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エピローグ〜この世の果てで愛を唄う少女〜前編
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ルートD・玄野雄司の場合
その後のことを少しだけ語ろう――――――。
ゲルブの面会を終えたあとも、順調に快復が見込まれたということで、三月の月末には、担当の医者から退院の許可が降りた。
それは、クリーブラットに宣言したように、オレ自身がリハビリに注力したということもあるが、半年以上もの間、寝たきりになっていたオレが廃用症候群と呼ばれる筋肉の萎縮や血圧の低下を防ぐために、母親と桃が、日替わりで、身体を動かすベッド上でのリハビリ作業を行ってくれていたから、ということだ。
多忙な仕事の合間をぬって、オレの身体のケアをしてくれた母親はもちろんのことだが、家族でもないのに、オレを気遣ってくれた下級生には、本当に頭が上がらないと感じる。
その桃とは、この春から、晴れて(?)同級生として、あいらんど高校に通うことになった。
一学期の間は、まだまだ、定期的な通院とリハビリが必要ということだが、前年度のこの時期まで、オレはごく普通の高校二年生として勉学に勤しんでいたため、学習内容に遅れが生じるような心配は少ない。
事故に遭う前から、体感で80パーセント程に回復した身体を通学に慣らすため、少し早めに登校するオレの隣を歩きながら、同じクラスになった、元・後輩が話しかけてくる。
「まさか、くろセンパイと同級生になる日が来るなんて、夢にも思いませんでした。これからは、玄野くんって呼ばなきゃですね?」
なぜか、嬉しそうにクスクスと笑いながら語る桃に対して、
「おっ、そうだな……」
と、手短かに返答する。
ただ、オレのややぶっきらぼうな返答を塩対応と感じたのか、クラスメートになった、1歳年下の女子生徒は、
「あっ、なんですか? なにか不満でもあるんですか?」
と、抗議の声をあげる。
どんな風に呼んでもらおうと、別に不満などないのだが、ふと別のセカイで、
「お兄ちゃん……」
と、呼ばれていたときのことを思い出したのだ。
そんな、いまとなっては懐かしい思い出に浸っていると、桃の方が不満気に言葉を続ける。
「なんですか、もう~。もしかして、くろセンパイは、麻倉ももボイスで『センパイ』って言われることに無上の喜びを感じる特殊な性癖の持ち主だったりするんですか? それなら、そうと言ってくれれば……」
モジモジとした表情で語る桃だが、残念ながら、その見解は微妙にズレていると言わざるを得ない。
個人的には、篠原侑ボイスで、『お兄ちゃん』と呼ばれたら、昇天してしまう自信があるのだが、当然、そのことは気取られないようにする。
桃は、なぜか、ことごとくオレの推しキャラを把握していて、事故に遭うまでプレイしていたソシャゲの待ち受けキャラを変更したその日に、
「センパイ、カレンチャン推しなんですね……」
と、耳元でボソリとつぶやいてきたことがあるのだ。
そんな過去を思い出して、これ以上、彼女のペースに振り回されるのはゴメンだ、と年上らしく毅然と返答する。
「どんな風に呼んでもらっても気にしねぇよ。ただ、麻倉ももボイスなら、『Charlotte』の乙坂歩未か『僕らの雨いろプロトコル』の時野谷美桜が至高だということだけは、伝えておこう」
オレの返答に感銘を受けたのか、桃は、一瞬、沈黙したあと、
「それ、ふたりとも、妹キャラじゃないですか!?」
と、激昂するようにツッコミを入れてきた。
普段は巧妙に隠している己の性癖が、思わず漏れ出してしまったようである。
「しまった……せっかく、同じ学年になってアドヴァンテージが出来たと思ったのに、まさかの年下属性だったなんて……これじゃ、プラン変更じゃん」
頭を抱えながら、ブツブツと訳のわからないことをつぶやいている桃に構わず、あいらんど高校に到着すると、始業時間までには、まだ時間があるため、オレたちは、放送・新聞部の部室を目指す。
久々に訪れた部室は、オレの記憶どおりの姿を留めていた。
桜花先輩の趣味で飾っている『WHOLE EARTH CATAROG』のポスターに描かれた文言も、
Stay hungry.Stay foolish.
のメッセージに戻っている。
「懐かしいな~。やっと、元の部室に戻ってきた気がする」
感慨にひたりながらつぶやくと、桃は、同意するように、「半年以上、入院してましたもんね……」と、オレの言葉に同意しつつ、
「その分、張り切ってもらいますよ! なにせ、今年は、VTuberのキャラクターを使って、やることがたくさんあるんですから!」
と言って、発破を掛けてくる。
そう、オレが居た元のセカイであるこの世界線でも、放送・新聞部は、島内四片というVTuberのキャラクターを今年度の活動の中心に据えようとしているのだ。
オレが昏睡状態にある間、桃は、病院に通ってオレのリハビリ動作の補助をしながら、部活動では、このVTuberによる活動を軌道に乗せるべく、桜花先輩や冬馬、宮野といった放送・新聞部員だけでなく、文芸部や美術部、コンピューター・クラブを巻き込んで、このキャラクターに生命を吹き込む活動にチカラを注いでいたという。
そんな、元・後輩の健気な姿を想像して、オレは、目頭が熱くなるを感じつつ、彼女に伝えたい想いがあることを再確認する。
「なぁ、桃……今日の放課後ちょっと話したいことがあるんだが……マリンパークまで付き合ってくれないか?」
ある決意を胸に秘めながら、オレは、新しいクラスメートに、そう声をかけた。
その後のことを少しだけ語ろう――――――。
ゲルブの面会を終えたあとも、順調に快復が見込まれたということで、三月の月末には、担当の医者から退院の許可が降りた。
それは、クリーブラットに宣言したように、オレ自身がリハビリに注力したということもあるが、半年以上もの間、寝たきりになっていたオレが廃用症候群と呼ばれる筋肉の萎縮や血圧の低下を防ぐために、母親と桃が、日替わりで、身体を動かすベッド上でのリハビリ作業を行ってくれていたから、ということだ。
多忙な仕事の合間をぬって、オレの身体のケアをしてくれた母親はもちろんのことだが、家族でもないのに、オレを気遣ってくれた下級生には、本当に頭が上がらないと感じる。
その桃とは、この春から、晴れて(?)同級生として、あいらんど高校に通うことになった。
一学期の間は、まだまだ、定期的な通院とリハビリが必要ということだが、前年度のこの時期まで、オレはごく普通の高校二年生として勉学に勤しんでいたため、学習内容に遅れが生じるような心配は少ない。
事故に遭う前から、体感で80パーセント程に回復した身体を通学に慣らすため、少し早めに登校するオレの隣を歩きながら、同じクラスになった、元・後輩が話しかけてくる。
「まさか、くろセンパイと同級生になる日が来るなんて、夢にも思いませんでした。これからは、玄野くんって呼ばなきゃですね?」
なぜか、嬉しそうにクスクスと笑いながら語る桃に対して、
「おっ、そうだな……」
と、手短かに返答する。
ただ、オレのややぶっきらぼうな返答を塩対応と感じたのか、クラスメートになった、1歳年下の女子生徒は、
「あっ、なんですか? なにか不満でもあるんですか?」
と、抗議の声をあげる。
どんな風に呼んでもらおうと、別に不満などないのだが、ふと別のセカイで、
「お兄ちゃん……」
と、呼ばれていたときのことを思い出したのだ。
そんな、いまとなっては懐かしい思い出に浸っていると、桃の方が不満気に言葉を続ける。
「なんですか、もう~。もしかして、くろセンパイは、麻倉ももボイスで『センパイ』って言われることに無上の喜びを感じる特殊な性癖の持ち主だったりするんですか? それなら、そうと言ってくれれば……」
モジモジとした表情で語る桃だが、残念ながら、その見解は微妙にズレていると言わざるを得ない。
個人的には、篠原侑ボイスで、『お兄ちゃん』と呼ばれたら、昇天してしまう自信があるのだが、当然、そのことは気取られないようにする。
桃は、なぜか、ことごとくオレの推しキャラを把握していて、事故に遭うまでプレイしていたソシャゲの待ち受けキャラを変更したその日に、
「センパイ、カレンチャン推しなんですね……」
と、耳元でボソリとつぶやいてきたことがあるのだ。
そんな過去を思い出して、これ以上、彼女のペースに振り回されるのはゴメンだ、と年上らしく毅然と返答する。
「どんな風に呼んでもらっても気にしねぇよ。ただ、麻倉ももボイスなら、『Charlotte』の乙坂歩未か『僕らの雨いろプロトコル』の時野谷美桜が至高だということだけは、伝えておこう」
オレの返答に感銘を受けたのか、桃は、一瞬、沈黙したあと、
「それ、ふたりとも、妹キャラじゃないですか!?」
と、激昂するようにツッコミを入れてきた。
普段は巧妙に隠している己の性癖が、思わず漏れ出してしまったようである。
「しまった……せっかく、同じ学年になってアドヴァンテージが出来たと思ったのに、まさかの年下属性だったなんて……これじゃ、プラン変更じゃん」
頭を抱えながら、ブツブツと訳のわからないことをつぶやいている桃に構わず、あいらんど高校に到着すると、始業時間までには、まだ時間があるため、オレたちは、放送・新聞部の部室を目指す。
久々に訪れた部室は、オレの記憶どおりの姿を留めていた。
桜花先輩の趣味で飾っている『WHOLE EARTH CATAROG』のポスターに描かれた文言も、
Stay hungry.Stay foolish.
のメッセージに戻っている。
「懐かしいな~。やっと、元の部室に戻ってきた気がする」
感慨にひたりながらつぶやくと、桃は、同意するように、「半年以上、入院してましたもんね……」と、オレの言葉に同意しつつ、
「その分、張り切ってもらいますよ! なにせ、今年は、VTuberのキャラクターを使って、やることがたくさんあるんですから!」
と言って、発破を掛けてくる。
そう、オレが居た元のセカイであるこの世界線でも、放送・新聞部は、島内四片というVTuberのキャラクターを今年度の活動の中心に据えようとしているのだ。
オレが昏睡状態にある間、桃は、病院に通ってオレのリハビリ動作の補助をしながら、部活動では、このVTuberによる活動を軌道に乗せるべく、桜花先輩や冬馬、宮野といった放送・新聞部員だけでなく、文芸部や美術部、コンピューター・クラブを巻き込んで、このキャラクターに生命を吹き込む活動にチカラを注いでいたという。
そんな、元・後輩の健気な姿を想像して、オレは、目頭が熱くなるを感じつつ、彼女に伝えたい想いがあることを再確認する。
「なぁ、桃……今日の放課後ちょっと話したいことがあるんだが……マリンパークまで付き合ってくれないか?」
ある決意を胸に秘めながら、オレは、新しいクラスメートに、そう声をかけた。
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