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第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜③
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ようやく、声を上げて泣くのを止めた上坂部葉月の様子を確認しながら、オレは、慎重に切り出す。
「とりあえず、落ち着いたら、何があったのか聞かせてくれないか?」
なるべく、さりげない口調に聞こえるよう意識しながら問いかけると、コクコクと小さくうなずいた彼女は、使いかけのおしぼりを手にしたかと思うと、
チ~ン!
と、盛大な音を立てて、鼻を噛んだ。
ゲームやラノベの面白枠のキャラクターでも、こうした描写はなかなか見られない。事実上、この時点で、上坂部葉月ルートのフラグは、へし折られたと考えた方が良いかも知れない。
「タチバナくん、どこから見てたの?」
「えっと……トイレから出てきたら、泣き声が聞こえてきたから……」
さすがに、あの修羅場を目撃したと言えるはずもなく、オレは脳内でオブラートに包んだ方の回答を選択した。
「そっか……ゴメンね、こんな情けないところを見せちゃって……」
「いや、そんな……それより、さっきまで、一緒にいたのは、同じクラスの久々知か?」
トイレから戻ってきたときには、彼女を置いて出ていった男子生徒は不在だったのだが、こちらの発現に矛盾を指摘することなく、上坂部葉月は、コクリとうなずいたあと、ポツリとつぶやいた。
「そう……大成とは、小さい頃から仲が良かったんだ。だけど――――――」
どうやら、その先を言い淀んでいるようなので、彼女を制するように、
「いわゆる、幼なじみってヤツか?」
と、問いかけると、上坂部葉月は、ふたたびコクリとうなずく。
「大成はね、幼稚園に通ってる頃、クローバーで花冠を作ってくれたんだ……『葉月ちゃんが、僕のお嫁さんになるときのアイテム』って言って……」
「ふ~ん、そうなんだ……」
無関心を装って返事をしたが、オレは内心、ココロ穏やかではいられなかった。リア充という人種は、幼い頃から、こんなイベントを経験しているのか?
クッ……これが、幼少期の体験格差というヤツか……?
幼い頃に経験する習い事や家族旅行の体験の有無が社会問題になりつつある……ということを叔母のワカ姉から聞いたことがあるが、プール教室に通うことや興味のないテーマパークに行くよりも、こういう甘酸っぱい思い出の方が重要だと思うのは、オレだけだろうか?
そんな、こちら側の葛藤をよそに、上坂部葉月は語り続ける。
「それでね、ビニールプールにも、お風呂にも一緒に入ったり……」
「まあ……小学校に上る前なら、ノーカウントだな」
申し訳ないが、今度は、バッサリと会話を切らせてもらった。これ以上、彼女の幼い頃の思い出とやらを聞かれたら、オレの精神がスタミナ切れを起こしてしまう。
ただ、そんなオレの少しばかり無慈悲な返答を気にする様子もなく、彼女は絞り出すように声を出す。
「なのに、転校生が来たとたん……」
さっきの久々知大成と上坂部葉月の会話では、良く聞き取れない部分もあったのだが、やはり、クラス委員の男子が懸想している相手は、4月の進級と同時に転校してきた名和立夏のようだ。
(控えめな性格に感じる見た目に反して、こいつ、案外、図太い性格をしてるな……)
目の前のクラス委員の女子のことを考えながらも、オレは、彼女がつぶやいた転校生のことを思い出す。
オレたちの二年一組には、一年生の頃から学年の二大美女と称されていた上坂部葉月と大島睦月が所属している。始業式の日のクラス発表の際に、この二人と同じクラスになれたことに感激の涙を流す男子が何人もいたと、うっすらと記憶しているが……。その後の朝のクラスルームで、転校生として名和立夏が紹介されたときのことは、数ヶ月が経過した今でもハッキリと覚えている。
担任教師にうながされ、彼女が自己紹介をすると、男子からだけでなく、女子生徒からも軽いどよめきが起こったのだ。
「ラブコメに 転校生は つきものだ」
怪異に行き遭う少女たちと縁の深い主人公が活躍する物語シリーズのキャッチコピーのようなフレーズが思い浮かぶが、実際、平穏に始まると思われた二年一組の新学期は、彼女の存在によって、ちょっとした騒ぎとなる。
短めに切りそろえられた髪に、切れ長の瞳……にも関わらず、柔和な雰囲気を感じさせる大人びた彼女の表情は、同世代のアイドルと言うよりは、年上の女優を思わせるようなオーラをまとっていた。
自分たちが住み、通っている高校の所在地でもある浜崎市も日本の三大都市圏に属していて人口密集地帯と言えるが、転校生の出身地を聞いて、
(さすがに、東京の女子高生は、雰囲気が違うな……)
と、感じたものだ。
そんな、名和立夏と上坂部葉月は、あっという間に意気投合したようで仲良くなり、目の前のクラス委員は、遠く首都圏から引っ越してきた転入生がクラスに馴染むのにも、一役買っていたものだとばかり思っていたのだが……。
どうやら、彼女たちリア充グループを取り巻く状況は、そんなに甘いモノではなかったようだ。
「あのとき――――――立夏に、『ねぇ、葉月は、大成くんのこと、どう思ってるの?』って聞かれたとき……誤魔化さずにちゃんと言っておけば良かった……」
こちらの感慨などよそに、上坂部葉月は、一人で語り続けているが、独り言のような彼女の言葉を聞きながら、オレには、一つだけ理解できたことがある。
アカン……これは……負けヒロインの典型的パターンや……。
「とりあえず、落ち着いたら、何があったのか聞かせてくれないか?」
なるべく、さりげない口調に聞こえるよう意識しながら問いかけると、コクコクと小さくうなずいた彼女は、使いかけのおしぼりを手にしたかと思うと、
チ~ン!
と、盛大な音を立てて、鼻を噛んだ。
ゲームやラノベの面白枠のキャラクターでも、こうした描写はなかなか見られない。事実上、この時点で、上坂部葉月ルートのフラグは、へし折られたと考えた方が良いかも知れない。
「タチバナくん、どこから見てたの?」
「えっと……トイレから出てきたら、泣き声が聞こえてきたから……」
さすがに、あの修羅場を目撃したと言えるはずもなく、オレは脳内でオブラートに包んだ方の回答を選択した。
「そっか……ゴメンね、こんな情けないところを見せちゃって……」
「いや、そんな……それより、さっきまで、一緒にいたのは、同じクラスの久々知か?」
トイレから戻ってきたときには、彼女を置いて出ていった男子生徒は不在だったのだが、こちらの発現に矛盾を指摘することなく、上坂部葉月は、コクリとうなずいたあと、ポツリとつぶやいた。
「そう……大成とは、小さい頃から仲が良かったんだ。だけど――――――」
どうやら、その先を言い淀んでいるようなので、彼女を制するように、
「いわゆる、幼なじみってヤツか?」
と、問いかけると、上坂部葉月は、ふたたびコクリとうなずく。
「大成はね、幼稚園に通ってる頃、クローバーで花冠を作ってくれたんだ……『葉月ちゃんが、僕のお嫁さんになるときのアイテム』って言って……」
「ふ~ん、そうなんだ……」
無関心を装って返事をしたが、オレは内心、ココロ穏やかではいられなかった。リア充という人種は、幼い頃から、こんなイベントを経験しているのか?
クッ……これが、幼少期の体験格差というヤツか……?
幼い頃に経験する習い事や家族旅行の体験の有無が社会問題になりつつある……ということを叔母のワカ姉から聞いたことがあるが、プール教室に通うことや興味のないテーマパークに行くよりも、こういう甘酸っぱい思い出の方が重要だと思うのは、オレだけだろうか?
そんな、こちら側の葛藤をよそに、上坂部葉月は語り続ける。
「それでね、ビニールプールにも、お風呂にも一緒に入ったり……」
「まあ……小学校に上る前なら、ノーカウントだな」
申し訳ないが、今度は、バッサリと会話を切らせてもらった。これ以上、彼女の幼い頃の思い出とやらを聞かれたら、オレの精神がスタミナ切れを起こしてしまう。
ただ、そんなオレの少しばかり無慈悲な返答を気にする様子もなく、彼女は絞り出すように声を出す。
「なのに、転校生が来たとたん……」
さっきの久々知大成と上坂部葉月の会話では、良く聞き取れない部分もあったのだが、やはり、クラス委員の男子が懸想している相手は、4月の進級と同時に転校してきた名和立夏のようだ。
(控えめな性格に感じる見た目に反して、こいつ、案外、図太い性格をしてるな……)
目の前のクラス委員の女子のことを考えながらも、オレは、彼女がつぶやいた転校生のことを思い出す。
オレたちの二年一組には、一年生の頃から学年の二大美女と称されていた上坂部葉月と大島睦月が所属している。始業式の日のクラス発表の際に、この二人と同じクラスになれたことに感激の涙を流す男子が何人もいたと、うっすらと記憶しているが……。その後の朝のクラスルームで、転校生として名和立夏が紹介されたときのことは、数ヶ月が経過した今でもハッキリと覚えている。
担任教師にうながされ、彼女が自己紹介をすると、男子からだけでなく、女子生徒からも軽いどよめきが起こったのだ。
「ラブコメに 転校生は つきものだ」
怪異に行き遭う少女たちと縁の深い主人公が活躍する物語シリーズのキャッチコピーのようなフレーズが思い浮かぶが、実際、平穏に始まると思われた二年一組の新学期は、彼女の存在によって、ちょっとした騒ぎとなる。
短めに切りそろえられた髪に、切れ長の瞳……にも関わらず、柔和な雰囲気を感じさせる大人びた彼女の表情は、同世代のアイドルと言うよりは、年上の女優を思わせるようなオーラをまとっていた。
自分たちが住み、通っている高校の所在地でもある浜崎市も日本の三大都市圏に属していて人口密集地帯と言えるが、転校生の出身地を聞いて、
(さすがに、東京の女子高生は、雰囲気が違うな……)
と、感じたものだ。
そんな、名和立夏と上坂部葉月は、あっという間に意気投合したようで仲良くなり、目の前のクラス委員は、遠く首都圏から引っ越してきた転入生がクラスに馴染むのにも、一役買っていたものだとばかり思っていたのだが……。
どうやら、彼女たちリア充グループを取り巻く状況は、そんなに甘いモノではなかったようだ。
「あのとき――――――立夏に、『ねぇ、葉月は、大成くんのこと、どう思ってるの?』って聞かれたとき……誤魔化さずにちゃんと言っておけば良かった……」
こちらの感慨などよそに、上坂部葉月は、一人で語り続けているが、独り言のような彼女の言葉を聞きながら、オレには、一つだけ理解できたことがある。
アカン……これは……負けヒロインの典型的パターンや……。
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