裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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絶対零度の共振

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 新築とまでは言えないまでも比較的新しいビルは、思った以上に内装は清潔だった。治安は期待できないが立地もそう悪くはない。十分な広さのある部屋に、給湯室にはガスコンロまで付いている。事務所を構えるに申し分ない場所であった。
 安居、冴島、乾はうろうろと見回しながら自分達の仕事場となる新たな城に満足げだった。早速どこにデスクを置こう、ここは応接室に相応しいと相談が始まる。余った部屋は仮眠室ということで、ベッドが欲しいと冴島が言い出した。いざとなったら泊まり込みで働ける仕様に、どれだけ仕事をするつもりだと安居が苦笑する。常は落ち着きを見せる乾も舞い上がっているのが隠しきれず、あちこちを忙しなく見て回っている。
 ここが自分達の事務所になるのだと、安居は感慨深い気持ちで広い室内を見回していた。

「これからやで」

 まるで登頂仕切った後のような達成感を見せる安居に、冴島が笑いかける。まだまだしなければならないことは山積みで、少しも気を抜いてはいられない。

「分かっとるよ」

 安居はそう返したが、胸に広がる思いは冴島も同じだと分かっていた。やっとここまで辿り着いたと、長かった日々を思う。自分達はここから始まっていく。この先も決して簡単な道ではない。新たに加わった乾の力も借りて、絶対に生き延びてみせるのだと決意を固めた。





 本格的に始動した闇金融ではあったが、滑り出しは好調に思えたもののどうも悪い風が吹いていた。新品のデスクで頭を抱える安居の手元には、借金を丸ごと返して去っていった顧客のリストがある。彼らの仕事は客が借金の利子を払い続けて借りた金まではなかなか返せぬところに儲けがある。長く借りているほど長い儲けが出るため、こうあっさりと全額返済されれば一人の顧客から取れる金額は美味しくはない。そもそも、簡単に返せるあてがあるなら初めから闇金融など頼っていないはずだ。どこから捻出してきた金だと訝しむ。

「これは客取られてんなあ」

 同じくリストを睨みつけていた冴島が苦く言った。おそらく、借金の借り換えが行われている。要はうちの方が利子が少ないからうちで借りてくれと、丸ごと金を出してくれる会社があるということだ。たとえ数パーセントだろうと払う金が少ない方に顧客は流れる。そこで借りた金で借金を返し、この事務所から逃れていっているのだろう。
 そんなことをされては商売上がったりだ。決して防げるようなことではないが、それにしては数が多すぎる。新しくできたライバル会社が宣伝でもしているのか、と思ったがそれなら耳に入ってきてもいいはずだ。乾ですら低金利の闇金融について情報を得ていないのだから、不自然であった。

「…………ちょっといいですか」

 乾は不意に席を立つと、安居のデスクに向かってきた。一体何かと顔を上げれば乾はパソコンを貸せと手で示した。安居が席を譲り、乾に任せる。何をどう操作しているのか分からなかったが、乾は何かのデータを見ているようだった。

「この間インターネット工事の業者が来ましたよね」

 事務所の工事で業者を呼んだが、それがどうしたのだと安居は不思議そうにする。一体何が引っかかっているのか分からなかったが、乾が担当の者と連絡を取れというのでもらった書類と名刺を引っ張り出してきた。訳もわからず安居は電話をかける。
 やりとりを聞いていれば、安居の声はだんだんと訝しげになり受け答えは乱れていく。狐につままれたような顔で受話器を置いた安居に、予想通りだと言いたげに乾は視線をやった。

「この佐藤さんって人、確かに自分の名刺やけど行った覚えはないって……」

 工事は完了していることになっているが、誰が担当に行ったか分からないという。互いに何が起きているのか分からず、向こうも調べてみると狼狽えていた。
 やっぱり、と乾が口にするので何か掴んだのかと冴島も画面を覗き込んだ。しかし英数字の羅列に多少の意味は分かっても乾のように核心は見えてこない。

「これ、顧客データ抜き取られてるんですよ。勝手に送るようになってます」

 マウスカーソルが文字をなぞっていく。今まで気づかなかったのが不服だとばかりに乾は不機嫌な顔つきだった。安居も冴島もまさかデータを覗き見られていたとは知らず、真っ青になる。紙面で顧客管理をしていては効率が悪いとデータ化した結果がこれなのかと頭が痛かった。

「ええ度胸やなあ」

 安居と冴島が先を考える前に、乾はゆらりと瞳に炎を灯していた。曰く、こんなに手垢を残しまくって喧嘩を売るなんてどうなっても知らないぞと。乾の敵対心が煽られてしまったらしい。こうなっては下手に触れると飛び火する危険がある。安居と冴島の視線が噛み合った。ここは乾に任せようと無言で意見が合致する。何やら真剣にキーボードを叩き出した乾からそっと距離を取り、邪魔をしないよう物音を殺して部屋を出たのだった。
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