裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

文字の大きさ
上 下
112 / 114
絶対零度の共振

12

しおりを挟む
 夜の闇がすっかり深まり、ますます冷え込んだ風がコートを揺らす。佐々木は再び潜入先の建物前に立っていた。その後ろに安居と乾を引き連れ、正面から向かっていく。
 佐々木は逃がされた際に交換条件を出されていた。佐々木と冴島の安全を保障する代わりに、安居事務所ごと傘下に下れと。冴島を人質にとられ、他の仲間をこの場に連れて来いと脅された。それを飲み、佐々木だけが一時的に解放されたと言うわけだ。事務所への悪意のこもった嫌がらせは佐々木への釘刺しでもあったのだろう。このまま逃げられると思うなと言い含められている。そして、逆らえば冴島の身柄も保証できないと言っているように聞こえた。
 佐々木が二人を連れて向かっていけば、やっと来たかと言うように見張りに迎えられる。若頭に報告に行けと言葉を交わす見張りの首に、後ろからするりと腕が絡みついた。抵抗する間もなく締め上げられた男はがくりと膝を折る。驚いて銃を構えようとした男もすぐさま無力化された。
 佐々木に気を取られているうちに踏み入った涼とヨウが、気絶させた男達を静かに横たわらせると先導して扉を開けた。何事だと慌てふためく男達を二人が次々と倒していく。この混乱に乗じて裏口からは友弥と幸介が突入しているはずだった。裏口の鍵はレプリカが開き、Nは援軍が来れば外から射撃をする手筈になっている。
 彼らに大人しく下る気はさらさらない。結局騒ぎになるなら正面突破が一番いい。一掃するまで待っていろと言われた佐々木達は屋敷に入らずに身を隠して合図を待つ。血飛沫が上がったのが見え、銃声が幾度も鳴った。
 扉からひらりとヨウの手が手招いた。こちらに顔を出そうとした涼が前を見ろと言うようにヨウに背中を蹴られている。油断なく銃を構えた二人の後ろをついて佐々木達は屋敷内へと入っていく。ヨウと涼が使っている銃は男達から奪ったものだった。内部抗争に見せかけて騒ぎを収めるつもりなのだ。
 新たに現れた男達を始末しながら、今のうちに行けとヨウが声をかける。

「あっちだ」

 佐々木は奥を指差して冴島と別れた部屋に進んだ。乾も身を屈めて佐々木の後に続いていった。しかし安居は一人その場に立ち尽くしていた。倒れた男の傍に転がっていた銃を見下ろし、ゆっくりと拾い上げる。
 事務所の代表として、彼らの仲間として、向こうの頭である組長に一矢報いなければならない。こんな修羅場で恐怖に負けずに戦意を持ち続けることは難しかったが、安居は決意に満ちた表情で奥の部屋を睨み付ける。今も最奥で部下に指示をしているだろう男を始末しなければならない。事務所を揺さぶり仲間に痛い思いをさせた報いを必ず。

「なにしてんの、やっすん」

 銃を持った手に力を込めすぎた時、ゆるい声が安居を引き止めた。緊張に上がっていた肩が叩かれ、慌てて振り返れば涼がそこに立っていた。襲ってきた男達を簡単に退けた彼は返り血すら浴びておらず、平静の表情で安居を見ている。わなわなと震える銃を見やり、そっと手が重ねられた。

「こんな誰にでもできる仕事、俺達に任せとけばいいんだよ」

 安居がこの手で組長と決着を付けなければと思っていたことが分かったのだろう。歳下の男は諭すように言って安居を覗き込む。誰が撃とうと消える命は変わらない。安居が終止符を打ったからと言って何かが変わることはない。
 飽くほどに人の死を見てきた涼の瞳がじっと注がれれば、安居は手から力を抜いた。銃が転がり落ち、血で汚れた床を滑る。手放してようやく、ひどく重たい物を手にしていたのだと気づいた。手の平には銃の跡がくっきりと残り、少し痺れていた。

「行ってあげなよ」

 涼は大人らしい笑みで言った。仲間を迎えにいくのは、安居にしかできないことだ。何をするよりそれが一番冴島のためになるだろう。窮地に現れる仲間の存在ほど心を救うものはないのだから。

「……すまん。俺がアホやった」 

 涼に背中を押されて安居は走り出す。佐々木と乾が向かった先へと急ぐ背中を見送り、涼は満足そうに瞳を細めた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。 ※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です! (医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...