致している・似ている場合がございますが、設定上の関係はありません。
素人による気に入った名前の使い回しでしかなく、一切深い意味はございません。
それぞれ作品ごとで、孤立した世界としてお楽しみいただければ幸いです。
詩集☆幸せの形〜だれかがいる〜
〜神歌〜
ライト文芸
詩集☆幸せの形〜だれかがいる〜
既に出版している詩集☆幸せの形のシリーズ作品です。
文字数の関係で多少表現が変わってる部分があるかもしれませんが、ご了承下さい、
では貴方の支えになれば嬉しく思います。
では、、、
その後の愛すべき不思議な家族
桐条京介
ライト文芸
血の繋がらない3人が様々な困難を乗り越え、家族としての絆を紡いだ本編【愛すべき不思議な家族】の続編となります。【小説家になろうで200万PV】
ひとつの家族となった3人に、引き続き様々な出来事や苦悩、幸せな日常が訪れ、それらを経て、より確かな家族へと至っていく過程を書いています。
少女が大人になり、大人も年齢を重ね、世代を交代していく中で変わっていくもの、変わらないものを見ていただければと思います。
※この作品は小説家になろう及び他のサイトとの重複投稿作品です。
アンダンテ・メトロノーム
古城乃鸚哥
ライト文芸
大学生になった青井茉白は、なんとなく聴きに行ったオーケストラ部の新歓コンサートで心を打たれ、即入部を決意する。
少人数でわきあいあいと活動しているオケ部、茉白が希望したダブルリードパートは、学生指揮者の黒川と大学から楽器を始めた瀬尾の二人の先輩が所属していた。
人見知りをする性質の茉白は、紳士的でカリスマ性のある黒川と、クールでとっつきにくい瀬尾とのやりとりに苦心しながらも、徐々に打ち解けていく。
人付き合いが苦手で不器用な茉白と瀬尾が、共に憧れる黒川に近付こうと腐心する物語。
【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。
紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。
アルファポリスのインセンティブの仕組み。
ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。
どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。
実際に新人賞に応募していくまでの過程。
春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
先が気になったのでお気に入り登録させてもらいました(^^)