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晩夏
しおりを挟むコウが戻ってきた。
一月前の夏の大会をあいつは見に来てくれた。
あの日、俺はコウを超えたくて、勝ちたくて、マウンドに上がった。
幼い頃からの目標だった。
相手に勝つとかよりも、コウを超えたいという気持ちの方が、ずっと強かった。
でもそれじゃダメだった。
あの試合。
八回、一点差でワンナウト、ランナー一、三塁になった時、悟った。
無理だ、抑えられない。
どうすればいいのか分からなくて、迷って投げるボールはバッターから逃げていく。
やっぱ、俺の実力じゃ無理なのかな。
半ば諦めながら、スタンドをちらっと見た。
コウと、目があった気がした。
そしてあいつはおもむろに立ち上がって、逃げるなと叫んだ。
俺の言葉じゃねーか。
そう思うと、ふっと笑ってしまった。
懐かしい風が、吹いた気がした。
暖かく、それでいて力強い。
その風に包まれながら、投げた球は、この試合で一番のボールだった。
あの日、試合には負けた。
完敗だった。
先輩たちにはすごく申し訳なかったし、悔しかった。
でもなぜか次は勝てるような気がした。
これが自信なのかなんなのかは分からない。
けど…
「正一!帰ろーぜ!」
コウが笑いながら呼んでる。
おう、と答えて、隣に並ぶ。
この現実だけは、確かで、それは今も昔も変わらない。
次は二人で挑戦することができる。
やっと俺の夢が叶いそうだ。
校門を出て、桜の木を見る。
今は花は咲いてないけど、桜の花の匂いがした。
風に流されて消えていく。
「おい、なにしてんだよ、行くぞ!」
ふいに風が吹いた。
暖かくて力強い、あの時と同じ風だ。
その風に包まれながら走り、俺はコウのもとに追いついた。
波のように揺れる木々を背に、二人は歩き出す。
二人の背に映る、その影は、桜の木に向かって歩いているようだったーーー
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