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三話
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「あれ、ここどこ…」
私、さっきまで病院にいたはずなのに。とりあえず周りを見渡すと、長い机とパイプ椅子がばらばらに並んでいて、テレビがどこからでも見えるように設置されていた。微かに揚げ物の匂いが漂っていて吐きそうな気分になる。周りには人の気配はなく、遠くから油がぱちぱちと弾ける音だけが響いていた。
「変なの。これどこから帰れるかな」
扉は一つしか無く、カギはかかってないのに、誰か押してるのかな?と疑問に思うくらい押しても引いても動かなかった。窓も開かないし、外を覗いても雲しか見えなくて、まるで天界にいるみたいだ。ここでちょっと落ち着いて考えて私はある事に気づいた。
どうして私は歩いているんだ?いや、どうして歩けるんだ?
あ、わたし、もしかして
気付いたら急にひゅうひゅうと肺のへんな所から空気の漏れるような異音がする。息、吸うのって、どうやるんだっけ。吸ったらどうするんだっけ。だめだ、息、できない…
「失礼、こんにちはお嬢さん。安心して、ここなら具合が悪くなることはありません。ゆっくり息を吸って、吐いて。そうそう、そのまま」
突然現れた謎のおじさんに言われるがまま、私は必死に呼吸をした。おじさんは私にがんばれ、がんばれ、と声をかけながら、ただ冷たくごつごつした大きな手で私の背中をさすってくれた。
「ねえ、おじさん。私って死んじゃったの?」
急に私が言ったことにびっくりしたのか、おじさんは少し黙り、考えこんでから言った。
「…っはい。その通りです、残念ながら」
「ううん、そんな悲しそうな顔しないで。私お医者さんがママと話してる所聞いちゃったの。このままだと長くは生きれないだろう、って」
「大層お辛かったでしょうに。お嬢さんは強い人間です」
「そんなことないよ、むしろ逆。私ね、生まれつき体が弱いの。ここに来る直前なんかもう、点滴とか呼吸器に全身つながれてた」
「…よく今まで頑張りましたね。本当に今までお疲れさまでした。」
おじさんはそう言いながら泣きそうな目をした。私自身は全然大丈夫なのに、どうしてこの人は私より悲しんでくれるんだろう。
おじさんはハンカチで涙を拭いたあと、私に一枚のメモを渡してきた。
「文字通り、最後の晩餐…最後のご飯です」
メモには食べ物の名前が書かれていた。全部はっきりと聞き覚えがあるから、私が今までに食べたものなのだろう。
「ねえ、おじさん。ごめんね、私この中のどれも食べたくないの」
「食べることが、お嫌いなのですか?」
「正しく言うと嫌いになった、かな。病気を治すためのお薬がとっても苦くって飲むのが苦手で。いつの間にかご飯を食べるのすらいやになってた。」
「なるほど…」
おじさんはそうつぶやくとどこからかオレンジジュースとココア、レモンティーを持ってきて机にそっと置いた。
「いきなりご飯なんて色々びっくりしますよね。まずは飲み物からいかがでしょうか。この中で飲めないものがございましたら言って下さいね」
「飲めないものはひとつもない、けど。…ひとつ飲みたいものがあって。私は飲んだことないんだけどね」
「お嬢さんが覚えていらっしゃるのならまず大丈夫だと思います。その代わり、事細かに聞くとは思いますが」
「大丈夫。恋部市十内町の駅の近くにあったタピオカミルクティー、話を聞いたのは四か月くらい前だったはずよ」
「…承知致しました。少々お待ちくださいね」
おじさんは十分くらい奥の台所のようなところに籠ったあと、ちょっと疲れたような顔をしながら私の元に戻ってきた。
「お待たせいたしました」
私が話を聞き、画像を見せてもらったものと全く同じものだった。
「ありがとう…これね、お友達がよく飲んでたらしいの。病院にいつもお見舞いに来てくれるようなわたしの大事なお友達。ぷるぷるもちもちで美味しいってよく言ってた。」
「そんなに美味しいものだったのですね。お味はいかがですか?」
「ほんとにおいしい。みんなこんなおいしいものを食べたり飲んだりしてたのかってくらい。でも、あの子と一緒に飲みたかったなあ…」
始めて飲んだタピオカミルクティーはほっぺたがおちるくらい甘くておいしくて、あの苦いお薬の味なんかしなくって、ほんの少ししょっぱかった。
「ありがとう。最期にいい思いできたわ。でもあっちに行けば食べることも無くなるのに、私に食べる楽しさを思い出させるなんていじわるね」
「私は食べることを通して最期に良い思い出を残してもらうことが望みなので、食べてもらわなければ困りますね」
「おじさん、おもしろい考え方してるのね」
「とにかく、今回のことはお嬢さんを思ってしたことでございます、」
「お嬢さんじゃないわ。葉子よ。おじさんも名前を教えてくれるかしら」
おじさんは頭をぽりぽりとかいて、少しため息をついた。
「トウマと申します。東に馬でトウマ。…すみませんが葉子様、そろそろお時間が迫っています。」
「わかったわ。トウマさん、ほんとうにありがとう。またね」
「あんた、名前さえも偽るのね。なんで嘘をつき続けるの、トウマさん。いいえ、ハザマ」
私、さっきまで病院にいたはずなのに。とりあえず周りを見渡すと、長い机とパイプ椅子がばらばらに並んでいて、テレビがどこからでも見えるように設置されていた。微かに揚げ物の匂いが漂っていて吐きそうな気分になる。周りには人の気配はなく、遠くから油がぱちぱちと弾ける音だけが響いていた。
「変なの。これどこから帰れるかな」
扉は一つしか無く、カギはかかってないのに、誰か押してるのかな?と疑問に思うくらい押しても引いても動かなかった。窓も開かないし、外を覗いても雲しか見えなくて、まるで天界にいるみたいだ。ここでちょっと落ち着いて考えて私はある事に気づいた。
どうして私は歩いているんだ?いや、どうして歩けるんだ?
あ、わたし、もしかして
気付いたら急にひゅうひゅうと肺のへんな所から空気の漏れるような異音がする。息、吸うのって、どうやるんだっけ。吸ったらどうするんだっけ。だめだ、息、できない…
「失礼、こんにちはお嬢さん。安心して、ここなら具合が悪くなることはありません。ゆっくり息を吸って、吐いて。そうそう、そのまま」
突然現れた謎のおじさんに言われるがまま、私は必死に呼吸をした。おじさんは私にがんばれ、がんばれ、と声をかけながら、ただ冷たくごつごつした大きな手で私の背中をさすってくれた。
「ねえ、おじさん。私って死んじゃったの?」
急に私が言ったことにびっくりしたのか、おじさんは少し黙り、考えこんでから言った。
「…っはい。その通りです、残念ながら」
「ううん、そんな悲しそうな顔しないで。私お医者さんがママと話してる所聞いちゃったの。このままだと長くは生きれないだろう、って」
「大層お辛かったでしょうに。お嬢さんは強い人間です」
「そんなことないよ、むしろ逆。私ね、生まれつき体が弱いの。ここに来る直前なんかもう、点滴とか呼吸器に全身つながれてた」
「…よく今まで頑張りましたね。本当に今までお疲れさまでした。」
おじさんはそう言いながら泣きそうな目をした。私自身は全然大丈夫なのに、どうしてこの人は私より悲しんでくれるんだろう。
おじさんはハンカチで涙を拭いたあと、私に一枚のメモを渡してきた。
「文字通り、最後の晩餐…最後のご飯です」
メモには食べ物の名前が書かれていた。全部はっきりと聞き覚えがあるから、私が今までに食べたものなのだろう。
「ねえ、おじさん。ごめんね、私この中のどれも食べたくないの」
「食べることが、お嫌いなのですか?」
「正しく言うと嫌いになった、かな。病気を治すためのお薬がとっても苦くって飲むのが苦手で。いつの間にかご飯を食べるのすらいやになってた。」
「なるほど…」
おじさんはそうつぶやくとどこからかオレンジジュースとココア、レモンティーを持ってきて机にそっと置いた。
「いきなりご飯なんて色々びっくりしますよね。まずは飲み物からいかがでしょうか。この中で飲めないものがございましたら言って下さいね」
「飲めないものはひとつもない、けど。…ひとつ飲みたいものがあって。私は飲んだことないんだけどね」
「お嬢さんが覚えていらっしゃるのならまず大丈夫だと思います。その代わり、事細かに聞くとは思いますが」
「大丈夫。恋部市十内町の駅の近くにあったタピオカミルクティー、話を聞いたのは四か月くらい前だったはずよ」
「…承知致しました。少々お待ちくださいね」
おじさんは十分くらい奥の台所のようなところに籠ったあと、ちょっと疲れたような顔をしながら私の元に戻ってきた。
「お待たせいたしました」
私が話を聞き、画像を見せてもらったものと全く同じものだった。
「ありがとう…これね、お友達がよく飲んでたらしいの。病院にいつもお見舞いに来てくれるようなわたしの大事なお友達。ぷるぷるもちもちで美味しいってよく言ってた。」
「そんなに美味しいものだったのですね。お味はいかがですか?」
「ほんとにおいしい。みんなこんなおいしいものを食べたり飲んだりしてたのかってくらい。でも、あの子と一緒に飲みたかったなあ…」
始めて飲んだタピオカミルクティーはほっぺたがおちるくらい甘くておいしくて、あの苦いお薬の味なんかしなくって、ほんの少ししょっぱかった。
「ありがとう。最期にいい思いできたわ。でもあっちに行けば食べることも無くなるのに、私に食べる楽しさを思い出させるなんていじわるね」
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「わかったわ。トウマさん、ほんとうにありがとう。またね」
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