裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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絶対零度の共振

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 とんでもない大立ち回りを見下ろして安居と乾は唖然とするしかない。加勢しようにもあの二人とは違い、喧嘩すらせず育ったような自分達にできることはないように思えた。のこのこ出て行ったところでどう考えても足を引っ張るだけだ。最初は多勢に無勢だとハラハラしていたが、今や相手の方が可哀想に思えてくるほど一方的だった。何はともあれ、助かった。
 胸を撫で下ろしかけた二人だったが、玄関を叩く音が聞こえてくる。暴れる鷹野と神蔵から逃れるように、当初の目的を果たそうと男達がやってきたのだ。まるで自分達が金を回収しに行く時のように怒声が聞こえてくる。開けろ開けろとがなられる方は全く気分がいいものではない。どうしたらいいのかと安居と乾は緊張した顔で見合うことしかできない。
 開ける気はさらさらないが、突破されるのも時間の問題だろう。迎え撃つしかないのか、と乾は再び銃を握り直す。心臓の音があまりに煩くて耳の中で鼓動が刻まれているようだった。玄関扉が嫌な音を立てている。仲間が大勢倒されているため向こうも必死だ。鬼気迫るものを感じて気圧されてしまう。

「わんこ、裏から出て神蔵達と合流せえ」

 安居は玄関と乾の間に入ると、奥の部屋を指差した。仮眠室には非常時のために窓から降りられるようはしごが用意されている。まさかこんな事態になるとは思ってもいなかったが、今なら建物から出れば神蔵と鷹野に守ってもらえるだろう。
 それでも乾は首を振るだけだ。こんな時くらい言う事を聞いてくれと安居が弱った顔をするが、取り合う気もない。逃げないのならば、戦うしかない。安居は軋む扉をじっと見据えていた。せめて乾の前に立ち、待ち構える。膝が震えているのは乾にも見えていたが、それでもしっかりと地を踏みしめていた。
 銃声が鳴る。玄関の向こうからだ。扉を蹴破ろうとしていた揺れが止み、室内は静まり返った。不安な沈黙が流れる。警戒を解かないまま扉を睨みつけていると、コンコンと柔らかいノックが鳴った。

「やっすん! わんこ! 無事か?」

 扉の前から鷹野の声が聞こえてくる。先程の銃声は鷹野のものだったのかと気づくと急に力が抜け、崩れ落ちてしまいそうになった。なんとか堪えてそっと扉を開けば、鷹野が事務所に入ってくる。ところどころ返り血を浴び、いくらか傷を負っているようだったが動きに支障は見られない。安居と乾が無傷なことを確かめると、心底安心したように殺気が解けていった。

「やっすん! 乾!」

 よかったと言う間も無くロケットのように神蔵が飛び込んでくる。鷹野より数段血に濡れた神蔵は返り血か自分の血かも分からない程だった。味方であっても恐ろしいほどの闘争心は鳴りを潜め、気の抜けた笑顔が交互に向けられた。二人が無事でよかったと安心したように言うが、自分の心配をしろと言いたくなるほどだ。

「君こそ大丈夫なん」

 乾はハンカチを取り出して神蔵に差し出す。殴られた唇は切れ、頬が腫れ始めていた。衣服がところどころ汚れているのは蹴りつけられでもしたのだろう。神蔵はおとなしくハンカチを受け取ると返り血のとんだ頬を拭った。新しいの返すから、と妙に律儀なことを言う血濡れの男がおかしかった。

「二人とも安心しろ。佐々木は無事だ」

 鷹野は綺麗に笑って安居と乾を見やる。その言葉に二人は泣き出しそうな顔になり、本当かと尋ねる声は震えていた。鷹野は玄関の隣に置かれたままの赤い箱を視界に入れていた。悪意が詰め込まれたような異様さが腹立たしくて仕方がない。こんなもので人を揺さぶろうとするなんて卑劣なやり方が許せなかった。
 鷹野は友弥から連絡をもらってすぐに駆けつけたのだと話す。佐々木が友幸商事の所に顔を出したが、危ないのは安居金融の方だと。助けに行ってやれないかという頼みを鷹野はすぐに受け入れた。神蔵に声をかけてみれば、友人達の危機と知って迷いなく飛び出してきた。敵が誰かなど彼らにとってはどうでもよく、友達を傷つけようとしているというだけで暴れる理由は十分だった。
 すっかり力が抜けたのか、安居も乾も銃を置いて安堵に深く溜息を吐く。よかった、と呟く声すら力ない。どれほど仲間を心配して心をすり減らしていたかが窺えた。

「サエニキも一緒やったんや。そんなん無事に決まってるよな」

 安居は確かめるようにゆっくりと口にした。今回の潜入は佐々木一人の仕事ではない。この事務所では一番の武闘派である冴島も共に行っている。彼がいて佐々木の身に何か起きるわけがないのだ。冴島の実力は安居が一番よく知っているのだから。初めから疑う余地もなかったのだと緊張が消えていく。ようやく事務所に温かな空気が訪れ、蛍光灯の明かりすら柔らかくなったように感じられた。
 安寧に浸る間も無く、突如エンジン音がして皆一斉に窓の方へ目を向けた。敵の援軍が来たのかと慌てて下を見れば、黒塗りの車とは違う形の車が、ぐちゃぐちゃになった道路に困ったように少し離れた位置に停まった。普通の人間ならば絶対に近寄りたくない死屍累々であろうに、車は怯えることもなくエンジンが切られた。やがて現れた人物の見慣れたシルエットに、胸が熱くなっていく。
 道路の惨状に呆れたように歩きながらこちらを見上げたのは、佐々木その人だった。痛いほどに視線が注がれているのを知ると、軽く手を挙げてへらりと笑ってみせる。無事だとは聞いていたが姿を見て安心したと鷹野と神蔵が思っている間に、隣にいた二人の気配がなくなっていた。振り返れば競うようにバタバタと事務所から出ていく大きな背中が二つ。

「サッキー!」

 二人に飛びかかられて逃げを打とうとした佐々木の体が揉みくちゃにされている。彼らにしては珍しく素直に再会を喜ぶ様子を見て、鷹野は眩しいものを見るように笑った。

「一仕事終えたら一服したくなった」

 神蔵も穏やかな顔つきで彼らを見つめ、そんなことを言う。自分達の仕事は無事やり終えたと感じられた。鷹野もまた同じ気持ちだった。お疲れと互いを労って、拳を軽く合わせる。自分達も佐々木の無事な顔を拝もうと、痛む体を動かして外へと向かっていった。
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