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絶対零度の共振
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日の落ちかけた海沿いの倉庫街に三つの人影が揃っていた。長く伸びた影から出でた顔つきはどれも険しい。ヨウは苛立ちを隠せず、その瞳に殺意をたたえていた。
隣に立つのはレプリカとNだった。レプリカもまた強張った表情をしている。時々握り直される拳にはやけに力が入り、焦りを露わにしているようであった。Nは普段通りの涼しい顔つきに見えるが、そこに笑顔はない。黒に包まれた全身には暗器が忍ばされており、仕事時にしかしない完全装備で来ていることが窺える。
この三人が張り詰めた空気でいるのは、安居金融事務所に届いた荷物について聞いたからだった。連絡を受けた電話番の幸介は乾が常に見ない取り乱し方をしていたと言う。彼の冷静さはどこにもなく、震えた声で要領を得ない説明をしたらしい。とにかく非常事態であることは確かだった。
少しずつ落ち着かせていけば、乾は佐々木が取り掛かっている仕事について教えてくれた。もう情報の秘匿などと言っている場合ではないのだろう。頼れるものならば頼りたいと縋るような電話は、依頼というより救難信号に近かった。友人の危機と聞いて幸介が黙っていられるはずもない。その情報を信頼できる人間には伝えてもいいかと許可を取り、幸介はヨウに全てを教えた。
ヨウは顔色を失ってすぐにレプリカとNに連絡を取り、動き出したのだ。状況を伝えれば二人とも何も言わずに駆けつけてくれた。彼らが集まるまで時間はかからなかった。
「レプさん、無理に来なくてよかったんだよ?」
Nが言うが、レプリカは意志の強い目つきで首を振る。戦う力を持たず、武器すら持たないレプリカは戦力として数えられない。今回も常の仕事で使う泥棒の道具しか持ってきていないのだろう。前線に立つ人間ではないのを分かっていながら、それでもレプリカはここに来た。佐々木に何かがあったと聞いて黙っていられるような仲ではない。
ヨウは二人のやり取りを横目に、幸介から聞いた情報を思い出して冷静さを保とうとしていた。動揺を隠せない様子の乾からなんとか聞き出したため、細部は欠けているが必要なものはどうにか揃っている。
佐々木はとある暴力団の下に情報収集のため潜入していた。その矢先、事務所に彼の顔写真と元人間と思わしき肉塊が詰まった段ボール箱が送りつけられてきたと言う。佐々木は潜入している時の連絡手段を持たないのでこちらから安否の確認を取ることができない。ただ、掴んでいる情報として佐々木が潜入している先の連中が今からとある倉庫にて武器の受け渡しをする予定があるという。
ヨウにとってはそれだけで十分だった。現れると分かっているのならば、その場所に行けばいい。どうせここに来るのは下っ端でしかないと分かっていたが、本拠地を叩くには無策では突撃できない。本格的な作戦は幸介に任せ、ヨウはとにかく銃を持って飛び出してきた。この怒りをどこかにぶつけなければ気が済まない。正確な任務遂行のためには冷静さが欠かせないが、大切な友人に何かがあったと聞いて自制が効くほど大人ではなかった。
レプリカとNもまた同じであろう。とにかくじっとしていられず、沸騰する頭のままここに来た。もうすぐ現れるであろう敵のことを考えるだけで目の前が真っ赤になりそうだった。
事務所に送りつけられたという死体は個人の判別などつかない状態であったと言う。まだそれが佐々木だと決まったわけではない。潜入先とは無関係の誰かが佐々木を恨んでこのようなことをしたという可能性もあったが、現実的ではない。佐々木の潜入が気づかれたと考えるのが妥当だろう。事務所に送りつけられたということはもう身元まで分かっているということだ。どちらにしろ、佐々木が潜入先で無事でいるとは考えにくい。
仕事の性質上、潜入が気づかれてしまえば佐々木は敵に囲まれることとなる。手練れであっても厳しい窮地を、佐々木が切り抜けられるとは思えない。主導権があちらにある以上、限りなく無防備なところを襲われることになるからだ。
考えるほどに嫌な想像ばかりが浮かぶ。無事でいて欲しいと願うほど、それがいかに難しく可能性として薄いか分かってしまうのが苦しかった。
ヨウでさえそんな状態だ。平静を保っているとはいえ、さらに長くこの仕事を続けているNには絶望的な状況がよく見えているだろう。自分を抑える術を知っているだけで、心中は穏やかではないはずだ。静かに佇む男の横顔を見てヨウは薄らと冷たい汗をかく。今にも漏れ出そうな殺気を押さえつけているかのような肌を刺す空気だった。
ヨウは懐からリボルバーを取り出した。冷たい金属を手の平に乗せ、堪えるようにじっと視線を落とす。
「珍しいね、リボルバー使うの」
普段はオートマチックを使っているのをいつの間に観察していたのか、Nが声をかけた。ヨウは目を落としたまま数秒黙り込む。空の弾倉を振り出すと、ポケットから六発の弾を取り出した。
「この間練習したからさ」
ヨウは静かに答え、弾倉を勢いよく回した。回転する弾倉に滑らせるように素早く全弾を仕込み、ガチリと弾倉を戻す。いつぞや見た彼の慣れない手つきが頭をよぎる。銃を握っていなければ憤怒に焦がされてしまいそうだった。手の中の冷たさがなんとかヨウを繋ぎとめている。
「来た」
レプリカが掠れた声を出した。人気のない倉庫街に黒塗りの車が三台向かってきている。武器を渡しに来た商人達は既に無力化しているため、目的の人物達だとすぐに分かった。
目で合図をし、三人はそれぞれ配置についた。緊張した様子のレプリカを励ますようにNが軽く背中を叩く。レプリカはひとつ頷くと、一人倉庫の外で身を潜めた。ヨウとNは目を合わせると倉庫内に待機する。入り口にほど近いコンテナの陰にヨウは隠れた。Nは倉庫の奥で物陰に待機する。後は獲物が入ってくるのを待つばかりだった。
彼らを捕まえて佐々木について聞き出す気などさらさらない。どうせ下っ端を揺さぶったところで潜入していた者がいることすら気づいていないだろう。ここに来た者が別段佐々木に対して何かをしたわけでもない。ただ運が悪かったのだ。
これから行われるのは個人的な報復だ。ただ抑えの効かぬ怒りをぶちまけるための一方的な処刑だった。どうせこの組織は残滅すると決めている。早いか遅いかの違いだけだ。
この倉庫が彼らの墓場となる。獲物が足を踏み入れるのを、三匹の獣は息を殺して待っていた。
隣に立つのはレプリカとNだった。レプリカもまた強張った表情をしている。時々握り直される拳にはやけに力が入り、焦りを露わにしているようであった。Nは普段通りの涼しい顔つきに見えるが、そこに笑顔はない。黒に包まれた全身には暗器が忍ばされており、仕事時にしかしない完全装備で来ていることが窺える。
この三人が張り詰めた空気でいるのは、安居金融事務所に届いた荷物について聞いたからだった。連絡を受けた電話番の幸介は乾が常に見ない取り乱し方をしていたと言う。彼の冷静さはどこにもなく、震えた声で要領を得ない説明をしたらしい。とにかく非常事態であることは確かだった。
少しずつ落ち着かせていけば、乾は佐々木が取り掛かっている仕事について教えてくれた。もう情報の秘匿などと言っている場合ではないのだろう。頼れるものならば頼りたいと縋るような電話は、依頼というより救難信号に近かった。友人の危機と聞いて幸介が黙っていられるはずもない。その情報を信頼できる人間には伝えてもいいかと許可を取り、幸介はヨウに全てを教えた。
ヨウは顔色を失ってすぐにレプリカとNに連絡を取り、動き出したのだ。状況を伝えれば二人とも何も言わずに駆けつけてくれた。彼らが集まるまで時間はかからなかった。
「レプさん、無理に来なくてよかったんだよ?」
Nが言うが、レプリカは意志の強い目つきで首を振る。戦う力を持たず、武器すら持たないレプリカは戦力として数えられない。今回も常の仕事で使う泥棒の道具しか持ってきていないのだろう。前線に立つ人間ではないのを分かっていながら、それでもレプリカはここに来た。佐々木に何かがあったと聞いて黙っていられるような仲ではない。
ヨウは二人のやり取りを横目に、幸介から聞いた情報を思い出して冷静さを保とうとしていた。動揺を隠せない様子の乾からなんとか聞き出したため、細部は欠けているが必要なものはどうにか揃っている。
佐々木はとある暴力団の下に情報収集のため潜入していた。その矢先、事務所に彼の顔写真と元人間と思わしき肉塊が詰まった段ボール箱が送りつけられてきたと言う。佐々木は潜入している時の連絡手段を持たないのでこちらから安否の確認を取ることができない。ただ、掴んでいる情報として佐々木が潜入している先の連中が今からとある倉庫にて武器の受け渡しをする予定があるという。
ヨウにとってはそれだけで十分だった。現れると分かっているのならば、その場所に行けばいい。どうせここに来るのは下っ端でしかないと分かっていたが、本拠地を叩くには無策では突撃できない。本格的な作戦は幸介に任せ、ヨウはとにかく銃を持って飛び出してきた。この怒りをどこかにぶつけなければ気が済まない。正確な任務遂行のためには冷静さが欠かせないが、大切な友人に何かがあったと聞いて自制が効くほど大人ではなかった。
レプリカとNもまた同じであろう。とにかくじっとしていられず、沸騰する頭のままここに来た。もうすぐ現れるであろう敵のことを考えるだけで目の前が真っ赤になりそうだった。
事務所に送りつけられたという死体は個人の判別などつかない状態であったと言う。まだそれが佐々木だと決まったわけではない。潜入先とは無関係の誰かが佐々木を恨んでこのようなことをしたという可能性もあったが、現実的ではない。佐々木の潜入が気づかれたと考えるのが妥当だろう。事務所に送りつけられたということはもう身元まで分かっているということだ。どちらにしろ、佐々木が潜入先で無事でいるとは考えにくい。
仕事の性質上、潜入が気づかれてしまえば佐々木は敵に囲まれることとなる。手練れであっても厳しい窮地を、佐々木が切り抜けられるとは思えない。主導権があちらにある以上、限りなく無防備なところを襲われることになるからだ。
考えるほどに嫌な想像ばかりが浮かぶ。無事でいて欲しいと願うほど、それがいかに難しく可能性として薄いか分かってしまうのが苦しかった。
ヨウでさえそんな状態だ。平静を保っているとはいえ、さらに長くこの仕事を続けているNには絶望的な状況がよく見えているだろう。自分を抑える術を知っているだけで、心中は穏やかではないはずだ。静かに佇む男の横顔を見てヨウは薄らと冷たい汗をかく。今にも漏れ出そうな殺気を押さえつけているかのような肌を刺す空気だった。
ヨウは懐からリボルバーを取り出した。冷たい金属を手の平に乗せ、堪えるようにじっと視線を落とす。
「珍しいね、リボルバー使うの」
普段はオートマチックを使っているのをいつの間に観察していたのか、Nが声をかけた。ヨウは目を落としたまま数秒黙り込む。空の弾倉を振り出すと、ポケットから六発の弾を取り出した。
「この間練習したからさ」
ヨウは静かに答え、弾倉を勢いよく回した。回転する弾倉に滑らせるように素早く全弾を仕込み、ガチリと弾倉を戻す。いつぞや見た彼の慣れない手つきが頭をよぎる。銃を握っていなければ憤怒に焦がされてしまいそうだった。手の中の冷たさがなんとかヨウを繋ぎとめている。
「来た」
レプリカが掠れた声を出した。人気のない倉庫街に黒塗りの車が三台向かってきている。武器を渡しに来た商人達は既に無力化しているため、目的の人物達だとすぐに分かった。
目で合図をし、三人はそれぞれ配置についた。緊張した様子のレプリカを励ますようにNが軽く背中を叩く。レプリカはひとつ頷くと、一人倉庫の外で身を潜めた。ヨウとNは目を合わせると倉庫内に待機する。入り口にほど近いコンテナの陰にヨウは隠れた。Nは倉庫の奥で物陰に待機する。後は獲物が入ってくるのを待つばかりだった。
彼らを捕まえて佐々木について聞き出す気などさらさらない。どうせ下っ端を揺さぶったところで潜入していた者がいることすら気づいていないだろう。ここに来た者が別段佐々木に対して何かをしたわけでもない。ただ運が悪かったのだ。
これから行われるのは個人的な報復だ。ただ抑えの効かぬ怒りをぶちまけるための一方的な処刑だった。どうせこの組織は残滅すると決めている。早いか遅いかの違いだけだ。
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