8 / 57
第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜⑦
しおりを挟む
翌日の朝、いつものように登校すると、オレの所属する2年1組の教室は、ちょっとした、ざわめきに包まれていた。
校庭から油田が発見されたわけでもあるまいし、ナニをそんなに騒いでいるんだ……と思いながら自分の席に腰を下ろすと、後ろの席から、
「ムネリン、ムネリン! 大変だよ!」
と、小柄な男子生徒が声を掛けてきた。
オレのことをファンシーなあだ名で呼んでくる生徒は、塚口マコト。
二年になってから同じクラスになったのだが、名前順で席が近いからなのか、なにかとオレに話しかけてくる、ウチのクラスでは非常に珍しい存在と言える。
「その呼び方は、やめてくれ、と何度も言ってるだろ!?」
立花宗重という戦国武将みたいな自分のフルネームについては、かなりの名前負け感があるため、オレ自身のコンプレックスのひとつになっているのだが……。
どこからどうみても、可愛らしさのカケラも無い自分が、ムネリンなどという少女チックな呼び名で呼ばれるのは、もっと、不本意に感じている。
ただ、そんなオレの想いを込めた抗議は、いつものように軽くスルーされ、女子と見間違うほど整った顔立ちのクラスメートは、前日、喫茶店の店内で遭遇した一件を思い起こさせることを口にした。
「そんなことより、ムネリンは知ってた? 久々知くんと名和さんが付き合うことになったって!」
オレは、自分がホームグラウンドと考えている場所(ヨネダ珈琲・武甲之荘店)で繰り広げられた修羅場を思い出しながらも、無関心・無関係であることを装って答える。
「へぇ~、そうなのか……あの二人なら、釣り合いも取れていてイイんじゃないか?」
後方の席のクラスメートに返答しながら、教室の前方に目を向けると、黒板には、
『電撃発表!』
の文字が踊り、教壇のそばに立つ久々知大成と名和立夏が、数名のリア充男女に囲まれながら祝福を受けていた。
マコトは、意外そうな表情で、
「そうかなぁ……ボクは、久々知くんは、上坂部さんと付き合っているのかと思ってたから、予想外の出来事だと思うんだよねぇ」
と答えるが、
(オマエが勘違いしている、その相手は、昨日、久々知にフラレたばかりなんだけどな……)
オレは、自分だけが知る真相を口にすることなく、それとなく、当の上坂部葉月の方に視線を送った。
彼女は、殊勝にも、
「二人とも、おめでとう~! 大成、初めての彼女なんだから、大切にしなさいよ~」
と、久々知と名和を祝福するように拍手をしながら、幼なじみに発破をかけている。
その姿は、仲の良い異性の友人にエールを送っているかのようではあるが、遠目ながらにも、上坂部葉月のこめかみは、ヒクヒクと痙攣しているように感じられた。
副委員長として、クラスメートの幸福を称える健気なその姿に心の中で、
(合掌! 副委員長、アンタの秘密は墓場まで持って行くから、これからはなるべく心穏やかに過ごしてくれ……)
と唱えていると、教室前方がなにやら騒がしくなっている。
「せっかくなんで、親睦を兼ねて、明日の放課後にカラオケに行こうと思うんだが、みんなの予定はどうだ?」
久々知大成が声を上げると、それまで、彼ら二人を祝福して盛り上がっていた面々が、急に気まずそうに声のボリュームを落として、
「あ~、明日は部活があるから、ちょっと無理だわ~」
「私も~! 放課後は、ちょっと予定があるから~」
と、祝福を受けている委員長の誘いをやんわりと断っている。
まあ、それもそうだろう……結婚式の二次会でもあるまいし、なにゆえ、付き合いはじめたカップルに着いて行ってカラオケまでしなきゃならんのだ……。
久々知大成は、普段は面倒見の良い委員長として、クラスメートに別け隔てなく接している印象があり、空気を読まない発言はめったになかったと記憶しているのだが……はじめて交際相手が出来たということで、ちょっと浮かれ気味なのだろうか?
すると、周りの雰囲気を察したのか、彼の隣に立つ名和立夏が、少し離れた位置で二人を見守る副委員長に声を掛けた。
「ねぇ、葉月は来てくれるよね? 大成クンと一緒で明日は部活の練習、お休みなんだよね?」
それは、上坂部葉月にとって、不意打ちに近い問いかけだったのだろう……。
副委員長が思わず、コクリとうなずくと、名和はパンと手を叩いて、
「やった~! 一度、葉月とカラオケに行きたかったんだ~」
と、無邪気に喜んでみせる。
一方の上坂部は、今度は、オレの勘違いではないことがわかるくらい、ワナワナと小刻みに身体を震わせながら、同行する犠牲者……もとい、仲間を探すべく教室の周囲を見渡した。
そんな彼女の様子をうかがいながらも、
(ご愁傷さま、上坂部さん……)
と、ラノベのタイトルっぽく同情していると、不意に相手と視線が絡み合ってしまった。
「そうだ! 立花くん、帰宅部だったよね? 明日、一緒にカラオケに行かない?」
パンと手を叩いた上坂部葉月は、オレとマコトのそばまでやってきて、
「ねぇ、大成! 昨日、ヨネダ珈琲でコーヒー代を払わずに帰ったでしょ? あのお代は、立花くんが払ってくれたんだよ!」
と、自らの秘密の暴露に繋がりかねない爆弾発言をかましやがった。
(なぜ、自分から昨日の話しを蒸し返す! そして、なぜ、オレを巻き込むんだ!?)
そんな抗議の声を上げる前に、人の良い委員長は、こんな提案をしてきた。
「立花、そうだったのか……スマン、コーヒー代は返すし、明日はオレが奢るから、一緒にカラオケに来てくれないか?」
「ね、大成もああ言ってることだし、一緒に来てくれるよね、立花くん?」
いつもは温厚で笑顔を振りまいている副委員長・上坂部葉月は、表情こそ穏やかであるものの、その目は笑っていない。普段、クラスメートから遊びに誘われることなどまったくないオレは、幼なじみ同士である正副委員長の誘いを、穏便に断る術など持ち合わせていなかった。
完全なもらい事故でしかないこの事態を嘆くしかない。
そんな状況の中、オレは、午前中の休み時間、とある人物に、LANEのメッセージを送信した。
================
【急募】
10代がカラオケで歌いやすい曲
================
校庭から油田が発見されたわけでもあるまいし、ナニをそんなに騒いでいるんだ……と思いながら自分の席に腰を下ろすと、後ろの席から、
「ムネリン、ムネリン! 大変だよ!」
と、小柄な男子生徒が声を掛けてきた。
オレのことをファンシーなあだ名で呼んでくる生徒は、塚口マコト。
二年になってから同じクラスになったのだが、名前順で席が近いからなのか、なにかとオレに話しかけてくる、ウチのクラスでは非常に珍しい存在と言える。
「その呼び方は、やめてくれ、と何度も言ってるだろ!?」
立花宗重という戦国武将みたいな自分のフルネームについては、かなりの名前負け感があるため、オレ自身のコンプレックスのひとつになっているのだが……。
どこからどうみても、可愛らしさのカケラも無い自分が、ムネリンなどという少女チックな呼び名で呼ばれるのは、もっと、不本意に感じている。
ただ、そんなオレの想いを込めた抗議は、いつものように軽くスルーされ、女子と見間違うほど整った顔立ちのクラスメートは、前日、喫茶店の店内で遭遇した一件を思い起こさせることを口にした。
「そんなことより、ムネリンは知ってた? 久々知くんと名和さんが付き合うことになったって!」
オレは、自分がホームグラウンドと考えている場所(ヨネダ珈琲・武甲之荘店)で繰り広げられた修羅場を思い出しながらも、無関心・無関係であることを装って答える。
「へぇ~、そうなのか……あの二人なら、釣り合いも取れていてイイんじゃないか?」
後方の席のクラスメートに返答しながら、教室の前方に目を向けると、黒板には、
『電撃発表!』
の文字が踊り、教壇のそばに立つ久々知大成と名和立夏が、数名のリア充男女に囲まれながら祝福を受けていた。
マコトは、意外そうな表情で、
「そうかなぁ……ボクは、久々知くんは、上坂部さんと付き合っているのかと思ってたから、予想外の出来事だと思うんだよねぇ」
と答えるが、
(オマエが勘違いしている、その相手は、昨日、久々知にフラレたばかりなんだけどな……)
オレは、自分だけが知る真相を口にすることなく、それとなく、当の上坂部葉月の方に視線を送った。
彼女は、殊勝にも、
「二人とも、おめでとう~! 大成、初めての彼女なんだから、大切にしなさいよ~」
と、久々知と名和を祝福するように拍手をしながら、幼なじみに発破をかけている。
その姿は、仲の良い異性の友人にエールを送っているかのようではあるが、遠目ながらにも、上坂部葉月のこめかみは、ヒクヒクと痙攣しているように感じられた。
副委員長として、クラスメートの幸福を称える健気なその姿に心の中で、
(合掌! 副委員長、アンタの秘密は墓場まで持って行くから、これからはなるべく心穏やかに過ごしてくれ……)
と唱えていると、教室前方がなにやら騒がしくなっている。
「せっかくなんで、親睦を兼ねて、明日の放課後にカラオケに行こうと思うんだが、みんなの予定はどうだ?」
久々知大成が声を上げると、それまで、彼ら二人を祝福して盛り上がっていた面々が、急に気まずそうに声のボリュームを落として、
「あ~、明日は部活があるから、ちょっと無理だわ~」
「私も~! 放課後は、ちょっと予定があるから~」
と、祝福を受けている委員長の誘いをやんわりと断っている。
まあ、それもそうだろう……結婚式の二次会でもあるまいし、なにゆえ、付き合いはじめたカップルに着いて行ってカラオケまでしなきゃならんのだ……。
久々知大成は、普段は面倒見の良い委員長として、クラスメートに別け隔てなく接している印象があり、空気を読まない発言はめったになかったと記憶しているのだが……はじめて交際相手が出来たということで、ちょっと浮かれ気味なのだろうか?
すると、周りの雰囲気を察したのか、彼の隣に立つ名和立夏が、少し離れた位置で二人を見守る副委員長に声を掛けた。
「ねぇ、葉月は来てくれるよね? 大成クンと一緒で明日は部活の練習、お休みなんだよね?」
それは、上坂部葉月にとって、不意打ちに近い問いかけだったのだろう……。
副委員長が思わず、コクリとうなずくと、名和はパンと手を叩いて、
「やった~! 一度、葉月とカラオケに行きたかったんだ~」
と、無邪気に喜んでみせる。
一方の上坂部は、今度は、オレの勘違いではないことがわかるくらい、ワナワナと小刻みに身体を震わせながら、同行する犠牲者……もとい、仲間を探すべく教室の周囲を見渡した。
そんな彼女の様子をうかがいながらも、
(ご愁傷さま、上坂部さん……)
と、ラノベのタイトルっぽく同情していると、不意に相手と視線が絡み合ってしまった。
「そうだ! 立花くん、帰宅部だったよね? 明日、一緒にカラオケに行かない?」
パンと手を叩いた上坂部葉月は、オレとマコトのそばまでやってきて、
「ねぇ、大成! 昨日、ヨネダ珈琲でコーヒー代を払わずに帰ったでしょ? あのお代は、立花くんが払ってくれたんだよ!」
と、自らの秘密の暴露に繋がりかねない爆弾発言をかましやがった。
(なぜ、自分から昨日の話しを蒸し返す! そして、なぜ、オレを巻き込むんだ!?)
そんな抗議の声を上げる前に、人の良い委員長は、こんな提案をしてきた。
「立花、そうだったのか……スマン、コーヒー代は返すし、明日はオレが奢るから、一緒にカラオケに来てくれないか?」
「ね、大成もああ言ってることだし、一緒に来てくれるよね、立花くん?」
いつもは温厚で笑顔を振りまいている副委員長・上坂部葉月は、表情こそ穏やかであるものの、その目は笑っていない。普段、クラスメートから遊びに誘われることなどまったくないオレは、幼なじみ同士である正副委員長の誘いを、穏便に断る術など持ち合わせていなかった。
完全なもらい事故でしかないこの事態を嘆くしかない。
そんな状況の中、オレは、午前中の休み時間、とある人物に、LANEのメッセージを送信した。
================
【急募】
10代がカラオケで歌いやすい曲
================
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
僕のペナントライフ
遊馬友仁
キャラ文芸
〜僕はいかにして心配することを止めてタイガースを愛するようになったか?〜
「なんでやねん!? タイガース……」
頭を抱え続けて15年余り。熱病にとりつかれたファンの人生はかくも辛い。
すべてのスケジュールは試合日程と結果次第。
頭のなかでは、常に自分の精神状態とチームの状態が、こんがらがっている。
ライフプランなんて、とてもじゃないが、立てられたもんじゃない。
このチームを応援し続けるのは、至高の「推し活」か?
それとも、究極の「愚行」なのか?
2023年のペナント・レースを通じて、僕には、その答えが見えてきた――――――。
天才たちとお嬢様
釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。
なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。
最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。
様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる