負けヒロインに花束を!

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
2 / 57

第1章〜どうぞ幸せになってほしいなんて しおらしい女じゃないわ〜①

しおりを挟む
「祐一……」

 不安げな表情で、ポツリとつぶやいた目の前の少女は、こちらを見つめている。
 親の顔より見慣れた彼女の表情を曇らせてしまったのは、なによりも、自分自身の行動と選択に原因がある。

 これ以上、彼女を苦しませるわけにはいかない――――――と、意を決して自らの想いを告げることにした。
 
 ・ごめん、実は前から綾辻さんのことが――――――
 ・ぼ、僕はずっと前から志穂子のことが――――――

 選択肢を選んでください。

 ⇨ ・ごめん、実は前から綾辻さんのことが――――――

 カーソルで選んだセリフが点滅すると同時に、志穂子の表情は、さらに曇り、泣き出す寸前になっている。

「どうして――――――? 普通に話してくれたら良かったのに……好きなヒトが……彼女が居るってこと……」

「志穂子……」

「そんな風に言い訳しようとするってことは……少しはわたしのこと……」

「いや、その……」

「えへへ……一回だけなら、見間違いかなって……わたしの勘違いかなって済ませただろうけど……祐一はかっこいいから……やっぱり、モテるよね」

 その切なげな表情を見つめたまま、何も言葉を発することのできない自分に向かって、彼女は言葉を続ける。

「少しの間だけだったけど……恋人みたいで嬉しかったよ。迷惑かけてゴメンね。こんなことなら、わたし。もっと早く……ううん……」

「…………」

「祐一は、優柔不断だから、色々と迷ってたのかも知れないけど……付き合うなら、ちゃんとしないと、綾辻さんがかわいそうだよ」

「…………」

「わたしのことは、周りに誤解させちゃ悪いから……これからは、なるべく声を掛けないようにするね」

「…………」

「えへへ……彼女のことは、紹介してくれなくてイイからね!」

 幼馴染みは、そう言い残して走り去る――――――。
 
「あっ! お、おい! 志穂子!」

 ――――――やってしまった……最悪の形で志穂子のことを傷つけてしまった……僕がフラフラしてたせいで……。

 ・

 ・

 ・

 ううっ……すまない志穂子……。

 涙ぐみそうになりながら、イヤホンを外したオレは、ヨネダ珈琲・武甲之荘むこのそう店のテーブルに携帯ゲーム機のプレイ・フォーメーションBETAベータをそっと置いた。

 まったく……こんなに可愛くて性格も良い幼なじみを振って、他の女子にフラフラとなびくなど、ヒドイ主人公もいたものである。いや、もちろん、今回のプレイで志穂子ではなく、綾辻さんルートを選んだのはオレ自身なのだが……。

 発売から十五年が経過した大ヒット恋愛シュミレーションゲーム『ナマガミ』のシナリオの素晴らしさとヒロインの恋が終わってしまう《嗚咽イベント》の切なさに、あらためて胸を打たれてしまった。
 
 大丈夫、ちゃんとルート分岐直前のセーブデータを残しているので、次回のプレイ(おそらく明日の放課後になるだろう)では、志穂子、きみを幸せにしよう……。

 そう心に誓って、これから始まる綾辻さんルートのイチャイチャ描写に対する期待に胸を膨らませながら、シナリオが一段落したことで、オレはトイレに立つことにする。

 自分の通う高校から、私鉄電車の駅で二つ離れたこの喫茶店を利用する同級生が居ないことは、一年以上の高校生活ですでにリサーチ済みである。
 親戚から定期的にもらうコーヒーチケットの恩恵や長居をしても責められない店内の雰囲気も含めて、自宅の近所にこうした店舗が存在してくれていることに感謝をしながら、トイレに向かうと、不意に聞き覚えのある声が耳に入った。

大成たいせい……どうして――――――? 普通に話してくれたら良かったのに……好きなヒトが居るってこと……」

葉月はづき……」

 耳に馴染みがあると感じたのは、一人だけではなく複数人のものだった。
 
 本当に、無意識に……思わず、声の主たちの方向に顔を向けた次の瞬間、オレは空席になっていたヨネダ珈琲特有のフカフカした座席に身を滑り込ませる。

(ど、どうして、この店に久々知くくち上坂部かみさかべが居るんだよ!?)

 声の主は、久々知大成くくちたいせい上坂部葉月かみさかべはづき
 オレが通う市浜いちはま高校2年1組の正・副委員長コンビだ。

 自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、高校生は高校生らしく、ワクドナルドやツタ―・バックスに行っておけば良いものを、なぜ、この店を選んだ……!?

 そんな自分自身でも理不尽だと感じる憤りを覚えながら、フカフカの座席に身を潜めていると、さっきよりも小さいながら、彼らの声が耳に入ってきた。

「そんな風に言い訳しようとするってことは……少しは私のことをそういう対象として考えてくれてたの?」

「あっ……いや、その……」

「一回だけなら、見間違いかなって……私の勘違いかなって思うこともできたけど……大成たいせいはかカッコいいから……やっぱり、モテるよね」

「いや、モテるなんて、そんな……」

「少しの間だけだったけど……二人で委員長の仕事ができたこと、とても楽しかった。迷惑かけてゴメンね……こんなことなら、わたし。もっと早く……ううん……」

「…………」

大成たいせいは、優柔不断だから、色々と迷ってたのかも知れないけど……付き合うなら、ちゃんとしないと、立夏りっかがかわいそうだよ」

「…………」

「私のことは、周りに誤解させちゃ悪いから……これからは、声を掛けるのは控えるようにするね」

「…………」

「えへへ……彼女に告白が成功しても、報告はしてくれなくてイイからね!」

葉月はづき……」

「もう行って……私、もう少ししたら、帰るから……ちゃんと、立夏りっかに気持ちを伝えなよ」

葉月はづき、ゴメン……オレ……」

あやまんな……バカ……」

 上坂部葉月かみさかべはづきがつぶやくと同時に立ち上がり、直立不動の体勢から、九十度の最敬礼の姿勢で最大限の謝罪の意志を示した我がクラスの委員長にして中心人物の筆頭男子・久々知大成くくちたいせいは、何かを思い立ったかのように、通学カバンを手にして、

「じゃあ、行ってくる!」

と言い残して、店を去って行った。
 
 その姿を身を隠したテーブル席の影から確認したオレは、

(あいつ、レジに寄らなかった気がするけど、支払いはどうすんだ?)

と思いながら、息を潜めて立ち上がる。
 その体勢から、高校生活で身につけた、周りの空気に溶け込んで自分の気配を消す、のステルス特性を活かしつつ、上坂部葉月かみさかべはづきの座る席から死角になる動線を選んでトイレに急ぐことにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

千紫万紅の街

海月
キャラ文芸
―「此処に産まれなければって幾度も思った。でも、屹度、此処に居ないと貴女とは出逢えなかったんだね。」 外の世界を知らずに育った、悪魔の子と呼ばれた、大切なものを奪われた。 今も多様な事情を担う少女達が、枯れそうな花々に水を与え続けている。 “普通のハズレ側”に居る少女達が、普通や幸せを取り繕う物語。決して甘くない彼女達の過去も。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

処理中です...