隣の席の宇宙人

水ノ灯(ともしび)

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制服のスカートは冬用の厚い生地でも寒さを防げていなかった。一番濃い色のタイツを履いて足早に通学路を進む。高校が近くなると、同じ制服が群れをなしていた。わざわざ短くしたスカートにハイソックスを履いているのを見ると、目に飛び込んでくる肌色が気温を下げるようだった。ダッフルコートのポケットに手を突っ込んで、急いで通り抜ける。今日も鐘が鳴る十五分前に校門を潜った。
昇降口でローファーを脱ぐと、冷え切った床に足をつける。下足箱までタイツのまま歩いていき、室内履きに履き替えた。隣のクラスとは下足箱が向かい合っており、重そうなリュックサックを背負った生徒が後ろを通り抜けていった。あちこちで朝の挨拶が交わされている。電気がついていても昇降口は不思議と暗い。開け閉めを繰り返される扉から外の風が吹き込んでくる。凍えた手を温めながら、教室へ急いだ。
「今日の日直、ウチュウジンじゃん」
教室の扉を開けようとすると、中から男子の声が聞こえてきた。そこでようやく自分が日直であることを思い出した。
ウチュウジンというのは、中学校からついたあだ名だった。宇仁宙という名前はウニソラと読むのだが、中学二年生の時に先生が読み間違えた。「ウジン、チュウ」と呼ぶ不思議そうな声を覚えている。宇仁はともかく、宙まで読めないとは思わなかった。クラスは弾けるような笑いに包まれ、チュウとジンを入れ替えてウチュウジンと呼ばれるようになった。
宙はそのあだ名を気に入っていなかったが、嫌だと言うほど面白がられる年齢だった。からかわれないように平気なふりをしていたら、今はあだ名として定着してしまっている。それ以上何があるわけでもないので、黙って呼ばれるままにしていた。
教室のドアを開くと四方から視線が向けられる。宙であることに気がつくとなんだというようにまたそれぞれの会話に戻っていった。日直だと言っていた男子も、宙が現れたところで話しかけてくるわけではない。この学校に来て一年が経とうとしていたが、宙は未だクラスに馴染めないでいた。
教室に入る時、大きな声で挨拶なんてできない。休み時間の度に誰かに話しかけ、トイレに一人で行けないような子達を見ていると自分とは別の生き物であるような気がした。席に座ってじっと本を読んで過ごす方がいい。輪に入ろうとしない相手に構うほどみんな暇ではない。誰も宙を孤立させようとしているわけではないが、常に群れで行動する学生たちの中でどこにも属さなければ同じことだった。
鞄を置き、机の中に教科書やノートを入れる。窓際の一番後ろにある宙の席は冬場になると足元が冷えた。すぐ隣の机は持ち主がいないのだからそちらに移ってしまいたい。先月転校した生徒の机がそのままになっていて、休み時間になると女子がおしゃべりに集まってくる。静かに過ごしたい宙にとっては少しも喜ばしくないことだった。
日直は朝のホームルームが始まる前に担任のところへ行く決まりになっている。職員室に足を運んだが、担任の姿はなかった。見回してもどこにも見当たらなかったので、仕方なく机に置かれた日直日誌を手に職員室を後にする。日直になっても頼まれ事をされたことはなかったので、問題はないはずだ。どうせ十分後には教室で顔を合わせるのだから。
ホームルームの時間になると、担任が席を外していた理由を知ることになった。数分遅れでやってきた担任は教卓に立ってクラスを見渡す。無駄話が止むのを待って口を開いた。
「今日は転校生がいます」
突然の発表だった。再びざわめきが広がっていく。
「こんな時期に転校生?」
「どんな子だろう」
前の席の子が隣の席に体を傾け、潜めた声で内緒話が始まる。全員がそうして近くの生徒と話し出す。ひとつひとつの小さな声が集まって教室を騒がしくしていた。宙だけはぽつんと空いた隣の席に話す相手もおらず、担任の言葉を待った。
「静かに。ほら、入ってきなさい」
担任は学生達に形だけの注意をすると、扉の外に声をかけた。一斉に注意が向けられる。黙って座っていたが、宙も転校生が気にならないわけではなかった。
そっと扉が開かれる。現れた生徒を見て、みんな息を飲んだ。転校生は女の子だった。彼女は大勢の視線を浴びていても迷いのない足取りで教室に入り、担任の隣に立った。教室は静まり返っている。誰もがこの転校生に目を奪われていた。
波打つ金色の髪の毛が腰まで続いている。透き通るような白い肌。頬と唇は薔薇色に染まっている。零れそうに大きな瞳は淡い青色で、長いまつ毛に縁取られていた。みんなと同じ制服を規則通りに着ているだけなのに、まるで彼女のために作られた衣装のようだった。
「名前を書いて、自己紹介を」
担任に言われて彼女はチョークを手に取り黒板に向かう。手の動きに合わせて硬質な音が響いた。カツカツと何度も音を切りながら苗字が記され、その半分くらいの時間で名前が出来上がった。
「綺羅星きららです」
振り返った彼女は、甘い洋菓子のような可愛らしい声で名前を読み上げた。聞き慣れない名前の響きも現実離れした彼女の容姿によく似合っていた。
「よろしくお願いします」
礼をすると、柔らかな金の髪が揺れる。きららが顔を上げてクラスを見回した。幻でも見せられているように目を奪われていた生徒達は、やっと意識を取り戻してそれぞれ拍手をした。
「綺羅星さんはご両親の仕事の都合で日本に来ました」
担任がきららを手で示しながら紹介をする。
「ハーフですが日本語は堪能です。ただ、長くこの国にいなかったので分からないこともあるかと思います。みなさん仲良くしてあげてください」
もう一度きららが頭を下げると、先程より大きな拍手に包まれた。宙も力を入れずに手を叩き合わせる。言われてみるときららの礼は少しぎこちないような気がした。
「綺羅星さんの席はあそこです」
担任が宙を指差していた。こちらを向いたきららと目が合う。驚いて背筋を伸ばした。しかし二人が見ていたのは空いた机だった。宙はようやく転校生は自分の隣に座るのだと気が付いた。
「ウチュウジンの隣じゃん」
誰かの声が上がる。独り言のような言い方だったが、静かな教室ではっきりと聞こえた。きららの耳にも入ってしまっただろう。おかしなあだ名を聞かれた気まずさできららを窺うと、青色の瞳がさらに大きく見開かれていた。
ふわっと髪が跳ねた。かと思えばきららはみるみる目の前に迫ってくる。黒板の前から一直線に駆け寄ってきた。机に両手が乗る。呆気に取られて見つめていると、きららは前のめりに見下ろしてきた。
「あなた、宇宙人なの?」
ガラス玉のような瞳を輝かせ、真剣な顔で見つめられる。あまりのことに何も言えなかった。口を半開きにしたまま固まっていると、どこかから笑い声が聞こえてきた。それを皮切りに、教室が笑い声に包まれる。きららはそれでも唇を引き結び、じっと答えを待っていた。
宙は顔に熱が集まってくるのを感じて俯く。初めて名前を呼び間違えられ、このあだ名がついた日と同じだった。全員の視線が集まるのが恥ずかしくて消えてしまいたくなる。小さく縮こまった体が勝手に震えた。
「ウチュウジンってあだ名だよ」
前の席から笑い混じりの声が聞こえてくる。宙が顔を上げられずに下を向いていると、机に乗った形の綺麗な指がそろそろと下がっていった。
「あ、私てっきり……」
きららはまるで本当に宇宙人と間違えたかのように気恥ずかしげな声を出す。再び笑いが湧き上がった。
「綺羅星さんって面白い」
「天然? かわいい」
先程よりも和やかな笑いの中でそんな言葉が聞こえてくる。宙よりも注目を集めたきららは、気負いすることなく当たり前のように席に座った。
「よろしくね。ウチュウジンさん」
にっこりと笑いかけた顔は人形のように綺麗だった。引き始めた熱が一気にぶり返してくる。恥ずかしさと憤りのせいで目頭まで熱くなって、何も言えなかった。再び起こった笑い声に飲み込まれていく。明らかに顔を歪めた宙を見ても、きららは微笑んだままだった。
この日から変わり者の転校生が隣の席になった。
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