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風邪っぴきの日には
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その日は朝から大輔の調子がおかしかった。寝起きの顔を見た時に、ああこれは熱が出ているな、と健一は気づく。しかし仕事を休むわけにもいかずフラフラのまま家を出て行った。優しく声でもかけようものなら何とか体を支えている気力が折れそうだったため普段通りに送り出す。幸い、今夜は珍しく帰りが早いようだった。大輔のことだからどうにかこなしてくるだろうが朝からの会議が心配だ。きっと顔色が悪いのは気づかれてしまうだろう。夕飯を作って待っていてやろうと健一は心に決めた。
その夜、大輔は朝よりもフラフラになって帰ってきた。健一が出迎えると、玄関で靴を脱いでいる背が今にも倒れそうでヒヤヒヤする。
「おかえり」
うっかり深刻そうな声が出てしまった。大輔は小さく頷き、そのまま健一の胸に寄りかかってくる。疲れたため息を聞きながら頭を撫で、さりげなく額に手を当てた。やはりいつもよりも熱い。
「ご飯食べる?」
しっかりと抱き締めてやりながら聞けば、いらない、と小さな声が返ってきた。食欲がないのだろう。しかし、大輔はキッチンから香ってきた匂いに反応する。
「カレー……?」
家で作るカレーの香ばしい香りだ。顔を埋めている健一のシャツからもほのかに香っている気がする。
「うん、カレーなら食べられるでしょ?」
カレー、と大輔は内心もう一度繰り返す。頭がグラングランとし、喉が痛くて吐き気さえしていたが、どこからか食欲が湧くのを感じた。匂いにつられたからか、朝も昼もろくに食べていない胃袋が音を立てる。
「……卵のっけて。とろとろのやつ」
ぎゅうっと健一に抱きついたまま大輔はそっと甘えた声を出す。うん、と答えて健一はその背を軽くさすってやった。満足したのか、大輔がそろそろと顔を上げると、リビングまで荷物を持って行ってやる。ぐんにゃりと力の抜けた体を手を引いて歩かせてやり、ソファーに座らせた。
はあ、と熱っぽいため息を吐いて大輔はソファーに沈み込む。その目はとろんとしていて、いかにも具合が悪そうだ。冷えピタあったかな、と考えながら健一はできたてのカレーをさっさと皿によそう。リクエスト通りに半熟の目玉焼きも乗っけてやった。自分の分も手早くよそって持っていく。放っておいたら大輔はそのまま眠ってしまいそうだ。
「はい、どうぞ」
スプーンを握らせてやる。大輔はのろのろと手を動かして卵を潰した。薄く薄くつくった膜が破れてとろっと黄身が流れ出す。ルーと混じったそれを、炊きたての白飯と一緒に一口分スプーンに乗せた。口を開き、スプーンを迎え入れる。
「おいしい」
大輔はボソッと言って、二口目に取り掛かる。健一はそれだけでほっとして自分もスプーンを持った。大輔がもくもくと食べてくれている。栄養をきちんと取らないと治るものも治らない。大輔に食欲が戻って一安心だ。
「デザートに甘いのは?」
「……ぜりー」
訊いてみれば子供のような声が返ってくる。なんとなく予測できていたため冷蔵庫に待機済みだ。どうして風邪の時はゼリーだのヨーグルトだのを食べたくなるのだろう。カレーをぺろりと完食した大輔の前にりんごゼリーを出してやって、皿を片付けた。洗い物をしながら大輔を見れば、ちまちまとゼリーにスプーンをいれていてなんだかおかしかった。
「お風呂入っちゃいなよ」
もちろん風呂も準備済みだ。ゼリーを食べ終えた大輔は随分眠そうにしていた。すぐに寝かしてやりたいのはやまやまだが、明日も朝が早いのだ。たくさん寝るためには先に風呂に入ってもらわなくては。んん、とぐずるような声を出して大輔はぐったりとしている。どうするかな、と考えていればのそのそと立ち上がってふらつきながら風呂場に行ってしまった。なんだか途中で倒れそうで心配だ。
シャワーを浴びる音がし始めて、大輔が戻ってくるのをそわそわと待つ。無音になると、もしや力尽きたのではないかと余計に思ってしまった。どれくらい経ったら見に行こうか、溺れていたらどうしようか、と考えていたのは杞憂で、大輔はいつも通りの脱力具合で戻ってきた。パジャマ代わりのTシャツを着ているが、髪が濡れたままでせっかくの着替えも濡れてしまいそうだ。健一はタオルで髪を軽く拭ってやると、既に半分瞼の落ちている大輔の手を引いて寝室に入った。
ベッドに腰掛けさせてドライヤーをかけてやる。頭がかくんかくんと揺れていて、なんだか小さな子供のようだ。眠かったら寝ていいよ、とは言っていたが、大輔は何とか意識を保っているらしい。髪を乾かし終えた時にはもう限界間際で、そのままベッドに倒れこんでしまった。起きてなくてもよかったのに、とくすりと笑って健一は毛布を引き上げて温かくしてやる。自分も風呂に入ってこようかと思っていると、すっかり力の抜けた大輔の手が伸ばされた。その手は健一の手の上に乗り、熱を伝えてくる。
しょうがないな、と微笑混じりのため息をついて健一もベッドに潜り込んだ。風呂上がりの温かな体を抱き締めてやれば大輔は安心したように力を抜く。
「おやすみ」
温風で温められた髪をふわふわと撫で、優しい声を出してやる。大輔は柔らかく寝息を立て始め、健一はその体を抱いてやっていた。明日には熱が下がっているといい。祈るように思いながら、健一もうっかりうつらうつらとしてしまうのだった。
まだ早い夜の中、ベッドには二人分の体温が収まっている。
その夜、大輔は朝よりもフラフラになって帰ってきた。健一が出迎えると、玄関で靴を脱いでいる背が今にも倒れそうでヒヤヒヤする。
「おかえり」
うっかり深刻そうな声が出てしまった。大輔は小さく頷き、そのまま健一の胸に寄りかかってくる。疲れたため息を聞きながら頭を撫で、さりげなく額に手を当てた。やはりいつもよりも熱い。
「ご飯食べる?」
しっかりと抱き締めてやりながら聞けば、いらない、と小さな声が返ってきた。食欲がないのだろう。しかし、大輔はキッチンから香ってきた匂いに反応する。
「カレー……?」
家で作るカレーの香ばしい香りだ。顔を埋めている健一のシャツからもほのかに香っている気がする。
「うん、カレーなら食べられるでしょ?」
カレー、と大輔は内心もう一度繰り返す。頭がグラングランとし、喉が痛くて吐き気さえしていたが、どこからか食欲が湧くのを感じた。匂いにつられたからか、朝も昼もろくに食べていない胃袋が音を立てる。
「……卵のっけて。とろとろのやつ」
ぎゅうっと健一に抱きついたまま大輔はそっと甘えた声を出す。うん、と答えて健一はその背を軽くさすってやった。満足したのか、大輔がそろそろと顔を上げると、リビングまで荷物を持って行ってやる。ぐんにゃりと力の抜けた体を手を引いて歩かせてやり、ソファーに座らせた。
はあ、と熱っぽいため息を吐いて大輔はソファーに沈み込む。その目はとろんとしていて、いかにも具合が悪そうだ。冷えピタあったかな、と考えながら健一はできたてのカレーをさっさと皿によそう。リクエスト通りに半熟の目玉焼きも乗っけてやった。自分の分も手早くよそって持っていく。放っておいたら大輔はそのまま眠ってしまいそうだ。
「はい、どうぞ」
スプーンを握らせてやる。大輔はのろのろと手を動かして卵を潰した。薄く薄くつくった膜が破れてとろっと黄身が流れ出す。ルーと混じったそれを、炊きたての白飯と一緒に一口分スプーンに乗せた。口を開き、スプーンを迎え入れる。
「おいしい」
大輔はボソッと言って、二口目に取り掛かる。健一はそれだけでほっとして自分もスプーンを持った。大輔がもくもくと食べてくれている。栄養をきちんと取らないと治るものも治らない。大輔に食欲が戻って一安心だ。
「デザートに甘いのは?」
「……ぜりー」
訊いてみれば子供のような声が返ってくる。なんとなく予測できていたため冷蔵庫に待機済みだ。どうして風邪の時はゼリーだのヨーグルトだのを食べたくなるのだろう。カレーをぺろりと完食した大輔の前にりんごゼリーを出してやって、皿を片付けた。洗い物をしながら大輔を見れば、ちまちまとゼリーにスプーンをいれていてなんだかおかしかった。
「お風呂入っちゃいなよ」
もちろん風呂も準備済みだ。ゼリーを食べ終えた大輔は随分眠そうにしていた。すぐに寝かしてやりたいのはやまやまだが、明日も朝が早いのだ。たくさん寝るためには先に風呂に入ってもらわなくては。んん、とぐずるような声を出して大輔はぐったりとしている。どうするかな、と考えていればのそのそと立ち上がってふらつきながら風呂場に行ってしまった。なんだか途中で倒れそうで心配だ。
シャワーを浴びる音がし始めて、大輔が戻ってくるのをそわそわと待つ。無音になると、もしや力尽きたのではないかと余計に思ってしまった。どれくらい経ったら見に行こうか、溺れていたらどうしようか、と考えていたのは杞憂で、大輔はいつも通りの脱力具合で戻ってきた。パジャマ代わりのTシャツを着ているが、髪が濡れたままでせっかくの着替えも濡れてしまいそうだ。健一はタオルで髪を軽く拭ってやると、既に半分瞼の落ちている大輔の手を引いて寝室に入った。
ベッドに腰掛けさせてドライヤーをかけてやる。頭がかくんかくんと揺れていて、なんだか小さな子供のようだ。眠かったら寝ていいよ、とは言っていたが、大輔は何とか意識を保っているらしい。髪を乾かし終えた時にはもう限界間際で、そのままベッドに倒れこんでしまった。起きてなくてもよかったのに、とくすりと笑って健一は毛布を引き上げて温かくしてやる。自分も風呂に入ってこようかと思っていると、すっかり力の抜けた大輔の手が伸ばされた。その手は健一の手の上に乗り、熱を伝えてくる。
しょうがないな、と微笑混じりのため息をついて健一もベッドに潜り込んだ。風呂上がりの温かな体を抱き締めてやれば大輔は安心したように力を抜く。
「おやすみ」
温風で温められた髪をふわふわと撫で、優しい声を出してやる。大輔は柔らかく寝息を立て始め、健一はその体を抱いてやっていた。明日には熱が下がっているといい。祈るように思いながら、健一もうっかりうつらうつらとしてしまうのだった。
まだ早い夜の中、ベッドには二人分の体温が収まっている。
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