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第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜⑩
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四人でボックスに入ってから二時間近くが経過し、メンバーそれぞれが歌い疲れたということもあって、休憩タイムに入る。
久々知と上坂部の二人は、それぞれのタイミングで部屋を出て行った。
そんななか、ワカ姉に提案してもらった楽曲のセットリスト(?)をすべて歌い尽くしてしまったため、平日三時間のフリータイム・コースのうち、残りの一時間をどうやり過ごそうか……と、オレが考えていると、室内に残った、もう一人のクラスメートが、それまでの彼女からは想像も出来ないような行動に出た。
「あ~、くっそダルい……」
ガラス製のテーブルを挟んで斜め向かいの位置に座るオレが思わず声の主に視線を向けると、当事者の名和立夏はソファに背中を預けるように仰け反りながら脚を組んでいる。
その組み方は、一般男子の目を釘付けにしてしまうような女性の魅力を振りまくような仕草ではなく、ただただオッサンくさく、あぐらを組むように右足を大きく広げるものだった。
しかし、そんな色気とは無縁な動作であっても、制服のスカートははだけるもので、気まずくなったオレは、斜め前の位置に座る彼女から目をそらし、スマホで検索作業に没頭しているように体裁を取り繕う。
こんなときのために、オレは便利な特技を身につけていた。
それは、ゆるい雰囲気の百合マンガの主人公である女子中学生が、その存在感の薄さをイジられて「\アッカ◯~ン/」と言う効果音を与えられたように、心のなかで「\ムッネリ~ン/」と唱えると、背景と同化して自分の存在を消せるのだ。
学年でも三本の指に入る美しさという評判を持つクラスメートの都合の悪い言動なんて、聞いていないし、目にしていませんよ……という体裁を取るため、ここは、その特技を発動させる場面だと判断し、
「\ムッネリ~ン/」
と、密かに心のなかでつぶやく。
しかし、オレの懸命な気遣いにもかかわらず、斜め前でふんぞり返っているクラスメートは、パブリック・イメージが崩壊することなど気にする様子もなく、
「ねぇ、立花クンだっけ? あなた、どうしてココに居るの?」
と、気だるそうにたずねてくる。
(なんだ……オレと同じ空気を吸うのもイヤだったのか……)
陰キャラ独特のネガティブな思考にとらわれたオレは、存在感を消して、空気と化す特技が発動しなかったことを後悔しつつ、
「あっ……オ、オレもトイレに行って来よう……」
と、席を外そうとしたのだが――――――。
組んでいた脚を床に下ろし、トンッと音を立てた名和立夏は、
「そ~言うことじゃなくてさ~。『なんで、クラスで三軍空気キャラのあなたが、今日のカラオケに参加してるのか?』って聞いてんの」
などと詰問口調で責めるように問うてくる。
「なんでもナニも、上坂部に誘われたからだ。それに、聞いてただろ? オレは、アンタの彼氏さんのコーヒー代を支払って、まだ返してもらってないんだよ」
自分のせいで場が凍りつかないように気を使って、親類に推薦曲を聞いてまで参加した、本当は来たくもなかったカラオケに付き合った立場のオレとしては、コレくらいの反論では収まらない不満がくすぶっていたのだが、その点を言い出すと止まらなくなってしまう危険がある。
そんなことを考えながら、どんな反論をしてくるのか相手の様子をうかがっていると、彼女はフンと鼻を小さく鳴らしたあと、こんなことを言ってきた。
「コーヒー代くらいで小さいオトコ……あ~あ、せっかく三人でカラオケに来て、大成クンとのデュエットを見せつけて、あのコの心をへし折ってやろうと思ってたのに……」
オレの気のせいでなければ、恐ろしい言葉が聞こえたような気がするのだが……。
さらに、その後、つぶやくように、名和が
「計画が台無しじゃない……」
と、付け加えたことで、直前の不穏な一言は、オレの聞き間違いでない、と確信することができた。
(なんという、性格の悪さだ……)
この瞬間、「少し控えめな性格ながら、校内でも注目を集める美少女転校生」という名和立夏のイメージは、ガラガラと音を立てて崩れ去り、「彼氏と仲の良い幼なじみにマウントを取ろうとするク◯女」という最悪なモノに変わってしまった。
幼なじみの久々知大成とともに、2年1組の副委員長である上坂部葉月は、たしかに、自分の気持ちを素直に伝えることが出来なかった、押しも押されぬ不器用な負けヒロインではあるが……。
想っていた異性を掠め取っていた相手に、こんな不要なマウンティングを取られるほど、悪行を重ねているわけではないだろう。
「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ……そんな、つまらねぇこと考えてるなら、もう帰らせてもらうわ。クラスの陰キャラが、空気も読まずにアンタらリア充の輪に入ってきて悪かったな」
あまりの胸クソの悪さに、そう言って立ち上がろうとすると、座ったままオレを制するような視線を送る名和立夏は、こちらの胸をえぐるような言葉を放って、ニヤリと笑う。
「その必要は無いわ。私たちが先に出て行かせてもらうから……それとも、もう、アニメ関連のネタが尽きて歌えなくなったから、逃げ出す感じ?」
それは、小一時間ほど前、新しく出来た彼氏とともに、『とびら開けて』を歌い始めたときに見せた表情そのものだった。
久々知と上坂部の二人は、それぞれのタイミングで部屋を出て行った。
そんななか、ワカ姉に提案してもらった楽曲のセットリスト(?)をすべて歌い尽くしてしまったため、平日三時間のフリータイム・コースのうち、残りの一時間をどうやり過ごそうか……と、オレが考えていると、室内に残った、もう一人のクラスメートが、それまでの彼女からは想像も出来ないような行動に出た。
「あ~、くっそダルい……」
ガラス製のテーブルを挟んで斜め向かいの位置に座るオレが思わず声の主に視線を向けると、当事者の名和立夏はソファに背中を預けるように仰け反りながら脚を組んでいる。
その組み方は、一般男子の目を釘付けにしてしまうような女性の魅力を振りまくような仕草ではなく、ただただオッサンくさく、あぐらを組むように右足を大きく広げるものだった。
しかし、そんな色気とは無縁な動作であっても、制服のスカートははだけるもので、気まずくなったオレは、斜め前の位置に座る彼女から目をそらし、スマホで検索作業に没頭しているように体裁を取り繕う。
こんなときのために、オレは便利な特技を身につけていた。
それは、ゆるい雰囲気の百合マンガの主人公である女子中学生が、その存在感の薄さをイジられて「\アッカ◯~ン/」と言う効果音を与えられたように、心のなかで「\ムッネリ~ン/」と唱えると、背景と同化して自分の存在を消せるのだ。
学年でも三本の指に入る美しさという評判を持つクラスメートの都合の悪い言動なんて、聞いていないし、目にしていませんよ……という体裁を取るため、ここは、その特技を発動させる場面だと判断し、
「\ムッネリ~ン/」
と、密かに心のなかでつぶやく。
しかし、オレの懸命な気遣いにもかかわらず、斜め前でふんぞり返っているクラスメートは、パブリック・イメージが崩壊することなど気にする様子もなく、
「ねぇ、立花クンだっけ? あなた、どうしてココに居るの?」
と、気だるそうにたずねてくる。
(なんだ……オレと同じ空気を吸うのもイヤだったのか……)
陰キャラ独特のネガティブな思考にとらわれたオレは、存在感を消して、空気と化す特技が発動しなかったことを後悔しつつ、
「あっ……オ、オレもトイレに行って来よう……」
と、席を外そうとしたのだが――――――。
組んでいた脚を床に下ろし、トンッと音を立てた名和立夏は、
「そ~言うことじゃなくてさ~。『なんで、クラスで三軍空気キャラのあなたが、今日のカラオケに参加してるのか?』って聞いてんの」
などと詰問口調で責めるように問うてくる。
「なんでもナニも、上坂部に誘われたからだ。それに、聞いてただろ? オレは、アンタの彼氏さんのコーヒー代を支払って、まだ返してもらってないんだよ」
自分のせいで場が凍りつかないように気を使って、親類に推薦曲を聞いてまで参加した、本当は来たくもなかったカラオケに付き合った立場のオレとしては、コレくらいの反論では収まらない不満がくすぶっていたのだが、その点を言い出すと止まらなくなってしまう危険がある。
そんなことを考えながら、どんな反論をしてくるのか相手の様子をうかがっていると、彼女はフンと鼻を小さく鳴らしたあと、こんなことを言ってきた。
「コーヒー代くらいで小さいオトコ……あ~あ、せっかく三人でカラオケに来て、大成クンとのデュエットを見せつけて、あのコの心をへし折ってやろうと思ってたのに……」
オレの気のせいでなければ、恐ろしい言葉が聞こえたような気がするのだが……。
さらに、その後、つぶやくように、名和が
「計画が台無しじゃない……」
と、付け加えたことで、直前の不穏な一言は、オレの聞き間違いでない、と確信することができた。
(なんという、性格の悪さだ……)
この瞬間、「少し控えめな性格ながら、校内でも注目を集める美少女転校生」という名和立夏のイメージは、ガラガラと音を立てて崩れ去り、「彼氏と仲の良い幼なじみにマウントを取ろうとするク◯女」という最悪なモノに変わってしまった。
幼なじみの久々知大成とともに、2年1組の副委員長である上坂部葉月は、たしかに、自分の気持ちを素直に伝えることが出来なかった、押しも押されぬ不器用な負けヒロインではあるが……。
想っていた異性を掠め取っていた相手に、こんな不要なマウンティングを取られるほど、悪行を重ねているわけではないだろう。
「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ……そんな、つまらねぇこと考えてるなら、もう帰らせてもらうわ。クラスの陰キャラが、空気も読まずにアンタらリア充の輪に入ってきて悪かったな」
あまりの胸クソの悪さに、そう言って立ち上がろうとすると、座ったままオレを制するような視線を送る名和立夏は、こちらの胸をえぐるような言葉を放って、ニヤリと笑う。
「その必要は無いわ。私たちが先に出て行かせてもらうから……それとも、もう、アニメ関連のネタが尽きて歌えなくなったから、逃げ出す感じ?」
それは、小一時間ほど前、新しく出来た彼氏とともに、『とびら開けて』を歌い始めたときに見せた表情そのものだった。
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