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第4章〜こっち向いてほしいけれど あきらめることも私なりのファイトでもある〜②
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「な、悩み事、ですか……?」
唐突な申し入れに、オレは困惑する気持ちを隠すことができない。明らかに動揺していることがわかる返答になってしまい、それだけで、相手には、こちらの感情が伝わっているだろう。
ただ、オレのココロの動きを見透かしているであろう、長洲先輩は、先ほどまでとは打って変わって、穏やかな顔色をこちらに向けてくれている。
「悩み事……そうですね、いま、悩んでいないって言ったら、ウソになっちゃいますね」
こちらの想いの奥底まで見通すような上級生のその表情に、なかば、諦めた気持ちになり、オレは苦笑を浮かべて、そう返答した。そんなオレの言葉に、先輩は、ゆっくりとうなずき、
「私は、受けた恩は、すぐに返さないと落ち着かないとタイプなんだよね。良かったら、お姉さんに全部、話しちゃいな」
と、もう一度そう言って、微かに微笑む。
その一言に、背中を押されたオレは、
「ちょっと、長い話になるんですけど……」
と、前置きしたうえで、小学生の頃に起きたできごとを聞いてもらうことにした。
◆
それは、小学校6年の修学旅行で起こった出来事だ。
この頃のオレは、ワカ姉に色々なアニメやマンガを薦められて、ドップリとオタク文化に染まっていたものの、今のように、クラスメートとコミュニケーションを取ることを避けるボッチなキャラクターではなかった。
高学年ともなると、それなりに深夜アニメを視聴するクラスメートも多くいて、オレはクラス内でも席が近い潮江という女子と、常松という男子と良くアニメの感想を語り合っていた。
潮江は、女子向けのアニメやラブコメ作品、常松は、ロボットものや異世界ファンタジー作品を好むという傾向にはあったが、毎クルーごとに多数放映される作品を一人で網羅するのは大変なので、オレたち三人は、それぞれの好むジャンルの作品を中心に視聴しつつ、オススメ作品の情報交換を行いながらアニメ談義を楽しんでいた。
修学旅行でも、同じグループになったオレたちなのだが……。
その旅行の出発日前日、授業が終わってから、常松が、こっそりとオレに声をかけてきた。
「立花、ちょっと、話したいことがあるんだけどさ……」
いつもはおちゃらけた感じで明るい彼が、珍しく、真剣な表情で話しかけてきたことを不思議に思いつつ、二人きりになり、話しを聞かせてもらうと、彼はやや頬をあからめながら、こんなことを言う。
「実は、オレ、潮江のことが好きなんだ。だから、もし、明日からの修学旅行で、イイ雰囲気になったら、告白してみようと思ってさ」
「おおっ! マジか!?」
突然の告白に、オレは興奮を隠しきれなかった。まさか、自分の周りでラブコメ漫画的な展開が繰り広げられるとは思ってもいなかったからだ。
「それならさ、ちゃんと、計画を立てようぜ!」
友人(と言っていいだろう)の恋愛的瞬間に立ち会えたことに喜びを感じたオレは、常松とともに、告白計画を練ることにした。
オレたちの修学旅行の行き先は、中部地方の自動車工場と丘の上にそびえる城郭、そして、大正村という明治・大正時代のレトロな建物が保存されているテーマパークだ。
明治・大正期の建築物が保存されている大正村には、洒落ていてロマンチックな雰囲気の建物が、いくつもある。常松の言う「イイ雰囲気になったら……」という言葉を実践するなら、このテーマパークにするべきだとオレは提案した。
彼も同じ考えだったようで、さっそく、二人で旅行用に配布された大正村のパンフレットを開く。余談ながら、いまなら、小学生でも児童ひとりひとりに配られているタブレットやノートPCで、情報検索をするところだろうが、オレたちの時代には、まだタブレットの配布は始まっていなかった……令和の時代の小・中学生が羨ましい限りである。
男子二人で、パンフレットと睨み合った結果、パークの奥まった場所にある明治末期に建設された中央図書館が、候補に上がった。この建物の設計者は、のちに国会議事堂の建設を指揮することになる大熊喜邦で、写真で見る限り、まるで西洋の貴族が住んでそうな洒落た外装が印象的だ。内部は上下階とも同型で、正面にホールと階段室、両翼への廊下、奥に大部屋、翼屋の端に小部屋が並んでいる。玄関ホールと階段室の周りの造作は、ケヤキ材が用いられ漆拭きで仕上げられ、白漆喰塗りの壁、天井、天井蛇腹とともに、重厚で品のある空間で、建物の中でも外でも、十分に「イイ雰囲気」という条件を満たしている。
また、パークの目玉施設である帝国ホテル中央玄関からも近いうえに、自分たちのグループの訪問予定には入ってないということで、彼女を呼び出し、待ち合わせをするにしても、二人が迷わずにすみそうだという点も大きなメリットだった。
「うん、いいな! この場所にしよう!」
常松は、この建物と立地が気に入ったようで、より気合いが入ったようだ。
あとは、どうやって、相手の女子……潮江に、この場所に来てもらって、常松と二人きりになるか、なのだが……。そのことが気になるのか、彼は、少し申し訳なさそうに、オレに語りかけてきた。
「場所は決まったけど……立花、潮江と二人になれるように、協力してくれないか?」
普段は、気の良い友人の切羽詰まったような表情は、素直に応援したくなるものだった。
「あぁ、わかった! それは、オレに任せてくれ」
友人の頼みを快く引き受けたオレだが、そのことを、このあと、ずっと後悔するようになるとは、少しも考えていなかった。
唐突な申し入れに、オレは困惑する気持ちを隠すことができない。明らかに動揺していることがわかる返答になってしまい、それだけで、相手には、こちらの感情が伝わっているだろう。
ただ、オレのココロの動きを見透かしているであろう、長洲先輩は、先ほどまでとは打って変わって、穏やかな顔色をこちらに向けてくれている。
「悩み事……そうですね、いま、悩んでいないって言ったら、ウソになっちゃいますね」
こちらの想いの奥底まで見通すような上級生のその表情に、なかば、諦めた気持ちになり、オレは苦笑を浮かべて、そう返答した。そんなオレの言葉に、先輩は、ゆっくりとうなずき、
「私は、受けた恩は、すぐに返さないと落ち着かないとタイプなんだよね。良かったら、お姉さんに全部、話しちゃいな」
と、もう一度そう言って、微かに微笑む。
その一言に、背中を押されたオレは、
「ちょっと、長い話になるんですけど……」
と、前置きしたうえで、小学生の頃に起きたできごとを聞いてもらうことにした。
◆
それは、小学校6年の修学旅行で起こった出来事だ。
この頃のオレは、ワカ姉に色々なアニメやマンガを薦められて、ドップリとオタク文化に染まっていたものの、今のように、クラスメートとコミュニケーションを取ることを避けるボッチなキャラクターではなかった。
高学年ともなると、それなりに深夜アニメを視聴するクラスメートも多くいて、オレはクラス内でも席が近い潮江という女子と、常松という男子と良くアニメの感想を語り合っていた。
潮江は、女子向けのアニメやラブコメ作品、常松は、ロボットものや異世界ファンタジー作品を好むという傾向にはあったが、毎クルーごとに多数放映される作品を一人で網羅するのは大変なので、オレたち三人は、それぞれの好むジャンルの作品を中心に視聴しつつ、オススメ作品の情報交換を行いながらアニメ談義を楽しんでいた。
修学旅行でも、同じグループになったオレたちなのだが……。
その旅行の出発日前日、授業が終わってから、常松が、こっそりとオレに声をかけてきた。
「立花、ちょっと、話したいことがあるんだけどさ……」
いつもはおちゃらけた感じで明るい彼が、珍しく、真剣な表情で話しかけてきたことを不思議に思いつつ、二人きりになり、話しを聞かせてもらうと、彼はやや頬をあからめながら、こんなことを言う。
「実は、オレ、潮江のことが好きなんだ。だから、もし、明日からの修学旅行で、イイ雰囲気になったら、告白してみようと思ってさ」
「おおっ! マジか!?」
突然の告白に、オレは興奮を隠しきれなかった。まさか、自分の周りでラブコメ漫画的な展開が繰り広げられるとは思ってもいなかったからだ。
「それならさ、ちゃんと、計画を立てようぜ!」
友人(と言っていいだろう)の恋愛的瞬間に立ち会えたことに喜びを感じたオレは、常松とともに、告白計画を練ることにした。
オレたちの修学旅行の行き先は、中部地方の自動車工場と丘の上にそびえる城郭、そして、大正村という明治・大正時代のレトロな建物が保存されているテーマパークだ。
明治・大正期の建築物が保存されている大正村には、洒落ていてロマンチックな雰囲気の建物が、いくつもある。常松の言う「イイ雰囲気になったら……」という言葉を実践するなら、このテーマパークにするべきだとオレは提案した。
彼も同じ考えだったようで、さっそく、二人で旅行用に配布された大正村のパンフレットを開く。余談ながら、いまなら、小学生でも児童ひとりひとりに配られているタブレットやノートPCで、情報検索をするところだろうが、オレたちの時代には、まだタブレットの配布は始まっていなかった……令和の時代の小・中学生が羨ましい限りである。
男子二人で、パンフレットと睨み合った結果、パークの奥まった場所にある明治末期に建設された中央図書館が、候補に上がった。この建物の設計者は、のちに国会議事堂の建設を指揮することになる大熊喜邦で、写真で見る限り、まるで西洋の貴族が住んでそうな洒落た外装が印象的だ。内部は上下階とも同型で、正面にホールと階段室、両翼への廊下、奥に大部屋、翼屋の端に小部屋が並んでいる。玄関ホールと階段室の周りの造作は、ケヤキ材が用いられ漆拭きで仕上げられ、白漆喰塗りの壁、天井、天井蛇腹とともに、重厚で品のある空間で、建物の中でも外でも、十分に「イイ雰囲気」という条件を満たしている。
また、パークの目玉施設である帝国ホテル中央玄関からも近いうえに、自分たちのグループの訪問予定には入ってないということで、彼女を呼び出し、待ち合わせをするにしても、二人が迷わずにすみそうだという点も大きなメリットだった。
「うん、いいな! この場所にしよう!」
常松は、この建物と立地が気に入ったようで、より気合いが入ったようだ。
あとは、どうやって、相手の女子……潮江に、この場所に来てもらって、常松と二人きりになるか、なのだが……。そのことが気になるのか、彼は、少し申し訳なさそうに、オレに語りかけてきた。
「場所は決まったけど……立花、潮江と二人になれるように、協力してくれないか?」
普段は、気の良い友人の切羽詰まったような表情は、素直に応援したくなるものだった。
「あぁ、わかった! それは、オレに任せてくれ」
友人の頼みを快く引き受けたオレだが、そのことを、このあと、ずっと後悔するようになるとは、少しも考えていなかった。
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