負けヒロインに花束を!

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
13 / 57

第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜⑫

しおりを挟む
 久々知大成くくちたいせい名和立夏めいわりっかが帰っていったあと、ドンヨリした空気が漂い始めるなか、オレは、上坂部葉月かみさかべはづきに声を掛ける。

「オレは、もう休憩の前に歌える歌は歌ってしまったからさ……上坂部は、なにか歌う?」

 ガラス製のテーブルを前にして、うなだれるようにソファに座り込んでいる彼女は、小さく首をタテに振って、楽曲予約用の端末を触りだす。

 予約曲のストックは無いので、端末からデータが送信されると、彼女が選択した楽曲のイントロの演奏がすぐに始まった。
 それは、『負けヒロイン』がたくさん出てくるアニメのPVに使われていたアノ楽曲よりも、さらに時代を遡った時代のロック・ナンバー(?)だ。

 ♪ 凍るアスファルト急な坂 息もつかず思い切り駆け上がる
 ♪ まるで今にも 崩れ落ちそうな loneliness
 ♪ ふられ気分なら Rock'n Roll
 ♪ ヘッドフォンのボリュームを上げて
 ♪ よれていかれて 肩で風きって Midnight

(今度は、昭和末期の曲って……『LOVE2000』と言い、上坂部の選曲センスってどうなってんだよ!?)

 そんなツッコミを入れつつも、邦楽ロックなのに歌詞のリズムが取りづらい楽曲を歌いこなす彼女に感心しながら、オレはサビの部分で、思い切り、

 ♪ だから、Rock'n Roll! (Rock'n Roll!ロケンロール!
 ♪ されど、Rock'n Roll! (Rock'n Roll!ロケンロール!

と、コーラスのシャウトを入れる。

 そんなヤケっぱちな合いの手が、多少は役に立ったのか、驚いた表情のあと、上坂部に少しだけ笑顔が戻った。
 そして、オレは、この楽曲の後半に出てくる、

 ♪ どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ

という歌詞を歌い上げる彼女の姿が気になっていた――――――。

 ◆

 受付での支払いを終えて店を出たオレは、委員長の依頼どおり、副委員長の女子を武甲之荘駅まで送る。
 駅までの道のりをゆっくりと歩きながら、不意に彼女が話しかけてきた
 
「だいぶ昔の曲なのに、立花くん、あの曲よく知ってたね……」

「色々と古い曲を教えてくれる親類が居るからな」

 上坂部の問いに、オレは苦笑しながら答える。
 正直なところを言えば、ワカねえがオレにのは、主にマンガかアニメ、実写映画に限られているが、映像作品に触れるうちに、同世代の人間の平均以上には、昭和や平成初期の楽曲が耳に残るようになっている。

 ちなみに……だが、彼女が熱唱した『ふられ気分でRock’n’Roll』について言えば、オレはTOM★CATのオリジナル曲よりも、レジェンドクラスの声優たちが期間限定のユニットを組んで、カバーしていたアニメのED曲のバージョンの方が馴染みがある。
 
 一方の上坂部葉月は、あのあと、『M』(プリンセスプリンセス)、『小さな恋が、終わった』(リトルグリーモンスター)、『私じゃなかったんだね。』(りりあ。)など、新旧の失恋ソングを何曲か歌ったあと、気が晴れたのか、少しだけスッキリした表情をしていた。

「そういう上坂部も、昔の曲をよく知ってるじゃないか? 同じように家族と親類の影響だったりするの?」
 
「うちは、お祖父じいちゃんとお祖母ばあちゃんが、カラオケ大好きだからね。家族で、テレビを見るときも、『懐かしの歌謡曲特集』みたいな番組を良く見てるからさ」

 そう言って、上坂部はニコリと微笑んだあと、うつむきながら、

「カラオケには、大成の家族とも一緒に良く行ってたんだけど……」

と、つぶやいてから、続けて、寂しそうにポツリと漏らす。

「でも、もうあきらめなきゃ、だめなんだよね……?」

 誰に問うでもなく、自分に言い聞かせるように、そうつぶやく上坂部葉月。
 それは、数日前にヨネダ珈琲で失態を見せてしまったオレにだからこそ見せる気弱な一面なのかも知れない。
 そして、その頼りなげな姿には、普段は他人の言動に無関心を装っている自分でさえ、気になるとこるがあり、思わず、こんな言葉を返してしまった。

「そのことなんだけどさ……別に無理にあきらめる必要はないんじゃないねぇの?」

 そんな一言に、上坂部は、ハッとした表情でオレの顔をまじまじと見つめる。
 口に出してしまったあと、

(しまった……ナニ余計なこと言ってるんだ……)

と後悔したが、一度、口にしてしまったことを取り消すことはできない。
 なので、内心で焦る気持ちをなんとか取り繕い、ちょっと、早口になりながらも、オレ自身の見解を述べる。

「い、いや……さっき話した、オレの親類のオバ……じゃなくて、姉さんが言うには、『高校時代に交際を始めたカップルの3分の2は、一年以内に別れる』らしいんだ……だ、だからさ……上坂部にまだ、その気持ちがあるなら……あの二人が別れるまで待つのもアリなんじゃないかと思うんだよ、うん……」

 しどろもどろになりながら語るオレの言葉を最後まで聞いていた彼女は、普段から黒目がちな大きな瞳を更に見開いたあと、また、うつむき加減になりながらも、今度は、はにかむような表情でポツリとつぶやく。

「そんな風に言ってもらえるなんて、思ってなかった……」

 そんな彼女の様子に、オレは、さらにテンパって、一方的に語ってしまう。

「オレは、そこまで誰かのことを想ったり、好きになったりしたことは無いんだけど……小さい頃からハマってることがあってさ……そういうのを『もう、イイ年なんだから、やめなさい』なんて言われても、納得できないし、簡単に手放したり、あきらめたりは出来ないんだよ。オレの趣味と上坂部の幼なじみを比べるのは失礼かも知れないけど……周りの目を気にしたり、誰かに言われるから、その想いを簡単に手放すのっては違うんじゃないかな? 自分の世界を守るって、そういうことだろう?」
 
 一人でまくし立てるように語るオレの言葉を聞きながら、先ほどまで目を丸くして、オレの顔を凝視していた上坂部は、クスクスと笑いながら、

「そっか……そういう考え方もあるんだよね……」

と、うなずいたあと、

「でも、大成たいせいは当然だけど……立夏りっかも、とっても良いコだからさ……二人のことを応援しなきゃ……って想う気持ちもあるんだよね……だから、もう少しだけ考えてみる」

と、再び、自分に言い聞かせるように返答する。

「そうだよ! 上坂部が歌った歌の最後には、『最後の最後までつらぬいて見せて あなたが選んだ愛ならば』って歌詞があるだろ? 上坂部も、自分の愛をつらぬいても良いんじゃないか?……って、ナニ言ってんだ、オレ」

 最後は、自分でも訳が分からないことを言っている感じて、赤面しそうになるオレの言葉に、彼女は、再びクスクスと笑ったあと、

「そっか……そうだね! 話しを聞いてくれて、ありがと、立花くん」

と、付け加えてから、今日、一番の笑顔を見せる。
 その西日に照らされる彼女の表情を眩しく感じながら、オレは、

(いや、クラスメートの人物評価について、前半は同意だが、後半はまったく同意できないぞ)

などと、心の中でつぶやきつつ、オレは、今日の一連の出来事を、に報告しなくちゃな……と考えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

僕のペナントライフ

遊馬友仁
キャラ文芸
〜僕はいかにして心配することを止めてタイガースを愛するようになったか?〜 「なんでやねん!? タイガース……」 頭を抱え続けて15年余り。熱病にとりつかれたファンの人生はかくも辛い。 すべてのスケジュールは試合日程と結果次第。 頭のなかでは、常に自分の精神状態とチームの状態が、こんがらがっている。 ライフプランなんて、とてもじゃないが、立てられたもんじゃない。 このチームを応援し続けるのは、至高の「推し活」か? それとも、究極の「愚行」なのか? 2023年のペナント・レースを通じて、僕には、その答えが見えてきた――――――。

天才たちとお嬢様

釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。 なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。 最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。 様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

処理中です...