2 / 8
pervert 2
しおりを挟む
ぐいぐいと引っ張られて転びかけ、随分距離をとってからようやく城谷は手を離してくれた。
「何考えてるんだよ…!」
抑えた声で城谷は非難を浴びせ、目の前の男を睨みつける。チラリと光ったドッグタグにはアルファベットでRYUZAKI TORUと刻まれていた。裏には大きく0の数字。龍崎は聞く耳を持たずさっさと歩き出す。
「だって嫌いなんだもん。高みの見物してるみたいでさ」
子供っぽい仕草で唇を突き出し、またポケットに手を突っ込んだ。城谷は忌々しげに龍崎を見ると自分もまた歩き出した。
「いいか、命令違反をしたらすぐ処罰が下る。下手な真似はするな」
厳しい声も適当にかわして龍崎は城谷を横目に見た。猫のような瞳が面白そうに歪む。
「大丈夫だって。俺はちゃんと講義も出てる模範生だよ?」
殺しの許可さえくれれば文句ないし、とあっけらかんと言う。城谷は苦虫を噛み潰したような表情でそれを聞いていた。
龍崎は集団催眠などにかかっていない。宗教を信じてもいないし、自分の命が惜しかったわけでもない。もともと快楽を求めて殺人を犯していたのが暴動を収めた時に偶然捕まっただけなのだ。捕縛時、龍崎のいた部屋はおぞましいことになっていたというのだから吐き気がする。
龍崎は今の状況を楽しんでいた。合法的に殺しができるなんてラッキーだね、と言って無邪気に笑うのだから城谷にはつくづくこの男がわからなかった。傷ついた右目が疼くように感じて思わず眼帯の上から押さえていた。
「痛むの?」
目ざとく見つけて心配そうな声色を出す龍崎を、憎悪を込めて睨みつける。この傷はあの日つけられたものだ。弟も両親も殺され、城谷もひどい怪我を負った。体中についた傷跡はまだ消えていない。潰れた右目はもはや役には立たず、そのうち義眼を嵌めることになるだろう。
城谷は加害者を到底許せる気はしなかった。目の前の男もまた手を血で染めた狂人だ。近しい者の命を奪い、自分に傷を負わせた者たちと同類なのだ。恨みと憎しみは体の傷とともに刻まれ消えることはない。
「うるさい」
冷たく跳ね除けて目を逸らした城谷に、龍崎は肩をすくめた。
龍崎という道具をとことん利用するだけだ。今もなお殺しを続けている犯罪者を断罪し、処刑するために。
二人は地下駐車場へと向かい、車に乗り込んだ。龍崎は助手席に座って頬杖をつき、流れ出したネオンを眺めている。日が沈むのが随分早い。
「ホテルに呼び出してあるんだっけ?本当に来るの?」
吐きかけた息で白くなった車窓に指で落書きをしながら龍崎は怠そうに訊いた。さあ、とだけ言って城谷はハンドルを切る。取り付けたのは上のお方だ。方法も理由も知るところではない。ふうん、と答えて龍崎もそれ以上は聞かなかった。
今まで仕事の失敗をしたことはない。探し出すところから始まるものもあれば今回のように理由をつけて呼び出すこともあった。大抵は捕縛目的なのだが時々生死問わずの相手もいる。
「抵抗されたら殺してもいいとのことだ」
城谷がそう言うと龍崎は嬉しそうに目を光らせ、城谷の横顔を見た。最近は捕縛せよという命令ばかりでまるで警察官の仕事のようでつまらなかったのだ。
やった、と素直に言えば城谷は苦々しい表情をする。それもいつものことなので龍崎は気にしていなかった。
袖口でごしごしと窓の曇りを消して街並みを眺める。要は抵抗させればいいのだ。いや、抵抗したのだとでっちあげてしまえばいい。久しぶりの獲物だと思えば龍崎の瞳は爛々として夜景に負けないほど輝いていた。
「206号室。遊んでないでさっさと片付けてこいよ」
ホテルの前で龍崎を下ろすと、城谷は釘を刺すようにそう言った。中心街から外れたいわゆるラブホテルを背に、龍崎は満面の笑みを見せる。
「もちろん、抵抗されなかったらね!」
くるん、と踵を返した龍崎の胸元でドッグタグが踊った。その後ろ姿を見送って城谷はため息をつきつつシートに沈む。龍崎が言うことを聞く気などさらさらないのは分かっていたことだった。
帰りは遅いだろうと諦めて、城谷は車内の暖房を少し強めた。
「何考えてるんだよ…!」
抑えた声で城谷は非難を浴びせ、目の前の男を睨みつける。チラリと光ったドッグタグにはアルファベットでRYUZAKI TORUと刻まれていた。裏には大きく0の数字。龍崎は聞く耳を持たずさっさと歩き出す。
「だって嫌いなんだもん。高みの見物してるみたいでさ」
子供っぽい仕草で唇を突き出し、またポケットに手を突っ込んだ。城谷は忌々しげに龍崎を見ると自分もまた歩き出した。
「いいか、命令違反をしたらすぐ処罰が下る。下手な真似はするな」
厳しい声も適当にかわして龍崎は城谷を横目に見た。猫のような瞳が面白そうに歪む。
「大丈夫だって。俺はちゃんと講義も出てる模範生だよ?」
殺しの許可さえくれれば文句ないし、とあっけらかんと言う。城谷は苦虫を噛み潰したような表情でそれを聞いていた。
龍崎は集団催眠などにかかっていない。宗教を信じてもいないし、自分の命が惜しかったわけでもない。もともと快楽を求めて殺人を犯していたのが暴動を収めた時に偶然捕まっただけなのだ。捕縛時、龍崎のいた部屋はおぞましいことになっていたというのだから吐き気がする。
龍崎は今の状況を楽しんでいた。合法的に殺しができるなんてラッキーだね、と言って無邪気に笑うのだから城谷にはつくづくこの男がわからなかった。傷ついた右目が疼くように感じて思わず眼帯の上から押さえていた。
「痛むの?」
目ざとく見つけて心配そうな声色を出す龍崎を、憎悪を込めて睨みつける。この傷はあの日つけられたものだ。弟も両親も殺され、城谷もひどい怪我を負った。体中についた傷跡はまだ消えていない。潰れた右目はもはや役には立たず、そのうち義眼を嵌めることになるだろう。
城谷は加害者を到底許せる気はしなかった。目の前の男もまた手を血で染めた狂人だ。近しい者の命を奪い、自分に傷を負わせた者たちと同類なのだ。恨みと憎しみは体の傷とともに刻まれ消えることはない。
「うるさい」
冷たく跳ね除けて目を逸らした城谷に、龍崎は肩をすくめた。
龍崎という道具をとことん利用するだけだ。今もなお殺しを続けている犯罪者を断罪し、処刑するために。
二人は地下駐車場へと向かい、車に乗り込んだ。龍崎は助手席に座って頬杖をつき、流れ出したネオンを眺めている。日が沈むのが随分早い。
「ホテルに呼び出してあるんだっけ?本当に来るの?」
吐きかけた息で白くなった車窓に指で落書きをしながら龍崎は怠そうに訊いた。さあ、とだけ言って城谷はハンドルを切る。取り付けたのは上のお方だ。方法も理由も知るところではない。ふうん、と答えて龍崎もそれ以上は聞かなかった。
今まで仕事の失敗をしたことはない。探し出すところから始まるものもあれば今回のように理由をつけて呼び出すこともあった。大抵は捕縛目的なのだが時々生死問わずの相手もいる。
「抵抗されたら殺してもいいとのことだ」
城谷がそう言うと龍崎は嬉しそうに目を光らせ、城谷の横顔を見た。最近は捕縛せよという命令ばかりでまるで警察官の仕事のようでつまらなかったのだ。
やった、と素直に言えば城谷は苦々しい表情をする。それもいつものことなので龍崎は気にしていなかった。
袖口でごしごしと窓の曇りを消して街並みを眺める。要は抵抗させればいいのだ。いや、抵抗したのだとでっちあげてしまえばいい。久しぶりの獲物だと思えば龍崎の瞳は爛々として夜景に負けないほど輝いていた。
「206号室。遊んでないでさっさと片付けてこいよ」
ホテルの前で龍崎を下ろすと、城谷は釘を刺すようにそう言った。中心街から外れたいわゆるラブホテルを背に、龍崎は満面の笑みを見せる。
「もちろん、抵抗されなかったらね!」
くるん、と踵を返した龍崎の胸元でドッグタグが踊った。その後ろ姿を見送って城谷はため息をつきつつシートに沈む。龍崎が言うことを聞く気などさらさらないのは分かっていたことだった。
帰りは遅いだろうと諦めて、城谷は車内の暖房を少し強めた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる