シネマハウスへようこそ

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
63 / 114

第10章~Smels Like Teen Spilit~④

しおりを挟む
化粧室に駆け込み、洗面台の前に立って、鏡に映る自分の顔を確認すると、目は赤くなり、頬には涙が……、のみならず、鼻からも垂れているモノがある。

(ホンマ、なんちゅうヒドい顔してんねん)

あらためて、鏡を見ると、自分の姿の情けさに、笑いすらこみ上げて来る。
洗面台の蛇口をひねって、水を流しながら顔を洗う。
一度、水を止めてから、台に設置していたペーパーで鼻をぬぐってゴミ箱に捨てる。
もう一度、水を流して、顔を洗ったところで、ようやく、秀明の感情は落ち着きを取り戻し始めた。

映画を観るために心斎橋に赴き、商業施設の前にたむろするコスプレ集団に面喰らって以降、今夜は、感情の振れ幅が大きくなる出来事に巻き込まれすぎて、なかなか冷静に物事を考えることができない。
なにしろ、応援上映に熱狂し、亜莉寿の言動に一喜一憂させられ、自らの恋愛感情に向き合ったと思ったら、数十分後には、彼女と離れ離れになるかも知れないという失恋に近いショックを味わうことになったのだ。

(イベント盛りだくさん過ぎて頭がついていかへん)

秀明は、率直に、自分のおかれた現状を認識するとともに、今後の自分が取るべき行動を考え始める。
正田舞に釘をさされた様に、自分の恋愛感情と向き合うことは出来たが、現段階で、この感情を亜莉寿にぶつけるべきでないだろう、ということは、いくら恋愛経験に乏しい自分と言えども理解できる。
何より、彼女には、これから自らの進路について両親と話し合うという課題があり、それを乗り越えたとしても、海外の高校に通うための準備で忙しくなるはずだ。
不安や心配事の尽きない、その時期の彼女に、自分の感情を押し付けて良いはずはないだろう。
ならば、自分にできることはなんだろうか?

(結局のところ、亜莉寿が不安に思っていることを聞いてあげるくらいしか、自分にできることはないか……)

一瞬、先ほど彼女が言った「両親や周りのヒトを説得するのを協力してくれないか?」という言葉が頭に浮かんだが、秀明は、すぐにそれを否定する。
理路整然と自分の考えを伝えることのできる吉野亜莉寿に限って、彼女の将来の話しについて語るとき、自分の出る幕はないだろう、と秀明は考えた。

それが、自分の得意なフィールドである映画や小説の話しにおいて、いつも自分より優れた見解を示しているという評価に基づくものなのか、彼自身の恋愛感情に基づくものなのか、あるいは、いつも会話の中で、イジられ、からかわれ、やり込められているという実体験に基づくものなのかは定かでないが、有間秀明は、吉野亜莉寿を過大に評価している面があった。

かたや、自分には何も誇れるモノがない───。

夏休み前に校内放送で語った『耳をすませば』の月島雫なら、海外で夢を叶えようとする天沢聖司に見劣らない様に、と小説を書き始めるところだろうが、自分には、そうした創作の才能や意欲すら、ある様には思えなかった。
このところ、彼女との会話を楽しむ機会が増え、少しずつ彼女の内面にも触れることができているのではないかと感じていただけに、先ほどの彼女の話しは、圧倒的とも思える差を付けられた様に感じさせられて、悔しさや悲しさの感情がこみ上げて来ることを抑えられない。

とはいえ、その想いを亜莉寿に悟られることは、何よりも避けたかった。

(とりあえず、早く席に戻らないと)

最後に、もう一度、洗面台で顔を洗い直した後、秀明は、ようやく化粧室を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

思い出の第二ボタン

古紫汐桜
青春
娘の結婚を機に物置部屋を整理していたら、独身時代に大切にしていた箱を見つけ出す。 それはまるでタイムカプセルのように、懐かしい思い出を甦らせる。

【絶対攻略不可?】~隣の席のクール系美少女を好きになったらなぜか『魔王』を倒すことになった件。でも本当に攻略するのは君の方だったようです。~

夕姫
青春
主人公の霧ヶ谷颯太(きりがたにそうた)は高校1年生。今年の春から一人暮らしをして、東京の私立高校に通っている。  そして入学早々、運命的な出逢いを果たす。隣の席の柊咲夜(ひいらぎさくや)に一目惚れをする。淡い初恋。声をかけることもできずただ見てるだけ。  ただその関係は突然一変する。なんと賃貸の二重契約により咲夜と共に暮らすことになった。しかしそんな彼女には秘密があって……。 「もしかしてこれは大天使スカーレット=ナイト様のお導きなの?この先はさすがにソロでは厳しいと言うことかしら……。」 「え?大天使スカーレット=ナイト?」 「魔王を倒すまではあなたとパーティーを組んであげますよ。足だけは引っ張らないでくださいね?」 「あの柊さん?ゲームのやりすぎじゃ……。」  そう咲夜は学校でのクール系美少女には程遠い、いわゆる中二病なのだ。そんな咲夜の発言や行動に振り回されていく颯太。  この物語は、主人公の霧ヶ谷颯太が、クール系美少女の柊咲夜と共に魔王(学校生活)をパーティー(同居)を組んで攻略しながら、咲夜を攻略(お付き合い)するために奮闘する新感覚ショートラブコメです。

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

100000累計pt突破!アルファポリスの収益 確定スコア 見込みスコアについて

ちゃぼ茶
エッセイ・ノンフィクション
皆様が気になる(ちゃぼ茶も)収益や確定スコア、見込みスコアについてわかる範囲、推測や経験談も含めて記してみました。参考になれればと思います。

【完結】幻のような君を僕だけはずっと憶えている

猪本夜
青春
病気の兄を亡くした経験を持つコウは、余命一年のサヤと出会う。 そんなサヤに少しだけ振り回されるけれど、 いつもの毎日に彼女が入り込んで、だんだんと彼女が気になりだしていく。 明るい彼女だけど、余命以外にも謎めいた背景を抱えていて、 悲しい願いを望んでいることを知る。 そんな『幻』の彼女と過ごした僕の高校二年生の記憶――。 ※9万字超ほどで完結予定。 ※もしや、と思う地域や場所があるかもしれませんが、実在のものとは関係ありません。 ※青春小説ボカロPカップにエントリー中。応援よろしくお願い致します。

同居離婚はじめました

仲村來夢
恋愛
大好きだった夫の優斗と離婚した。それなのに、世間体を保つためにあたし達はまだ一緒にいる。このことは、親にさえ内緒。 なりゆきで一夜を過ごした職場の後輩の佐伯悠登に「離婚して俺と再婚してくれ」と猛アタックされて…!? 二人の「ゆうと」に悩まされ、更に職場のイケメン上司にも迫られてしまった未央の恋の行方は… 性描写はありますが、R指定を付けるほど多くはありません。性描写があるところは※を付けています。

処理中です...