時のコカリナ

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
5 / 107

第一章〜④〜

しおりを挟む
「わっ!?」

と、隣で大きな声が聞こえ、突然のことに思わず、ビクッと身体が反応する。
 とっさに声のした方に顔を向けると、母親もまた、心の底から驚いた、という表情でコチラを見ている。

「アンタ、いつの間に降りて来たの!?」

 母親の声に驚いたのは、自分だけではなかったようで、ソファーに座る父親もキッチンの方に顔を向け、

「ん~、どうした? おっ、夏生いつからそこにいたんだ?」

と、声を掛けてきた。
 その瞬間、テレビの野球中継では、バッターが大きな当たりを放ったようで、アナウンサーが

「ライトへ! ライトへ! 越えるか!? 越えるか!? 越えろ! 行った! 行った~~! 大山が打った! 勝ち越しスリーラン!!!!」

と、絶叫していた。
 贔屓チームの主砲の待望の一打に、バチンと手を打った父は、妻と息子が互いに驚愕しあっている様子には、すぐに関心を失ったようで、

「ヨシッ! 良くやった!!」

と、一人でガッツポーズを作っている。
 時間の進行を取り戻した『世界』に感激を覚えながらも、母親からの不審感オーラを感じ取ったオレは、

「いや、二人ともテレビとか洗い物に集中してたみたいだから、コッソリ来てみようかな、と……」

などと、言い訳にもならない理由を述べて、一刻も早くリビングを立ち去ることにする。
 そそくさと、父親の座るソファーの背後をすり抜けて、部屋から廊下に出ようとすると、

「宿題が無いなら、早くお風呂に入って寝なさいよ!」

背中越しに、母親が声を掛けてきた。

「わかったよ」

と、だけ返事を返し、急いで自分の部屋に戻るべくドアを後ろ手に閉める。

「音もなく入ってきたと思ったら、出て行く時は慌ただしいヤツだな」

 誰に言うでもなく口に出した父親の言葉が、かろうじて聞こえていたが、気にしている余裕はない。
 駆け上がるように階段を昇ったのは、一刻も早く自室に置いている、あの楽器モドキを確認したかったからだ。
 額の汗をぬぐいつつ、冷房を効かしていた部屋に快適さを感じながら、例の《アイテム》の裏側に配置されている小窓の部分を確認すると、『48』と、数字が変化していた。

「やっぱり、そうか——————!!」

 最初に切り替えスイッチをON(仮称)の状態にしたあとに、この楽器モドキを鳴らした時に感じた、自分の周りの時間が止まったという感覚は、気のせいでは無かったようだ。
 切り替えスイッチON(仮称)のまま、息を吹き込んでこの木製細工を使用すると、

 ①一定の間、自分の周囲の時間が止まる。
 ②小窓に表示されているカウンターの残数が、一つ減る。

 二度の時間停止の経験で判明したことは、この二つのことだ。
 問題は、停止する時間の長さが、一度目と二度目では、明らかに異なっていた、ということだ。
 事前に停止する時間の長さを把握できていれば、その時間内に実行することをあらかじめ計画することもできるが、いつ時間停止が終了するかわからないようでは、気軽に、この《機能》を使うことなどできない。
 さっきのリビングでの出来事のように、時間停止中に気を抜いていて、急に停止時間が終了したりすると、自分も周囲の人間も戸惑うことになるだろうし、何より、時間停止中の自分の行為が、周りに発覚してしまうのは……。
 いや、言うまでもなく、根っからの小心者の自分には、この《機能》を犯罪など、法律に反することに利用するつもりは、だんじて無い! 第一、そんなことは、この木製細工を孫である自分に託してくれた祖父さんも望んでいないだろう。

 しかし——————。
 
 ちょっとしたイタズラなど、軽い気持ちで、この時間停止機能を使用した際に、その行為の途中で、停止時間が終了してしまった場合のリスクは、最重要課題として考えておくべきだろう。それに、つい先ほどの母親と交わした噛み合っていない会話の気まずさと自分自身で必死に考えた言い訳の拙さを思い出すと、恥ずかしさに赤面し、頭を抱えたくなってしまう。
 また他に理由をあげると、この《機能》は、絶対に他人に知られてはいけないだろう——————ということだ。
 自分のような小心者で大したアイデアも浮かばない人間ならともかくとして、数分間(リビングでの停止時間は、もっと長く感じたが)と言えど、周囲の時間を停止するチカラを手にした人間が知能に長けた人物であれば、自分の利益のために、どんな使い方をするか想像もつかない(使い方によっては、誰にも気付かれることなく窃盗や殺人などの犯罪行為を行うことは十分に可能だ)。
 そして、オレが停止される時間の長さを気にする最大の理由は、永遠に周囲の時間が止まってしまうことはないのか——————という不安から来るものだった。
 意図して発生した現象でなかったとはいっても、周りのすべての時間が停止している間にオレが感じたのは、自由に動き回れるハズの自分だけが、反対に周囲から置いてけぼりにされてしまったのではないか、という絶望的な《不安》と《孤独》だった。
 あの時は、その不安から逃れ、気持ちを落ち着かせるため、水分補給をすることで何とか気を紛らわせたが、

「もし、あの時間が永遠に続いてしまっていたら——————」

そのことを想像すると、その現象から数分以上が経過した今でも、心臓がバクバクと脈打つほどの恐怖に似た感情を覚える。

それでも——————。

祖父さんが形見のように授けてくれた、ということもあって、

「この木製細工の有効な使い方を知りたい!」

という欲求が、心の底からムクムクと湧いてくることも、また間違いではなかった。
 今日は、もう一度だけコイツの使い方を探ってみよう、と決意したオレは、小学校の入学時から使っている学習机の引き出しを開けて、ストップウォッチを取り出す。
 スマホの動画やアナログ時計は動きを止めてしまったが、テレビのリモコンでチャンネルを変更できたということは、停止時間中でも、機械類の使用は可能なのかも知れない。
 早速、ストップウォッチを右手に持ち、左手では木製細工をつまむようにして持ち、口もとに運んで、上部にある四つ穴は抑えないまま、息を吹きかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

ただいま冷徹上司を調・教・中!

伊吹美香
恋愛
同期から男を寝取られ棄てられた崖っぷちOL 久瀬千尋(くぜちひろ)28歳    × 容姿端麗で仕事もでき一目置かれる恋愛下手課長 平嶋凱莉(ひらしまかいり)35歳 二人はひょんなことから(仮)恋人になることに。 今まで知らなかった素顔を知るたびに、二人の関係は近くなる。 意地と恥から始まった(仮)恋人は(本)恋人になれるのか?

糖度高めな秘密の密会はいかが?

桜井 響華
恋愛
彩羽(いろは)コーポレーションで 雑貨デザイナー兼その他のデザインを 担当している、秋葉 紫です。 毎日のように 鬼畜な企画部長からガミガミ言われて、 日々、癒しを求めています。 ストレス解消法の一つは、 同じ系列のカフェに行く事。 そこには、 癒しの王子様が居るから───・・・・・ カフェのアルバイト店員? でも、本当は御曹司!? 年下王子様系か...Sな俺様上司か… 入社5年目、私にも恋のチャンスが 巡って来たけれど… 早くも波乱の予感───

嫁にするなら訳あり地味子に限る!

登夢
恋愛
ブランド好きの独身エリートの主人公にはほろ苦い恋愛の経験があった。ふとしたことがきっかけで地味な女子社員を部下にまわしてもらったが、地味子に惹かれた主人公は交際を申し込む。悲しい失恋をしたことのある地味子は躊躇するが、公私を分けてデートを休日に限る約束をして交際を受け入れる。主人公は一日一日を大切にしたいという地味子とデートをかさねてゆく。

処理中です...