上 下
1 / 1
序章

01:「それでは逃げます、旦那さま」

しおりを挟む
 ――とことん家族運がない人生なんだわ……。

 ジゼル・マクレガーは己の境遇にため息をかずにはいられなかった。
 ――早いもので、結婚して約五年。
 恋人だったときにはこまめに愛を囁いてくれた夫も、結婚して以降はほとんど家に寄り付かない。真面目な人間だとばかり思っていたが――いや、それは実際、その通りなのだと思うが、釣った魚には餌をやらないタイプだったとは思いもしなかった。

 夫が言い訳によく使う『忙しい』という理由は本物だろう。

 なにしろ、彼は王国を守る騎士団の一員だ。それも、団長などという大役を任されているのだから、忙しくないわけがない。
 騎士として日々活躍する歳の離れた兄を見ていれば、ジゼルにもそれはわかった。怪我がもとですでに最前線は退いているが、もともとは父親もそうであった。

 だが、まさかこんなにすれ違うことになろうとは――。

 最近では、周囲から子どもの心配までされるようになったというのに、肝心の夫は帰ってこない。そもそも、数カ月に一度しか顔を見せず、やっと帰ってきたかと思えば領地運営の報告を聞くだけで、あとはもう疲れたと言って別室で寝てしまうのだ。子どもなど出来るわけがない。

 無論、奇跡が起きれば一緒に出掛けることもある。
 しかし、外出先で問題が起きれば、非番であるにもかかわらず真っ先に飛び込んでいくし、王宮から連絡が入ればとんぼ返りになる。
 夫の両親が他界したときに子爵位も継いでいるが、その一方で騎士を辞めるつもりはまだないらしく、領地運営はすっかりジゼルの仕事になってしまった。

 ジゼルの父親は騎士爵位を得ていたものの、それはこれまでの働きによって国から与えられたもの。当然領地はないので、ジゼルは夫の両親に教えを乞い、右も左もわからない状態から始めねばならなかった。
 不安を吐き出そうにも、受け止めてくれる夫はそばにいない。家で顔を合わせたときに相談しようとしたところで、「あとにしてくれないか」「今はつらいかもしれないが、もう少し頑張ってほしい」と言われるだけ。
 いつの間にか、ジゼルは言いたいことを言うことができなくなっていた。

 けれど、そんな終わりの見えない日々を終わらせる存在が現れたのだ。

「――いままであたしの代わりにありがとう、ジゼルさま」

 ジゼルは思わず苦笑を浮かべ、ほっと肩から力を抜いた。

(それでは逃げます、――旦那さま)
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

もうすぐ、お別れの時間です

夕立悠理
恋愛
──期限つきの恋だった。そんなの、わかってた、はずだったのに。  親友の代わりに、王太子の婚約者となった、レオーネ。けれど、親友の病は治り、婚約は解消される。その翌日、なぜか目覚めると、王太子が親友を見初めるパーティーの日まで、時間が巻き戻っていた。けれど、そのパーティーで、親友ではなくレオーネが見初められ──。王太子のことを信じたいけれど、信じられない。そんな想いにゆれるレオーネにずっと幼なじみだと思っていたアルロが告白し──!?

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。 王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。 王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

処理中です...