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第二章〜㉓〜
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図書館に戻ると、一階のフロアには、『本日、学習室は満席です』という大きな張り紙が貼りだされていた。
「今日は、もう観察記録をつける必要もないし、問題ないんじゃない?」
こちらが、「どうする?」と、たずねるより先に、小嶋夏海が告げる。
「そうだな。小嶋は、このまま情報交流ルームに行くのか?」
「そうね。検索用の端末は、一時間の使用制限があるから、情報収集が終わったら、目を付けた資料を探しに、また閲覧室に戻ろうと思う」
「そっか……オレは、まず小嶋ご推薦のマンガにあたってみることにするわ」
そう告げて、三階の情報交流ルームに向かう彼女を見送り、オレは、二階の蔵書検索端末に向かった。
幸いなことに、手塚治虫が、ゲーテの『ファウスト』を下敷きに描いた三冊のコミックは、どれも貸し出しにはなっておらず、閲覧可能な状態だった。端末を操作して、図書分類コードなどが記された検索用紙をプリントアウトし、受付にいた司書の女性に手渡し、お目当ての三冊を探してもらう。
ほどなくして、依頼した三冊を持ってきてくれた女性に礼を言って、閲覧席に向かう。普段、図書館を利用しない自分が長時間滞在することについてもそうだが、静かな図書館内で、マンガ本を黙々と読むことも、新鮮かつ不思議な感覚ではあった。
三作品とも、自分が生まれるはるか以前に描かれたものであるにも関わらず、テンポの良いストーリー展開と魅力的なキャラクターに引き込まれ、ページをめくるスピードが衰えない。
手元にある三冊のコミックから、『ファウスト』関連の三作を読み終わり、スマホで時刻を確認すると、午後四時を回っていた。
昼食を終えて、図書館に戻ってきたのが、午後一時頃だったので、三時間以上も集中して読み続けていたことになる。最後に読んだ『ネオ・ファウスト』が未完に終わっていたのは残念だったが、どの作品も、興味深い内容で、ザックリとではあるが、『ファウスト』の物語の概要と、描こうとしたテーマのようなモノを少しだけつかめた気がする。
(さて、少しは内容が頭に入ったところで、解説本を読んでみるか!)
と、席を立とうとしたところ、長時間の週中のせいか、身体の節々が強張っていたことに気付いた。
そして、そのまま、閲覧席の椅子に座りながら、上半身を簡易的なストレッチでほぐしていると、サイレント・モードにしているスマホに、メッセージが表示された。
《小嶋夏海:そっちの調子は、どう?》
「調子は、どう?」
と聞かれても、自分のしたことと言えば、マンガを三本読んでいただけなので、返答に困ってしまうのだが……。
午前中の神社での実験とは違い、図書館に移動して来てからの自分の役立たずぶりに軽く落ち込みつつ、メッセージアプリに返信する。
=================
ちょうど、手塚治虫の『ファウスト』
関連のコミックを読み終えた。
これから、小嶋が薦めてくれた解説本
を読んでみようと思う。
=================
メッセージを送信すると、すぐに、既読マークが付き、「りょうかい!」と書かれたネコのイラスト付きのスタンプとともに、
=================
ちょっと、三階に上がって来れる?
=================
と、メッセージが返信されてきた。こちらも、すぐに「YES!」と表示された青いコアラのスタンプを返信し、三冊のコミックを返却受付のコーナーに戻して、彼女の待つ階上に向かうことにした。
階段を上がり、三階に到着すると、すぐに小嶋夏海の姿が見えた。
声が大きく響かないように、周囲に気を使いながら、
「何か、わかったのか?」
と、彼女にたずねる。
「コカリナが、ハンガリー発祥の楽器ってことは間違ってなかったみたいだから、ハンガリーやロマの民族楽器について調べてみたけど、これは、調べる対象が漠然とし過ぎていて、有効な情報には当たらなかった。もう一つ、日本の大学で、『コカリナの音響特性』について書かれた論文があったから、明日以降は、それについて調べてみようかな、って考えてる」
「大学で書かれた論文!?」
思わず声を上げそうになるのを注意して、
「そんな本格的な調査が必要なのか? それに、論文なんて、どうやって手元に取り寄せるんだ?」
小声で、彼女にたずねると、
「インターネットでダウンロードできれば、良かったんだけどね……お目当ての文献は、リンク切れになってたから、この論文が収録されている刊行物が置いてある大学図書館に行くしかないかな? 刊行物は、近隣の大学にも置かれてるみたいだし……でも、感染症の影響で、学外の人間は大学図書館を利用できない可能性もあるんだよね……」
少し残念がりながら話すが、いま聞いた内容からは、コカリナの研究について大きな進展があったわけではなさそうだ。
マンガ本を読んでいただけで、今回の研究調査に全く役立っていない自分が言うのは、非常におこがましいが、何か重要な発見があったのかと、少し期待していたので、落胆する気持ちもあった。
しかし、それならば、なぜ、急にオレを呼び出したのだろう? 気になったので、聞いてみることにする。
「今日は、もう観察記録をつける必要もないし、問題ないんじゃない?」
こちらが、「どうする?」と、たずねるより先に、小嶋夏海が告げる。
「そうだな。小嶋は、このまま情報交流ルームに行くのか?」
「そうね。検索用の端末は、一時間の使用制限があるから、情報収集が終わったら、目を付けた資料を探しに、また閲覧室に戻ろうと思う」
「そっか……オレは、まず小嶋ご推薦のマンガにあたってみることにするわ」
そう告げて、三階の情報交流ルームに向かう彼女を見送り、オレは、二階の蔵書検索端末に向かった。
幸いなことに、手塚治虫が、ゲーテの『ファウスト』を下敷きに描いた三冊のコミックは、どれも貸し出しにはなっておらず、閲覧可能な状態だった。端末を操作して、図書分類コードなどが記された検索用紙をプリントアウトし、受付にいた司書の女性に手渡し、お目当ての三冊を探してもらう。
ほどなくして、依頼した三冊を持ってきてくれた女性に礼を言って、閲覧席に向かう。普段、図書館を利用しない自分が長時間滞在することについてもそうだが、静かな図書館内で、マンガ本を黙々と読むことも、新鮮かつ不思議な感覚ではあった。
三作品とも、自分が生まれるはるか以前に描かれたものであるにも関わらず、テンポの良いストーリー展開と魅力的なキャラクターに引き込まれ、ページをめくるスピードが衰えない。
手元にある三冊のコミックから、『ファウスト』関連の三作を読み終わり、スマホで時刻を確認すると、午後四時を回っていた。
昼食を終えて、図書館に戻ってきたのが、午後一時頃だったので、三時間以上も集中して読み続けていたことになる。最後に読んだ『ネオ・ファウスト』が未完に終わっていたのは残念だったが、どの作品も、興味深い内容で、ザックリとではあるが、『ファウスト』の物語の概要と、描こうとしたテーマのようなモノを少しだけつかめた気がする。
(さて、少しは内容が頭に入ったところで、解説本を読んでみるか!)
と、席を立とうとしたところ、長時間の週中のせいか、身体の節々が強張っていたことに気付いた。
そして、そのまま、閲覧席の椅子に座りながら、上半身を簡易的なストレッチでほぐしていると、サイレント・モードにしているスマホに、メッセージが表示された。
《小嶋夏海:そっちの調子は、どう?》
「調子は、どう?」
と聞かれても、自分のしたことと言えば、マンガを三本読んでいただけなので、返答に困ってしまうのだが……。
午前中の神社での実験とは違い、図書館に移動して来てからの自分の役立たずぶりに軽く落ち込みつつ、メッセージアプリに返信する。
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ちょうど、手塚治虫の『ファウスト』
関連のコミックを読み終えた。
これから、小嶋が薦めてくれた解説本
を読んでみようと思う。
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メッセージを送信すると、すぐに、既読マークが付き、「りょうかい!」と書かれたネコのイラスト付きのスタンプとともに、
=================
ちょっと、三階に上がって来れる?
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と、メッセージが返信されてきた。こちらも、すぐに「YES!」と表示された青いコアラのスタンプを返信し、三冊のコミックを返却受付のコーナーに戻して、彼女の待つ階上に向かうことにした。
階段を上がり、三階に到着すると、すぐに小嶋夏海の姿が見えた。
声が大きく響かないように、周囲に気を使いながら、
「何か、わかったのか?」
と、彼女にたずねる。
「コカリナが、ハンガリー発祥の楽器ってことは間違ってなかったみたいだから、ハンガリーやロマの民族楽器について調べてみたけど、これは、調べる対象が漠然とし過ぎていて、有効な情報には当たらなかった。もう一つ、日本の大学で、『コカリナの音響特性』について書かれた論文があったから、明日以降は、それについて調べてみようかな、って考えてる」
「大学で書かれた論文!?」
思わず声を上げそうになるのを注意して、
「そんな本格的な調査が必要なのか? それに、論文なんて、どうやって手元に取り寄せるんだ?」
小声で、彼女にたずねると、
「インターネットでダウンロードできれば、良かったんだけどね……お目当ての文献は、リンク切れになってたから、この論文が収録されている刊行物が置いてある大学図書館に行くしかないかな? 刊行物は、近隣の大学にも置かれてるみたいだし……でも、感染症の影響で、学外の人間は大学図書館を利用できない可能性もあるんだよね……」
少し残念がりながら話すが、いま聞いた内容からは、コカリナの研究について大きな進展があったわけではなさそうだ。
マンガ本を読んでいただけで、今回の研究調査に全く役立っていない自分が言うのは、非常におこがましいが、何か重要な発見があったのかと、少し期待していたので、落胆する気持ちもあった。
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