時のコカリナ

遊馬友仁

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第四章〜⑭〜

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 かたわらの彼女は、無言でうなずいたあと、

「そっか……そうだったんだ……」

と、つぶやいた。照明のほのかな灯りに照らされたその表情は、穏やかなものに見える。
 彼女の言葉を、「あぁ……」と、肯定して、さらに言葉を続けて、自分の想いを伝えた。

「だから……オレは、小嶋にこのコカリナの実験というか研究を……この不思議なアイテムの探求を続けてほしい、と思ってる」

(できれば、そばで一緒に、その活動をしていたいーーーーーー)

 その言葉は、さすがに口に出来なかったが……。
 彼女は、「そうなんだ……」と、短くつぶやいたあと、

「そんなに、良く想ってもらえるようなコトじゃないのに……」

ポツリと言う。
 小嶋夏海の表情は、少し寂しげなものに変わった。
 その瞬間、

ヒュ~ン

という音がしたので、目線を上げると、光の玉が真っ暗な空に舞い上がって行く。
 そして、目の前の夜空には、再び大輪の華が咲いた。

「次のプログラムが始まったみたいだな……」

一人言のように、そうつぶやくと、

「うん……」

という小さな相槌が聞こえた。
 規則的な間隔をおいて、花火が打ち上がっていく。
 今度は、ハート型、スマイルの表情、蝶のかたちなど、様々なデザインを描くものが多い。

「面白いかたちだな~。小嶋、そろそろコレを使うか?」

 コカリナを手に取って、実験観察のパートナーに提案すると、

「そうだね。タイミングは坂井に任せる」

 先ほどとはかわって、明るい表情で、彼女は答えた。

「あぁ、撮影用に、しっかりスマホを用意しておいてくれよ」

 こちらも笑顔で答えると、相手も大きくうなずく。
 次の瞬間、ヒュ~ンという音とともに赤い閃光が夜空を駆け上がっていく。
 あわてて、首に掛けたストラップを外して、コカリナを小嶋夏海の方に差し出す。
 そして、彼女が木製細工に触れた感触を確認すると、いつでも短時間停止を発動できるように、裏面の切り替えスイッチに指をかける。

 ド~ン!!!

という轟音とともに夜空に拡がったのは、国民的認知度を誇る猫のキャラクターだった。

「あっ、キティちゃん」

 彼女のつぶやきと、ほぼ同時に、

 カチカチカチ!

 素早く切り替えスイッチを操作した。

==========Time Out==========

 淡い色の赤い閃光で夜空を彩ったキャラクターの顔は、やや斜めに傾きながら、空中で静止を続けている。
 はっきりとキャラクターの形状がわかる状態であることを確認し、

「どうよ!?」

 ドヤ顔で、実験パートナーに、我が成果の感想をたずねると、

「うん、まあまあね」

 いつものように澄ました表情で言ったあと、クスリと笑って、彼女は、パシャリ、パシャリと夜空に向かってスマホのシャッターを切る。
 彼女に続いて、自分もスマホを準備し、カメラアプリを起動してシャッターボタンをおそうとすると……。

=========Time Out End=========

 パラパラパラ、という音とともに、キャラクターの表情は夜空に消えていった。

「う~ん、残念……間に合わなかったか」

 苦笑しながら、つぶやくと、

「あとで、メッセージアプリから、私が撮ったのを送ってあげるよ」

 彼女は、飼っていたペットが行方不明になった人を慰めるような表情で言う。

(いや、そんな大げさに悲壮感が漂う話しではないのだが……)

 そんな感想を抱きつつも、

「そ、そうか……スマン、助かる」

 そう返事をすると、小嶋夏海は、気にしないで……といった感じで、「ううん」と、首を横に振ってから、

「坂井は、かわいいキャラクターも好きなんだね……顔に似合わず……」

と、言ってクスクスと可笑しそうに笑う。
 部類の動物好きだという勝手な評価とともに、甚だしく大きな誤解の存在を感じるが、反論するのも、曲解を否定するための言葉を探すのも面倒なので、そのままにしておく。
 その間にも、アンパンをモチーフにしたおなじみのキャラや、黄色いネズミのモンスターなどが、次々と夜空を彩って行った。
 さいごに、ネコ型ロボットの青い花火が打ち上がり、青い光の筋が暗い空に消えると、再び夜空と観賞会場に静寂がもどる。
 ハート型やキャラクターで見せるタイプの花火のプログラムは、終了したようだ。
そして、静けさを取りもどした会場で、周囲の人たちの話し声がかすかに聞こえる中、小嶋夏海は、唐突にこんなことを聞いてきた。

「ねぇ、坂井。打ち上げ花火って、真横から見たら、丸く見えると思う? 平らに見えると思う?」
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