裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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二河白道を塞ぐ

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「いえ、ちょっと頼みたいものがありまして」

 乾がそう言えば秋森は瞳を細め、人好きする笑みに怪しさを混ぜ込んだ。この店は一風変わったリサイクルショップだ。表の人間はそう思っていることだろう。

「なんのおねだり?」

 秋森はそう言うとカウンターの裏側へと入っていった。乾もさらに近づき、カウンターの外側から秋森と対峙する。

「人間を一人」

 裏の顔は、どんな物にも値段をつけどんな物でも売ってくれる闇市のような場所だった。麻薬だろうが臓器だろうが、ここにくれば大抵の物は手に入る。そしてなんでも買い取ってくれるこの店は、借金が返せなくなった負債者を搾り取るのに大変ありがたいのだ。
 乾が口にすれば、秋森はデスクトップパソコンに向かってマウスを動かし始めた。画面の光を反射したレンズの内側で秋森の瞳が左右に動く。

「生きてるやつ? 死んでるやつ?」

 まるで欲しい商品の色を尋ねるように秋森は滑らかに質問を重ねる。乾は一拍分の逡巡の後、これまた同じく無感動に言葉を発する。

「生きてるやつがいいですかね。消えても問題ないような」

 ふんふん、と軽く頷いて秋森は何事かキーボードで打ち込んでいく。どうやら膨大なリストから希望する商品を探してくれているらしい。程なくして絞り込めたのか、画面を見ていた秋森の目が乾に戻ってきた。

「ああ、用意できそうですね。お急ぎです?」

 どうやら在庫があったらしいと安堵する。もしもなければ死体を仕入れて偽装するか、調達も涼達に頼まなければならないところだった。なるべく早くお願いしたいと言うと、秋森はさらに絞り込んでいくつかの候補を挙げてくれた。どれもそう違いはなかったが、佐々木の背格好に近い男を選ぶ。発送日時を決め、軽い値段交渉を行って取引は終わった。
 この値段交渉がまた厄介で、秋森は乾とのこのやり取りを楽しんでいるらしく、足元を見た額からなかなか下げてはくれない。うまく交渉ができず乾が若干拗ね出してから笑ってやっと譲歩してくれるのだった。結局妥当な金額になる頃には、なんだか負けたような気になってしまう。

「じゃあ請求はまた事務所の方に送っときますんで」

 秋森はキーボードを叩きながら言った。早速手続きに取り掛かってくれているらしい。頼みます、と頭を下げて乾の用件は済んだ。真剣な表情で画面に向かう秋森を邪魔してはいけないとそっとその場を離れる。

「わんこさん」

 去ろうとした背中を秋森が呼び止め、乾は素直に振り向いた。

「今ね、眼球足りてないんで高く買いますよって伝えといてください」

 秋森は変わらぬ笑みで言って常連ならではの情報をくれた。
 秋森にとって彼らは様々なものを提供してくれるお得意様だ。特に鮮度が重要なものを欲しい時に提供してくれる柔軟さは大変助かっているのだ。今も依頼が入れば持っていっていい臓器を抱えて生きている負債者が何人もいる。

「うちの客にも言っときますわ」

 乾はにんまりと笑うと軽く頭を下げて去っていった。高い上背を少し屈めて注意深く扉に向かっていく。悪い顔やな、と笑って秋森は丁寧に閉まる扉の音を聞いていた。
 溢れかえらんばかりの物がひっそりと息づく店内に主人一人が残される。一体いつから置かれているのか分からない物がほとんどだったが、さして金にもならないそれらに大した興味もない。
 画面に映る顔写真のうち、ひとつに予約済のマークが入っていた。命の値段を表す数字をマウスカーソルでなぞり、秋森は顎に当てた指で軽く自身の唇を撫でる。他人の人生を売買した唇は乾いていた。温かい飲み物でも淹れようかと立ち上がる。室内を埋め尽くす物の中で唯一の呼吸が離れていき、薄く埃を被った物たちは静かな眠りに落ちていった。
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