愛と選挙とビターチョコ

遊馬友仁

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第1章〜彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず〜⑦

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「全然そんなつもりは無かったんですけど……なんだか地雷を踏んじゃったみたいですよ?」

 体育会系とは異なる棟にある文化系クラブ棟の放送・新聞部の部室に戻るなり、僕は声を潜めて集まっていた部員たちにささやく。

「なになに!? 面白い反応でもあったの?」

 興味津々という感じで、僕の言葉に真っ先に反応を示したのは、放送・新聞部OGの先輩だった。

「具体的に説明するのは難しいんですけど……どうやら、『凱旋パレード』ってワードは、ヒットマークみたいです。先に訪問した女子バスケ部でも、部室に集まっていた男子バスケ部でも、何気なく口にしたパレードの件で、露骨に部員の表情が変わりましたから」

「へぇ、そうなんですか? 部内イジメの方が、問題だと思うんですけど、なんか意外ですね」

 僕の言葉にミコちゃんが応答すると、トシオも後輩女子に同調する。

「オレも、あれは、単に四宮しのみや高校のイベントをパクっただけだと思ってたから、それが、そんなに大きな問題だとは思ってなかったんだけどな~。さっきの投稿フォームに書かれてた『パレードの寄付集めを担当した部員は、この一連の不正行為と四宮しのみや高校との難しい調整に精神が持たず、バスケ部を退部』だっけ? その内容は、ちょっと気になるけど……」

 そんな1年と2年の現役部員の言葉を聞き終えたケイコ先輩は、なにかのスイッチが入ったように、口元を緩めて、古いマンガのセリフを口走った。

「『こいつはくせえッー! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーッ!』と言いたいところだけど……現時点では、まだまだ、材料が乏しい感じね」

「ケイコ先輩、いつの時代のマンガの話しをしてるんですか……? それと、男子バスケ部では、どうも、告発文書を投稿した犯人探しが始まってるみたいです」

 現役JKにもかかわらず、連載当時は、昭和時代末期だったハズのコミックの有名なセリフを語る上級生にツッコミを入れたついでに、僕は今日の取材で感じ取った所感をかたる。

「ふ~ん、犯人探しか……それは、具体的な証明ができること?」

 自分へのツッコミはスルーして、僕が語った内容の後半部分に反応を示したケイコ先輩が、僕にたずねてきた。
 
「いえ、部室の外に響き渡る声で、『いったい、誰なんだ!?』という怒号に近い声が聞こえてきただけですから……ただ、チラリと見えた男子バスケ部の部室の雰囲気を見ると、部員たちが、部長や副部長に対して、萎縮しているということだけは、間違いなさそうですね」

「そっか……さっきの投稿フォームの文書に書かれていたことは、この内容、ホントなの? って、私自身は半信半疑に感じていたんだけど……これで、少し信憑性が増してきたわね」

 そう語るケイコ先輩の言葉には、僕も完全に同意する。
 支離滅裂とまでは言わないまでも、自分の言いたいことを一方的に書き連ね、読み手に詳しい状況を把握させる気が無いように感じられた文面からは、名指しされた部長や副部長をおとしめることだけが目的なんじゃないかとも感じられた。

 ただ、そうした僕の中の印象は、わずか十分ほどの男女バスケ部へのクラブ訪問で、完全にくつがえってしまった。

 僕が、『凱旋パレード』というフレーズを口にしたときの
 
 ・女子バスケ部の松島の反応
 ・男子バスケ部副部長の荏原の対応と逆質問
 ・男子バスケ部部長の石塚の苛立たし気な態度
 
これらを目の前で確認した僕からすると、彼らが、この話題について触れられたくない、と考えていることだけは感じ取ることができたのだ。

 そして、気になることが、もう一つある。僕は、そのことを、直接ケイコ先輩にたずねてみた。

「先輩、僕がバスケ部の取材に行く前に、彼らが『この内部通報を握りつぶそうとする動きを見せるのなら、また別の問題が出てくる』みたいなことを言ってませんでしたか?」

 その質問に、僕が短いクラブ訪問に出かける前から手にしていた文庫本を机に置いた上級生は、ゆったりとした口調で丁寧に答えてくれた。

「企業や公共団体などで働く人が、不正な目的でなく、その役員・従業員等に法律に反する行為があった場合や発生する可能性がある場合に、行政機関や外部機関に対して通報する制度を『公益通報』と言うんだけど……この『公益通報』 = 内部通報があった場合、通報された側が最初に行う行為の典型的な例が、通報を行った犯人探しなのよ」

「それって、そのまま佐々木先輩が見てきたことじゃないですか!?」

 ミコちゃんの言葉に、ケイコ先輩はうなずきながら答える。

「佐々木くんが、部室の外から聞いた言葉が、そのならね」

「じゃあ、オレたちの投稿フォームに、この文書を送ってきた部員は、ピンチってことッスか?」

 やや驚いたように言うトシオの言葉にもうなずいた先輩は、言葉を続けた。

「通報した犯人が見つかったら、次に起こるのは、通報者の人格攻撃。『こんなデタラメな人間が行った通報』には価値が無い、ってことを言い始めるの」

 ケイコ先輩の解説を聞いたミコちゃんが、悲しそうにつぶやく。

「ひどい……それこそ、イジメじゃないですか」

「そうね……ここまでくれば、立派な職場イジメ、パワー・ハラスメントと認定されるんじゃないかな。今日、佐々木くんが耳にしたことが犯人探しなのかどうか、男子バスケ部の今後の行動を観察すればわかると思うわ」

 なるほど……僕が感じ取ったことが間違いでなければ、事態は思ったより深刻で、早く進みそうだ。
 この告発文を書いた生徒が、バスケ部の部内で、嫌がらせを受けないとイイんだけど……。
 
 そう感じながら、僕は、もう一つ気になっていたことをケイコ先輩にたずねてみる。

「ところで、今日のバスケ部の行動が通報の犯人探しだったとして、石塚部長たちは、どうやって、外部への告発があったことを知ったんでしょうか? 僕は、放送・新聞部に投稿があったことを話していませんし、僕の訪問前からバスケ部は揉めてたみたいですよ」

「おそらく、クラブ連盟委員会にも告発が届いたのね。クラブ内部の不祥事だから、連盟は、調査を行う権限を持っているし……ただ、そちらの方から、通報があったという情報がバスケ部に漏れた可能性が高いわね」

 上級生の言葉を聞いた途端、僕の背中には冷たい汗が走り、顔もわからない投稿フォームの送り主のことが、急に心配になってきた。僕に出来ることは、あの怒鳴り声に近い恫喝で、通報者の心が折れないように祈ることだけだったんだけど……。

 事態は、僕が思うより、ずっと早い展開で進んで行った。
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