4 / 57
第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜③
しおりを挟む
ようやく、声を上げて泣くのを止めた上坂部葉月の様子を確認しながら、オレは、慎重に切り出す。
「とりあえず、落ち着いたら、何があったのか聞かせてくれないか?」
なるべく、さりげない口調に聞こえるよう意識しながら問いかけると、コクコクと小さくうなずいた彼女は、使いかけのおしぼりを手にしたかと思うと、
チ~ン!
と、盛大な音を立てて、鼻を噛んだ。
ゲームやラノベの面白枠のキャラクターでも、こうした描写はなかなか見られない。事実上、この時点で、上坂部葉月ルートのフラグは、へし折られたと考えた方が良いかも知れない。
「タチバナくん、どこから見てたの?」
「えっと……トイレから出てきたら、泣き声が聞こえてきたから……」
さすがに、あの修羅場を目撃したと言えるはずもなく、オレは脳内でオブラートに包んだ方の回答を選択した。
「そっか……ゴメンね、こんな情けないところを見せちゃって……」
「いや、そんな……それより、さっきまで、一緒にいたのは、同じクラスの久々知か?」
トイレから戻ってきたときには、彼女を置いて出ていった男子生徒は不在だったのだが、こちらの発現に矛盾を指摘することなく、上坂部葉月は、コクリとうなずいたあと、ポツリとつぶやいた。
「そう……大成とは、小さい頃から仲が良かったんだ。だけど――――――」
どうやら、その先を言い淀んでいるようなので、彼女を制するように、
「いわゆる、幼なじみってヤツか?」
と、問いかけると、上坂部葉月は、ふたたびコクリとうなずく。
「大成はね、幼稚園に通ってる頃、クローバーで花冠を作ってくれたんだ……『葉月ちゃんが、僕のお嫁さんになるときのアイテム』って言って……」
「ふ~ん、そうなんだ……」
無関心を装って返事をしたが、オレは内心、ココロ穏やかではいられなかった。リア充という人種は、幼い頃から、こんなイベントを経験しているのか?
クッ……これが、幼少期の体験格差というヤツか……?
幼い頃に経験する習い事や家族旅行の体験の有無が社会問題になりつつある……ということを叔母のワカ姉から聞いたことがあるが、プール教室に通うことや興味のないテーマパークに行くよりも、こういう甘酸っぱい思い出の方が重要だと思うのは、オレだけだろうか?
そんな、こちら側の葛藤をよそに、上坂部葉月は語り続ける。
「それでね、ビニールプールにも、お風呂にも一緒に入ったり……」
「まあ……小学校に上る前なら、ノーカウントだな」
申し訳ないが、今度は、バッサリと会話を切らせてもらった。これ以上、彼女の幼い頃の思い出とやらを聞かれたら、オレの精神がスタミナ切れを起こしてしまう。
ただ、そんなオレの少しばかり無慈悲な返答を気にする様子もなく、彼女は絞り出すように声を出す。
「なのに、転校生が来たとたん……」
さっきの久々知大成と上坂部葉月の会話では、良く聞き取れない部分もあったのだが、やはり、クラス委員の男子が懸想している相手は、4月の進級と同時に転校してきた名和立夏のようだ。
(控えめな性格に感じる見た目に反して、こいつ、案外、図太い性格をしてるな……)
目の前のクラス委員の女子のことを考えながらも、オレは、彼女がつぶやいた転校生のことを思い出す。
オレたちの二年一組には、一年生の頃から学年の二大美女と称されていた上坂部葉月と大島睦月が所属している。始業式の日のクラス発表の際に、この二人と同じクラスになれたことに感激の涙を流す男子が何人もいたと、うっすらと記憶しているが……。その後の朝のクラスルームで、転校生として名和立夏が紹介されたときのことは、数ヶ月が経過した今でもハッキリと覚えている。
担任教師にうながされ、彼女が自己紹介をすると、男子からだけでなく、女子生徒からも軽いどよめきが起こったのだ。
「ラブコメに 転校生は つきものだ」
怪異に行き遭う少女たちと縁の深い主人公が活躍する物語シリーズのキャッチコピーのようなフレーズが思い浮かぶが、実際、平穏に始まると思われた二年一組の新学期は、彼女の存在によって、ちょっとした騒ぎとなる。
短めに切りそろえられた髪に、切れ長の瞳……にも関わらず、柔和な雰囲気を感じさせる大人びた彼女の表情は、同世代のアイドルと言うよりは、年上の女優を思わせるようなオーラをまとっていた。
自分たちが住み、通っている高校の所在地でもある浜崎市も日本の三大都市圏に属していて人口密集地帯と言えるが、転校生の出身地を聞いて、
(さすがに、東京の女子高生は、雰囲気が違うな……)
と、感じたものだ。
そんな、名和立夏と上坂部葉月は、あっという間に意気投合したようで仲良くなり、目の前のクラス委員は、遠く首都圏から引っ越してきた転入生がクラスに馴染むのにも、一役買っていたものだとばかり思っていたのだが……。
どうやら、彼女たちリア充グループを取り巻く状況は、そんなに甘いモノではなかったようだ。
「あのとき――――――立夏に、『ねぇ、葉月は、大成くんのこと、どう思ってるの?』って聞かれたとき……誤魔化さずにちゃんと言っておけば良かった……」
こちらの感慨などよそに、上坂部葉月は、一人で語り続けているが、独り言のような彼女の言葉を聞きながら、オレには、一つだけ理解できたことがある。
アカン……これは……負けヒロインの典型的パターンや……。
「とりあえず、落ち着いたら、何があったのか聞かせてくれないか?」
なるべく、さりげない口調に聞こえるよう意識しながら問いかけると、コクコクと小さくうなずいた彼女は、使いかけのおしぼりを手にしたかと思うと、
チ~ン!
と、盛大な音を立てて、鼻を噛んだ。
ゲームやラノベの面白枠のキャラクターでも、こうした描写はなかなか見られない。事実上、この時点で、上坂部葉月ルートのフラグは、へし折られたと考えた方が良いかも知れない。
「タチバナくん、どこから見てたの?」
「えっと……トイレから出てきたら、泣き声が聞こえてきたから……」
さすがに、あの修羅場を目撃したと言えるはずもなく、オレは脳内でオブラートに包んだ方の回答を選択した。
「そっか……ゴメンね、こんな情けないところを見せちゃって……」
「いや、そんな……それより、さっきまで、一緒にいたのは、同じクラスの久々知か?」
トイレから戻ってきたときには、彼女を置いて出ていった男子生徒は不在だったのだが、こちらの発現に矛盾を指摘することなく、上坂部葉月は、コクリとうなずいたあと、ポツリとつぶやいた。
「そう……大成とは、小さい頃から仲が良かったんだ。だけど――――――」
どうやら、その先を言い淀んでいるようなので、彼女を制するように、
「いわゆる、幼なじみってヤツか?」
と、問いかけると、上坂部葉月は、ふたたびコクリとうなずく。
「大成はね、幼稚園に通ってる頃、クローバーで花冠を作ってくれたんだ……『葉月ちゃんが、僕のお嫁さんになるときのアイテム』って言って……」
「ふ~ん、そうなんだ……」
無関心を装って返事をしたが、オレは内心、ココロ穏やかではいられなかった。リア充という人種は、幼い頃から、こんなイベントを経験しているのか?
クッ……これが、幼少期の体験格差というヤツか……?
幼い頃に経験する習い事や家族旅行の体験の有無が社会問題になりつつある……ということを叔母のワカ姉から聞いたことがあるが、プール教室に通うことや興味のないテーマパークに行くよりも、こういう甘酸っぱい思い出の方が重要だと思うのは、オレだけだろうか?
そんな、こちら側の葛藤をよそに、上坂部葉月は語り続ける。
「それでね、ビニールプールにも、お風呂にも一緒に入ったり……」
「まあ……小学校に上る前なら、ノーカウントだな」
申し訳ないが、今度は、バッサリと会話を切らせてもらった。これ以上、彼女の幼い頃の思い出とやらを聞かれたら、オレの精神がスタミナ切れを起こしてしまう。
ただ、そんなオレの少しばかり無慈悲な返答を気にする様子もなく、彼女は絞り出すように声を出す。
「なのに、転校生が来たとたん……」
さっきの久々知大成と上坂部葉月の会話では、良く聞き取れない部分もあったのだが、やはり、クラス委員の男子が懸想している相手は、4月の進級と同時に転校してきた名和立夏のようだ。
(控えめな性格に感じる見た目に反して、こいつ、案外、図太い性格をしてるな……)
目の前のクラス委員の女子のことを考えながらも、オレは、彼女がつぶやいた転校生のことを思い出す。
オレたちの二年一組には、一年生の頃から学年の二大美女と称されていた上坂部葉月と大島睦月が所属している。始業式の日のクラス発表の際に、この二人と同じクラスになれたことに感激の涙を流す男子が何人もいたと、うっすらと記憶しているが……。その後の朝のクラスルームで、転校生として名和立夏が紹介されたときのことは、数ヶ月が経過した今でもハッキリと覚えている。
担任教師にうながされ、彼女が自己紹介をすると、男子からだけでなく、女子生徒からも軽いどよめきが起こったのだ。
「ラブコメに 転校生は つきものだ」
怪異に行き遭う少女たちと縁の深い主人公が活躍する物語シリーズのキャッチコピーのようなフレーズが思い浮かぶが、実際、平穏に始まると思われた二年一組の新学期は、彼女の存在によって、ちょっとした騒ぎとなる。
短めに切りそろえられた髪に、切れ長の瞳……にも関わらず、柔和な雰囲気を感じさせる大人びた彼女の表情は、同世代のアイドルと言うよりは、年上の女優を思わせるようなオーラをまとっていた。
自分たちが住み、通っている高校の所在地でもある浜崎市も日本の三大都市圏に属していて人口密集地帯と言えるが、転校生の出身地を聞いて、
(さすがに、東京の女子高生は、雰囲気が違うな……)
と、感じたものだ。
そんな、名和立夏と上坂部葉月は、あっという間に意気投合したようで仲良くなり、目の前のクラス委員は、遠く首都圏から引っ越してきた転入生がクラスに馴染むのにも、一役買っていたものだとばかり思っていたのだが……。
どうやら、彼女たちリア充グループを取り巻く状況は、そんなに甘いモノではなかったようだ。
「あのとき――――――立夏に、『ねぇ、葉月は、大成くんのこと、どう思ってるの?』って聞かれたとき……誤魔化さずにちゃんと言っておけば良かった……」
こちらの感慨などよそに、上坂部葉月は、一人で語り続けているが、独り言のような彼女の言葉を聞きながら、オレには、一つだけ理解できたことがある。
アカン……これは……負けヒロインの典型的パターンや……。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる