負けヒロインに花束を!

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
6 / 57

第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜⑤

しおりを挟む
 これまでほとんど話したことがなかったクラスメートの女子生徒が、ヨネダ珈琲の名物ホワイトノワールを完食したのを確認し、オレは、彼女に声を掛ける。

「気持ちが落ち着いたなら、そろそろ帰るか?」

「うん……そうだね……」

「ホワイトノワールも含めて、ドリンクの代金も、オレが出しておくわ。この店のコーヒー・チケットを持ってるから、心配すんな」

 そう言って、2つのテーブル席の伝票を持って、レジへと向かったのだが……。

「アイスコーヒーと、クリームオーレ、ストロベリーシェイク、ホワイトノワール……コーヒーチケットのご利用で、合計2050円になります」

 先ほど、机に突っ伏して号泣する上坂部葉月かみさかべはづきを落ち着かせないと、「店を出禁にする」と脅してきた女性店員が笑顔でレジの値段を読み上げる。

「えっ? チケットは三枚出したんですけど……」

「申し訳ございません。クリームオーレとストロベリーシェイクは、チケットご利用の対象外となっております」

(…………何…………だと…………)

 オレンジの髪色の死神代行の肩書を持つ高校生のように絶望的な表情を浮かべると、さすがに、オレの顔色を察したのか、隣にいたクラスメートがたずねてくる。

「どうしたの? やっぱり、私が払った方が良い?」

「いや、全然大丈夫だから……」

 そう言って、オレは北里柴三郎と野口英世の肖像が描かれた紙幣一枚づつと五十円玉を取り出す。
 今月は、ガ◯ガ文庫に続いて、さらに二冊の新刊ライトノベルの購入を見送らければならない。
 
(さらば、電◯文庫と富◯見ファ◯タジア文庫の新刊)

 伝染病の対策に取り組んだ師弟コンビ(これも、最近のお気に入りのラノベ『新渡戸稲造にとべいなぞうファンタジー』から得た知識だ)が、財布から消えていく悲しみを笑顔で取り繕いながら、ヨネダ珈琲をあとにする。
 時刻は、午後六時を過ぎようとしていたが、例年なら、とっくに梅雨入りしている一年で最も陽が落ちるのが遅いこの時期の空は、まだ明るい。

 予想したとおり、上坂部葉月かみさかべはづきの自宅は、1つ隣の柄口つかぐち駅が最寄り駅だということで、彼女を武甲之荘駅の改札口で見送ったオレは、自宅に戻る。

(まったく……二人とも地元のワクドで話しを済ましてくれてりゃ、オレがラノベの新刊を三冊も諦めることは無かったのに……)

 母親への帰宅のあいさつもそこそに、夕飯まで二階の自室に引きこもることを決めたオレは、ゲーム機のPFBETAベータを起動させるかどうか思案する。

 今日は、ヨネダ珈琲の店内で、待望の綾辻さんルートのエンディングを見届ける予定でいたのだが……。

 ゲームは終盤まで近づいているものの、ラストのヒロインとのエンディングエピソードをじっくり読み込むと、どのイベントも、たっぷり40分程度の時間を要する。
 大事なベストエンドを夕食の呼び出しで中断されるのは、どうしても避けたい。

(仕方ない……夕飯まで他のことで時間を潰すか……)

 そう考えながら、スマホを手にして、ゲームアプリを起動させる。
 ログインボーナスとデイリーの周回を行ったあとは、夕飯まで適当に旧トゥイッターのタイムラインを眺めることに決めた。

 せっかくなので、夕食までに、なぜ高校生のオレが、15年も前に発売されたゲームを熱心にプレイしているか、説明しておこう。
 
 オレが、ゲームやアニメ、マンガやラノベなどの作品に親しむようになったのは、母親の妹にあたる叔母の若葉さん(以後、ワカ姉と呼ぶ)の影響が大きい。
 小学校のころ、『アオハルライド』という少女マンガ原作のアニメを見ている、と伝えたら、

「ふ~ん、宗重むねしげ……アンタも少女マンガの面白さに目覚めたか……なら、この作品で、もっと恋愛の切なさを勉強しな」

と言って、『ハチミツとシロツメクサ』という作品の単行本全巻を押し付けるように持ってきた。
 いまなお、多くのマンガファンが青春漫画のバイブルにあげる美術大学に通う学生たちの恋愛模様(そのほとんどが片想いだ)を描いた群像劇で、その中に玉田たまだまゆみという美大生が出てくる。

 彼女も作品内のお約束に漏れず、同学年の佐山さやまという男子学生に片想いをしているのだが、実は、玉田たまだは物語が始まる時点で、すでに佐山さやまにフラれている。

 それでも、佐山のことを諦め切れない玉田たまだ。好きな相手にフラれても、一途に想い続けるその姿はあまりにも純粋で儚く切ない……。
 
 たとえば、文化祭前の準備期間――――――。

 彼女はモノローグで語る。

(ほんの少しでも姿が見たくて 声が聞けたらと思って――――――)
(わざと用を作っては会えそうな場所を何度も通った)

 たとえば、花火大会でのできごと――――――。

 夏祭りに行くことになり、女子たちは浴衣を着て参加する。お約束ごととして、彼女は佐山から「ユカタ、可愛いな」と言われるのだが……。玉田たまだの表情は、徐々に曇りがちになる。
 彼女は、気付くのだ。浴衣姿を褒められたけれど、彼の心までは揺らしていないことに! それは…あくまでお世辞なことに……聞きたかった言葉ではあったけど、欲しかった言葉ではないことに!

 このあとの彼女のモノローグは、涙なしでは読めなかった。

(どうして私は夢を見てしまったんだろう)
(くり返し くり返し あきもせず バカのひとつ覚えみたいに)

 片想い中の情緒と立ち振る舞いを、このモノローグは見事に表している。「登場人物全員片想い」な『ハチシロ』の中でも、彼女の片想い度は群を抜いているのだ。

 物語の終盤で、彼女は別の年上男性と結ばれることになるのだが、思春期を迎える直前の自分には、そのストーリー展開に納得いかず、この作品の推薦者であるワカねえに、その旨を伝えたところ、

「オトコは、みんな片想いしていた玉田たまだが好きだって言うんだよね~。少女マンガに不満があるなら、少年向けのラブコメを読んでみればイイじゃん?」

と、別の作品を薦められた。作品のタイトルは、『りんご100%』だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

千紫万紅の街

海月
キャラ文芸
―「此処に産まれなければって幾度も思った。でも、屹度、此処に居ないと貴女とは出逢えなかったんだね。」 外の世界を知らずに育った、悪魔の子と呼ばれた、大切なものを奪われた。 今も多様な事情を担う少女達が、枯れそうな花々に水を与え続けている。 “普通のハズレ側”に居る少女達が、普通や幸せを取り繕う物語。決して甘くない彼女達の過去も。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...