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絶対零度の共振

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 西日が強くなる頃、乾から連絡を受けた幸介は涼と友弥とともに出来うる限りの情報を集めていた。居ても立っても居られない様子のヨウを好きにしろと送り出した後、三人で話を進める。佐々木が潜入していたという暴力団を残滅するための作戦を立てていた。

「おそらく見張りは厳しくなってるはずだ。この道は使えねえな」
「裏口も塞がれてるだろうしねえ。あえて正面から突入する?」
「いや、リスクが高すぎるだろ」

 根城にしているという家屋の見取り図を囲み、幸介と友弥が話し合いをしながら突破口を探している。佐々木の身柄が確保されている可能性も考えてなるべく目立たぬように侵入しようとルートを練っていた。
 涼は戦術に秀でてはいないので、隣でおとなしく話を聞いている。見取り図を頭に叩き込むのもそう得意ではない。現場に行ってここは地図ならどこだったかと頭を捻ることも多々ある。どれだけ綿密に計画してもやってみなければ分からないことだらけだ。臨機応変な対応を迫られるのだからあまり考えを固めすぎない方がいい。そんな言い訳をしていれば友弥には地理も分からなければ現場の対応も何もないだろうと呆れられてしまうが。涼は困ったらとにかく敵を倒していけばいいかと思いながら、見取り図をなぞる二人の指を眺めていた。
 突如、呼び鈴が鳴った。三人の視線が一斉に玄関の方に向く。客は二階の仕事場ではなく、一階の住居に来ていた。このタイミングでの来訪者に、いい予感は少しもしない。緊張感に息を殺し、三人は目で合図をする。誰からともなく銃を取り出し、立ち上がった。

「はいはーい」

 涼が軽い口調で答え、玄関へと向かっていった。歩きながら後ろ手に持った銃の安全装置を外し、死角で引き金に指を添えておく。友弥と幸介も涼に続き、油断なく後ろから様子を見ていた。涼はあくまでも普段通りに鍵を開けてみせる。たとえ玄関扉を開けた瞬間に襲われても避けられるよう両足に体重を分散させていた。身構えていることを悟られぬよう、無造作に扉を開け放つ。
 三人分の意識が向いた先、そこに立っていた人物に一気に力が抜けていく。突っ立っている三人を見やり、来訪者は不敵に笑って見せた。

「よぉ、佐々木とかいう馬鹿が死んだんだって?」

 その言葉に涼は引き金から指を離す。驚いた表情は満面の笑顔に変わっていた。

「早く行かないと乗り遅れるよ」

 今頃始まっているだろう宴を思い、涼は上機嫌にそう言った。もう日は暮れかけている。今からならまだ間に合うかもしれないと、暗くなり始めた海へと向かうのだった。
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