106 / 114
絶対零度の共振
6
しおりを挟む
日の落ちた倉庫街に静寂が訪れた。銃声が鳴り止み、消えるべき者は皆消えて地を這っている。残った呼吸の音は三つだけだった。
ヨウは空薬莢を落とし、深く深く溜息を吐いた。胸の内側で燃えていた炎が燻り、苦いものが広がっていく。漂うのは空虚感ばかりだ。分かっていたことだが、何人殺したところで心が満たされることはない。冷えた海風が火照った体に吹きすさぶ。レプリカもNも、無言のままヨウの元へと歩み寄ってきた。
死屍累々の血溜まりの中に、会いたい男が見つかるはずもない。立ち尽くしていたところで何になるわけもないのに、帰ろうという言葉がつっかえて出てこなかった。
「ヨウ」
空になったリボルバーを携えて俯くヨウに、Nが声をかける。今は何を言われても受け取れそうにない。緩く首を振るが、もう一度呼ばれて不貞腐れたように顔を上げた。しつこいと不機嫌な顔を作ったが、Nが鋭い目でどこかを見据えていたのですぐに視線の先を追う。そこにはこちらに向かって来るヘッドライトが見えた。
援軍が来たのかと、ヨウは弾薬に手を伸ばす。しかしそれが男達の車とは違う形をしていることに気がつき、手が止まった。運転席に涼の姿を見つけ敵意が萎んでいく。別に迎えになど来なくてもいいのにと口を曲げていれば、近づいた車は静かに停車した。
ヘッドライトは点いたまま、後部扉が開いた。すっかり闇の広がった海辺にライトの光だけがやけに眩しい。ゆったりと降りてきた人影を見て、ヨウの瞳はみるみる丸くなり光を吸って輝いた。
「サッキー!」
三人の歓喜の声が重なる。まるで当たり前のように車を降りた佐々木は、いつも通りの笑みを唇に乗せてよおと軽く言ってのけた。
「よかったあ!」
ヨウは近寄りがたいほどに放っていた暗い雰囲気を一瞬で跳ね飛ばして満面の笑顔を見せる。本物かどうか確かめるように佐々木の元に駆け寄り、心底安心したように喜んでみせる。
「いやー、本当に死んだのかと思った」
Nはあっけらかんと言いながらも柔和な笑みを浮かべていた。ひでぇと口先だけで傷ついてみせる佐々木を軽快に笑い飛ばして無事を祝う。
「別に俺は心配してなかったけど、ヨウくんが泣いてたから」
レプリカはそんなことを言いながらも佐々木の姿を見てやっと力を抜いたようだった。
「レプさんだって心配してた」
「ヨウくんは死にそうな顔してた」
軽口を叩きあう二人を佐々木は目を細めて見守っている。ようやくいつも通りの四人の空気が戻ってきた。
「ちょっとぉ、安居金融が危ないって言ったのサッキーでしょ」
運転席の窓が開き、涼がじゃれあう四人に声をかける。友幸商事にふらりと姿を見せた佐々木をここまで送り届けてきたのだ。再会の喜びに浮ついていたが、佐々木がにわかに真剣味を帯びた顔つきに変わった。こんなところで話し込んでいる場合ではないと、佐々木とヨウは涼の車に乗り込む。Nは行きの車にレプリカを乗せてその後に続いた。
つい先程まで死の音が響いていた倉庫街は今や波風の音だけが広がり、血の匂いすら潮に掻き消されてしまった。二つのテールランプが遠のくと、もう惨状を照らすものはなかった。
ヨウは空薬莢を落とし、深く深く溜息を吐いた。胸の内側で燃えていた炎が燻り、苦いものが広がっていく。漂うのは空虚感ばかりだ。分かっていたことだが、何人殺したところで心が満たされることはない。冷えた海風が火照った体に吹きすさぶ。レプリカもNも、無言のままヨウの元へと歩み寄ってきた。
死屍累々の血溜まりの中に、会いたい男が見つかるはずもない。立ち尽くしていたところで何になるわけもないのに、帰ろうという言葉がつっかえて出てこなかった。
「ヨウ」
空になったリボルバーを携えて俯くヨウに、Nが声をかける。今は何を言われても受け取れそうにない。緩く首を振るが、もう一度呼ばれて不貞腐れたように顔を上げた。しつこいと不機嫌な顔を作ったが、Nが鋭い目でどこかを見据えていたのですぐに視線の先を追う。そこにはこちらに向かって来るヘッドライトが見えた。
援軍が来たのかと、ヨウは弾薬に手を伸ばす。しかしそれが男達の車とは違う形をしていることに気がつき、手が止まった。運転席に涼の姿を見つけ敵意が萎んでいく。別に迎えになど来なくてもいいのにと口を曲げていれば、近づいた車は静かに停車した。
ヘッドライトは点いたまま、後部扉が開いた。すっかり闇の広がった海辺にライトの光だけがやけに眩しい。ゆったりと降りてきた人影を見て、ヨウの瞳はみるみる丸くなり光を吸って輝いた。
「サッキー!」
三人の歓喜の声が重なる。まるで当たり前のように車を降りた佐々木は、いつも通りの笑みを唇に乗せてよおと軽く言ってのけた。
「よかったあ!」
ヨウは近寄りがたいほどに放っていた暗い雰囲気を一瞬で跳ね飛ばして満面の笑顔を見せる。本物かどうか確かめるように佐々木の元に駆け寄り、心底安心したように喜んでみせる。
「いやー、本当に死んだのかと思った」
Nはあっけらかんと言いながらも柔和な笑みを浮かべていた。ひでぇと口先だけで傷ついてみせる佐々木を軽快に笑い飛ばして無事を祝う。
「別に俺は心配してなかったけど、ヨウくんが泣いてたから」
レプリカはそんなことを言いながらも佐々木の姿を見てやっと力を抜いたようだった。
「レプさんだって心配してた」
「ヨウくんは死にそうな顔してた」
軽口を叩きあう二人を佐々木は目を細めて見守っている。ようやくいつも通りの四人の空気が戻ってきた。
「ちょっとぉ、安居金融が危ないって言ったのサッキーでしょ」
運転席の窓が開き、涼がじゃれあう四人に声をかける。友幸商事にふらりと姿を見せた佐々木をここまで送り届けてきたのだ。再会の喜びに浮ついていたが、佐々木がにわかに真剣味を帯びた顔つきに変わった。こんなところで話し込んでいる場合ではないと、佐々木とヨウは涼の車に乗り込む。Nは行きの車にレプリカを乗せてその後に続いた。
つい先程まで死の音が響いていた倉庫街は今や波風の音だけが広がり、血の匂いすら潮に掻き消されてしまった。二つのテールランプが遠のくと、もう惨状を照らすものはなかった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける
緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。
中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。
龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。
だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。
それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。
そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。
黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。
道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる