裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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絶対零度の共振

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 夜の闇がすっかり深まり、ますます冷え込んだ風がコートを揺らす。佐々木は再び潜入先の建物前に立っていた。その後ろに安居と乾を引き連れ、正面から向かっていく。
 佐々木は逃がされた際に交換条件を出されていた。佐々木と冴島の安全を保障する代わりに、安居事務所ごと傘下に下れと。冴島を人質にとられ、他の仲間をこの場に連れて来いと脅された。それを飲み、佐々木だけが一時的に解放されたと言うわけだ。事務所への悪意のこもった嫌がらせは佐々木への釘刺しでもあったのだろう。このまま逃げられると思うなと言い含められている。そして、逆らえば冴島の身柄も保証できないと言っているように聞こえた。
 佐々木が二人を連れて向かっていけば、やっと来たかと言うように見張りに迎えられる。若頭に報告に行けと言葉を交わす見張りの首に、後ろからするりと腕が絡みついた。抵抗する間もなく締め上げられた男はがくりと膝を折る。驚いて銃を構えようとした男もすぐさま無力化された。
 佐々木に気を取られているうちに踏み入った涼とヨウが、気絶させた男達を静かに横たわらせると先導して扉を開けた。何事だと慌てふためく男達を二人が次々と倒していく。この混乱に乗じて裏口からは友弥と幸介が突入しているはずだった。裏口の鍵はレプリカが開き、Nは援軍が来れば外から射撃をする手筈になっている。
 彼らに大人しく下る気はさらさらない。結局騒ぎになるなら正面突破が一番いい。一掃するまで待っていろと言われた佐々木達は屋敷に入らずに身を隠して合図を待つ。血飛沫が上がったのが見え、銃声が幾度も鳴った。
 扉からひらりとヨウの手が手招いた。こちらに顔を出そうとした涼が前を見ろと言うようにヨウに背中を蹴られている。油断なく銃を構えた二人の後ろをついて佐々木達は屋敷内へと入っていく。ヨウと涼が使っている銃は男達から奪ったものだった。内部抗争に見せかけて騒ぎを収めるつもりなのだ。
 新たに現れた男達を始末しながら、今のうちに行けとヨウが声をかける。

「あっちだ」

 佐々木は奥を指差して冴島と別れた部屋に進んだ。乾も身を屈めて佐々木の後に続いていった。しかし安居は一人その場に立ち尽くしていた。倒れた男の傍に転がっていた銃を見下ろし、ゆっくりと拾い上げる。
 事務所の代表として、彼らの仲間として、向こうの頭である組長に一矢報いなければならない。こんな修羅場で恐怖に負けずに戦意を持ち続けることは難しかったが、安居は決意に満ちた表情で奥の部屋を睨み付ける。今も最奥で部下に指示をしているだろう男を始末しなければならない。事務所を揺さぶり仲間に痛い思いをさせた報いを必ず。

「なにしてんの、やっすん」

 銃を持った手に力を込めすぎた時、ゆるい声が安居を引き止めた。緊張に上がっていた肩が叩かれ、慌てて振り返れば涼がそこに立っていた。襲ってきた男達を簡単に退けた彼は返り血すら浴びておらず、平静の表情で安居を見ている。わなわなと震える銃を見やり、そっと手が重ねられた。

「こんな誰にでもできる仕事、俺達に任せとけばいいんだよ」

 安居がこの手で組長と決着を付けなければと思っていたことが分かったのだろう。歳下の男は諭すように言って安居を覗き込む。誰が撃とうと消える命は変わらない。安居が終止符を打ったからと言って何かが変わることはない。
 飽くほどに人の死を見てきた涼の瞳がじっと注がれれば、安居は手から力を抜いた。銃が転がり落ち、血で汚れた床を滑る。手放してようやく、ひどく重たい物を手にしていたのだと気づいた。手の平には銃の跡がくっきりと残り、少し痺れていた。

「行ってあげなよ」

 涼は大人らしい笑みで言った。仲間を迎えにいくのは、安居にしかできないことだ。何をするよりそれが一番冴島のためになるだろう。窮地に現れる仲間の存在ほど心を救うものはないのだから。

「……すまん。俺がアホやった」 

 涼に背中を押されて安居は走り出す。佐々木と乾が向かった先へと急ぐ背中を見送り、涼は満足そうに瞳を細めた。
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