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走って帰る冬の朝
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きちんとカーテンを引かれた寝室は暗く、いつまでも夜の中にあった。外は日が昇っているようだが、怠惰な休日に朝を招いれるつもりはない。潤也は大抵休みの日は昼過ぎまで寝ている。目が覚めても再び瞼を閉じ、睡眠に戻っていた。
それなのにふと身動いだのは、隣の気配がなくなっていたからだった。一緒に眠ったはずの昌則がいなくなっている。家の中には自分以外の気配がなかった。
これが付き合い始めた頃ならば一体どこに行ってしまったんだ、愛想を尽かされたのかと飛び起きて探していたことだろう。連絡もつかずに途方に暮れた頃にけろりとした顔で帰ってきて、日課のランニングをしていたと言われた日は安堵に腰が抜けてしまうかと思った。
健康的な恋人は、こんな冬の朝も走りに行っているらしい。寒いと言いながら出て行って、耳を赤くして帰ってくる。早朝でも昌則の足は鈍ることがない。むしろ休むと調子が出ないらしい。
一人でうつらうつらとしていると、玄関扉が開く音がした。少しだけ意識が浮上する。眠る潤也を起こさないように静かに入ってくる音がする。耳を澄ませていると、殺した足音が伝わってきた。シャワーを浴びる水音を聞きながら、また眠りに落ちていたようだった。次に目が覚めたのは寝室に戻ってきた昌則が、そっとベッドに潜り込んだ時だった。
「……おかえり」
目を閉じたまま小さく呟くと、すぐ側で笑った気配が鼻先に感じられた。
「ただいま」
風呂上がりの湯気を纏ったぬくもりがベッドを温める。嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いがした。安心してまた眠気が湧いてきてしまう。それでも朝一番の顔が見たくて、重たい瞼を押し上げた。
薄暗い室内に昌則の姿がある。シーツに頬を柔く潰されて、瞳を弓なりにして潤也を見つめていた。乾きたての黒髪が少しまつ毛に悪戯をして、首を傾げた拍子にさらりと流れていった。
「おはよ」
潤也と目が合うと昌則は嬉しそうに言った。まるで久しぶりに会えたような弾んだ声に、潤也も知らず唇を笑ませる。潤也だって昌則に今日もまた会えて嬉しかった。
「ん、おはよう」
溶けたように重たくなった指の背で昌則の頬を撫ぜる。想像通りの慣れた熱が伝わってきた。昌則はじゃれつくようにして指に唇で触れてくる。柔らかい感触が愛おしかった。
ベッドからなかなか出たくないのは寒いからだけではない。まだこうしていたくて、どちらも起きようとは言わなかった。
それなのにふと身動いだのは、隣の気配がなくなっていたからだった。一緒に眠ったはずの昌則がいなくなっている。家の中には自分以外の気配がなかった。
これが付き合い始めた頃ならば一体どこに行ってしまったんだ、愛想を尽かされたのかと飛び起きて探していたことだろう。連絡もつかずに途方に暮れた頃にけろりとした顔で帰ってきて、日課のランニングをしていたと言われた日は安堵に腰が抜けてしまうかと思った。
健康的な恋人は、こんな冬の朝も走りに行っているらしい。寒いと言いながら出て行って、耳を赤くして帰ってくる。早朝でも昌則の足は鈍ることがない。むしろ休むと調子が出ないらしい。
一人でうつらうつらとしていると、玄関扉が開く音がした。少しだけ意識が浮上する。眠る潤也を起こさないように静かに入ってくる音がする。耳を澄ませていると、殺した足音が伝わってきた。シャワーを浴びる水音を聞きながら、また眠りに落ちていたようだった。次に目が覚めたのは寝室に戻ってきた昌則が、そっとベッドに潜り込んだ時だった。
「……おかえり」
目を閉じたまま小さく呟くと、すぐ側で笑った気配が鼻先に感じられた。
「ただいま」
風呂上がりの湯気を纏ったぬくもりがベッドを温める。嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いがした。安心してまた眠気が湧いてきてしまう。それでも朝一番の顔が見たくて、重たい瞼を押し上げた。
薄暗い室内に昌則の姿がある。シーツに頬を柔く潰されて、瞳を弓なりにして潤也を見つめていた。乾きたての黒髪が少しまつ毛に悪戯をして、首を傾げた拍子にさらりと流れていった。
「おはよ」
潤也と目が合うと昌則は嬉しそうに言った。まるで久しぶりに会えたような弾んだ声に、潤也も知らず唇を笑ませる。潤也だって昌則に今日もまた会えて嬉しかった。
「ん、おはよう」
溶けたように重たくなった指の背で昌則の頬を撫ぜる。想像通りの慣れた熱が伝わってきた。昌則はじゃれつくようにして指に唇で触れてくる。柔らかい感触が愛おしかった。
ベッドからなかなか出たくないのは寒いからだけではない。まだこうしていたくて、どちらも起きようとは言わなかった。
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