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第4章〜悪魔が来たりて口笛を吹く〜⑤
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その細い腕のどこに、これ程のエネルギーが秘められているのか針太朗にはわからなかったが、オノケリスは彼の首元にさしこんだ片手一本で、らくらくと男子生徒を持ち上げる。
地面から十センチほど浮き上がったままの態勢で、相手の姿に目を向けると、彼女の脚部がうごめき、修道服のロングスカートから覗く両脚には、獣の毛に混じって、黒い蹄のようなモノが見えた。
オノスケリス、という語が、古の言葉で「ロバの脚を持つ者」を意味するとおり、シスター・オノケリスの下半身は、いつの間にか、四つ脚の生物のように変化し、半人半獣の姿となっている。
「同じ魔族なのに……どうして……」
息がつまりそうになりながらも、オノケリスが、リリムたちを執拗につけ狙う理由を問いかける針太朗に対して、修道服姿の魔族は、
「アンタたち善人ヅラした人間には、本当に反吐が出る」
と言ったあと、男子生徒の首筋を締め上げていた右手の力を抜く。
ドサリ――――――。
バランスを崩しながらコンクリートの地面に落下し、息苦しさから目に涙をためて咳き込む、針太朗に向かって、今度は、サディスティックな笑みを浮かべた彼女は、修道服から取り出したロープをもてあそぶようにしながら、つぶやく。
「やっぱり、オトコを締め上げるには、コイツがなくちゃ……」
続いて、オノケリスは、麻縄のロープを手慣れた手つきでまとめ上げると、うずくまる針太朗の首周りに、ヒョイとロープの輪を掛けて、快感に浸るような恍惚の表情を見せた。
彼女の言動と自分自身の身に振り掛かっている事態から、針太朗は、古美術堂の女性店主から聞いた、オノスケリスという魔族の特徴を思い出す。
「彼女たちは、人間のオトコを縄で絞め殺すことで快楽を得るという特殊な癖を持っているから、気をつけなさい」
白檀の香りが漂う妖しげな雰囲気の店内で、安心院妖子は、確かにそう言っていた。
針太朗が古美術堂の店主の言葉を思い返している間にも、首に掛けられたロープは輪の半径を縮めて、彼の首を締め上げていく。
「気を失っているお嬢ちゃんは、恋に思い悩んだ末に転落死……アンタは、そのことを苦にした首吊りってシナリオにしようか? 心配しなくても、お嬢ちゃんのついでに、アンタの遺書は用意してあげるよ」
このまま、自分たちの命が尽きてしまえば、目の前の悪魔によって偽装工作が行われ、高校生男女の恋愛感情のもつれということで、事件が処理されてしまうかも知れない――――――。
そんなことになれば、仁美と自分自身だけでなく、自分と関わりのある生徒会長の東山奈緒やクラスメートの北川希衣子に加えて、隣のクラスの南野楊子や、中等部の西田ひかりも、好奇な視線や謂れのない噂の餌食になるかも知れない。
そうなれば、彼女たちリリムの存在にも、より焦点が当たることになってしまうかも知れず、針太朗と関わりを持った女子生徒は、孤立することになりかねない。
いや、こうして、恋愛感情を絡めたような偽装工作を行うのは、このリリムたちを孤立させることが目的なのだろう――――――。
そう考えると、この校舎屋上で迫っている危機は、単に自分と仁美の身にだけ振り掛かっている問題ではないのだ!
そのことに気付いた針太朗は、馬乗りになって麻縄で首を締め上げようとするオノケリスに必死で抵抗し、首筋に食い込もうとする縄に指を掛けて窒息を食い止めようとする。
「この国じゃ、オトコの首を腰紐で締め上げたあと、大事なナニを切り取って逃亡したオンナが居たそうじゃないか? アンタも大人しく締められときな」
相変わらず嗜虐的な笑みをたたえたまま、ロープにこめる力を増していく相手に対して、
「そんな死に方をしてたまるか……」
と、針太朗は、なおも抵抗を試みる。
サブカルチャー好きの読書マニアのご多分に漏れず、戦前・戦後の猟奇事件を扱った書物を好んで読んでいる彼にとって、オノケリスが口にした事件は聞き馴染のあるモノであった。
ネット上の百科事典にも、「窒息プレイ」と表記される特殊な行為の末に行われた凶行は、針太朗の好奇心を刺激するのに十分過ぎるほどのインパクトを持っていたが、当然、自分が殺される側の体験をしたいわけではない。
なにより、具体的な行為はもちろん、異性と口づけさえ交わした経験のないまま、自分の局部が切り取られることを想像しただけで、その理不尽な運命に涙が出てきそうになる。
そんな針太朗の内心を見透かしたのか、修道服の悪魔は、彼に言葉を投げかける。
「安心しな! ナニを切り取ったりはしないよ。せっかくの首吊り死体なんだ。変な外傷があっちゃ困るだろう?」
その一言に気が緩んだ瞬間、麻縄の食い込みをかろうじて食い止めていた指の力が抜け、一気に首筋が締め上げられる。
(あぁ、もうダメかも知れない……)
針太朗が、そう感じて意識が途切れそうになった瞬間、
ヒュン――――――。
という風切り音とともに、一本の矢が飛んでくるのが視界に入り、その矢尻は、そのまま彼に伸し掛かる悪魔の半獣と化した下半身に突き刺さった。
地面から十センチほど浮き上がったままの態勢で、相手の姿に目を向けると、彼女の脚部がうごめき、修道服のロングスカートから覗く両脚には、獣の毛に混じって、黒い蹄のようなモノが見えた。
オノスケリス、という語が、古の言葉で「ロバの脚を持つ者」を意味するとおり、シスター・オノケリスの下半身は、いつの間にか、四つ脚の生物のように変化し、半人半獣の姿となっている。
「同じ魔族なのに……どうして……」
息がつまりそうになりながらも、オノケリスが、リリムたちを執拗につけ狙う理由を問いかける針太朗に対して、修道服姿の魔族は、
「アンタたち善人ヅラした人間には、本当に反吐が出る」
と言ったあと、男子生徒の首筋を締め上げていた右手の力を抜く。
ドサリ――――――。
バランスを崩しながらコンクリートの地面に落下し、息苦しさから目に涙をためて咳き込む、針太朗に向かって、今度は、サディスティックな笑みを浮かべた彼女は、修道服から取り出したロープをもてあそぶようにしながら、つぶやく。
「やっぱり、オトコを締め上げるには、コイツがなくちゃ……」
続いて、オノケリスは、麻縄のロープを手慣れた手つきでまとめ上げると、うずくまる針太朗の首周りに、ヒョイとロープの輪を掛けて、快感に浸るような恍惚の表情を見せた。
彼女の言動と自分自身の身に振り掛かっている事態から、針太朗は、古美術堂の女性店主から聞いた、オノスケリスという魔族の特徴を思い出す。
「彼女たちは、人間のオトコを縄で絞め殺すことで快楽を得るという特殊な癖を持っているから、気をつけなさい」
白檀の香りが漂う妖しげな雰囲気の店内で、安心院妖子は、確かにそう言っていた。
針太朗が古美術堂の店主の言葉を思い返している間にも、首に掛けられたロープは輪の半径を縮めて、彼の首を締め上げていく。
「気を失っているお嬢ちゃんは、恋に思い悩んだ末に転落死……アンタは、そのことを苦にした首吊りってシナリオにしようか? 心配しなくても、お嬢ちゃんのついでに、アンタの遺書は用意してあげるよ」
このまま、自分たちの命が尽きてしまえば、目の前の悪魔によって偽装工作が行われ、高校生男女の恋愛感情のもつれということで、事件が処理されてしまうかも知れない――――――。
そんなことになれば、仁美と自分自身だけでなく、自分と関わりのある生徒会長の東山奈緒やクラスメートの北川希衣子に加えて、隣のクラスの南野楊子や、中等部の西田ひかりも、好奇な視線や謂れのない噂の餌食になるかも知れない。
そうなれば、彼女たちリリムの存在にも、より焦点が当たることになってしまうかも知れず、針太朗と関わりを持った女子生徒は、孤立することになりかねない。
いや、こうして、恋愛感情を絡めたような偽装工作を行うのは、このリリムたちを孤立させることが目的なのだろう――――――。
そう考えると、この校舎屋上で迫っている危機は、単に自分と仁美の身にだけ振り掛かっている問題ではないのだ!
そのことに気付いた針太朗は、馬乗りになって麻縄で首を締め上げようとするオノケリスに必死で抵抗し、首筋に食い込もうとする縄に指を掛けて窒息を食い止めようとする。
「この国じゃ、オトコの首を腰紐で締め上げたあと、大事なナニを切り取って逃亡したオンナが居たそうじゃないか? アンタも大人しく締められときな」
相変わらず嗜虐的な笑みをたたえたまま、ロープにこめる力を増していく相手に対して、
「そんな死に方をしてたまるか……」
と、針太朗は、なおも抵抗を試みる。
サブカルチャー好きの読書マニアのご多分に漏れず、戦前・戦後の猟奇事件を扱った書物を好んで読んでいる彼にとって、オノケリスが口にした事件は聞き馴染のあるモノであった。
ネット上の百科事典にも、「窒息プレイ」と表記される特殊な行為の末に行われた凶行は、針太朗の好奇心を刺激するのに十分過ぎるほどのインパクトを持っていたが、当然、自分が殺される側の体験をしたいわけではない。
なにより、具体的な行為はもちろん、異性と口づけさえ交わした経験のないまま、自分の局部が切り取られることを想像しただけで、その理不尽な運命に涙が出てきそうになる。
そんな針太朗の内心を見透かしたのか、修道服の悪魔は、彼に言葉を投げかける。
「安心しな! ナニを切り取ったりはしないよ。せっかくの首吊り死体なんだ。変な外傷があっちゃ困るだろう?」
その一言に気が緩んだ瞬間、麻縄の食い込みをかろうじて食い止めていた指の力が抜け、一気に首筋が締め上げられる。
(あぁ、もうダメかも知れない……)
針太朗が、そう感じて意識が途切れそうになった瞬間、
ヒュン――――――。
という風切り音とともに、一本の矢が飛んでくるのが視界に入り、その矢尻は、そのまま彼に伸し掛かる悪魔の半獣と化した下半身に突き刺さった。
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