84 / 114
中空を駆け抜けろ
7
しおりを挟む
勢いよく扉が開く音と、聞き取れぬ大声で目が覚めた。ベッドから緩慢に起き上がると、部屋に飛び込んできた下っ端はなぜこんなところにいるのだと言わんばかりの目を向けてくる。涼は寝癖のついた髪を軽く直すと、ひとつ欠伸をした。
「なんて? 日本語でお願い」
涼が言えば、下っ端は迷ったようにボスを見た。ここは組織の長である男の部屋であり、このベッドも涼のものではない。知らぬ男が不躾な態度を取っていることに、序列を重んじる組織の一員は戸惑っているようだった。しかし、ボスに構わないと言われれば下っ端は居住まいを正してもう一度繰り返す。
「報告します、何者かが侵入した模様! 第五ブロックで交戦中です!」
その大声に涼は顔を顰める。酒を飲みすぎた寝起きの頭には響く。ボスがモニターの電源をつけると、監視カメラの映像が壁に映し出された。気怠そうに向けられた涼の視線が止まる。画面の中には、乱戦を繰り広げる見慣れた三人の姿が映っていた。
涼の瞳が細められ、急速に冷えていく。ボスが一度涼に視線を寄越した。もう涼の昔の仲間だということは分かっているのだろう。涼は心底呆れたような溜息を吐くと、怠い体をベッドから降ろした。下っ端に向けてボスが何事か指示しているが、涼はそれを遮るようにボスの側へと歩んでいく。
「ねえ。あれ、俺にやらせてくれない?」
監視カメラの画面を親指で示し、涼はにこやかに首を傾げてみせる。あれと示されたのは間違いなく、侵入してきた最俺の三人だ。涼を目当てにやってきたのであろう敵の前に、むざむざと涼を立たせることはない。それだけでなく、涼が糸を引いて侵入者をこの飛行船に引き連れてきた可能性もあるのだ。接触させて利があるとは思えない。
ボスが否定の言葉を吐く寸前に、涼はするりと間合いの中に入り込む。警戒心の内側に踏み入り、ボスを見上げて声を潜めた。
「分かるでしょ? 俺が欲しいのはあいつらと遊ぶ時間じゃない。貴方からの信頼だ」
涼は瞳に熱を乗せてじっとボスを見つめる。主人に甘える犬のようにねだっているのだ。何が入っていても分からぬ酒を飲み、無防備に眠る姿まで晒して見せた。それも、銃やナイフを隠すことのできないボス自身のベッドの上でだ。殺そうと思えば簡単に殺せるような振る舞いを重ねた。十分すぎるほど従順さを示したはずだ。
最後の信頼を勝ち取るのは、やはり過去を断ち切ることだ。過去の仲間をこの手で殺して見せてこそ、真の忠誠が示せるというものだ。
「いいだろう」
ボスは試すように目を眇めて見せた。涼は玩具を買い与えられた子供のように、にっこりと素直に笑ってみせる。この飛行船に来てから、初めて銃が手渡された。涼は手の平にその重みを感じ、今度は裏社会を生きる男の顔で笑ってみせる。涼の見せた残忍な瞳にボスは満足げに微笑した。
「約束、反故にしちゃ嫌だよ?」
涼の念押しに、ボスはただ黙って頷いてみせる。涼はその反応だけ確認すると、手元に目を落とした。
「そこの下っ端くん。俺の言うこと聞いてくれる暇な子集めてきてよ」
マガジンを抜き、全弾入っていることを確かめながら涼は目もやらずに指示を出す。下っ端は突然命じられたことに眉を寄せたが、ボスから一瞥を投げられると了解の返事をして走り去っていった。遠ざかっていく足音を聞きながら涼は引き出したマガジンを強く押し込める。
「ほんと、馬鹿な奴ら……」
独りごちた声は誰にも聞こえはしなかった。俯いた影の中唯一浮かび上がった唇は、微かに持ち上がったように見えた。
「なんて? 日本語でお願い」
涼が言えば、下っ端は迷ったようにボスを見た。ここは組織の長である男の部屋であり、このベッドも涼のものではない。知らぬ男が不躾な態度を取っていることに、序列を重んじる組織の一員は戸惑っているようだった。しかし、ボスに構わないと言われれば下っ端は居住まいを正してもう一度繰り返す。
「報告します、何者かが侵入した模様! 第五ブロックで交戦中です!」
その大声に涼は顔を顰める。酒を飲みすぎた寝起きの頭には響く。ボスがモニターの電源をつけると、監視カメラの映像が壁に映し出された。気怠そうに向けられた涼の視線が止まる。画面の中には、乱戦を繰り広げる見慣れた三人の姿が映っていた。
涼の瞳が細められ、急速に冷えていく。ボスが一度涼に視線を寄越した。もう涼の昔の仲間だということは分かっているのだろう。涼は心底呆れたような溜息を吐くと、怠い体をベッドから降ろした。下っ端に向けてボスが何事か指示しているが、涼はそれを遮るようにボスの側へと歩んでいく。
「ねえ。あれ、俺にやらせてくれない?」
監視カメラの画面を親指で示し、涼はにこやかに首を傾げてみせる。あれと示されたのは間違いなく、侵入してきた最俺の三人だ。涼を目当てにやってきたのであろう敵の前に、むざむざと涼を立たせることはない。それだけでなく、涼が糸を引いて侵入者をこの飛行船に引き連れてきた可能性もあるのだ。接触させて利があるとは思えない。
ボスが否定の言葉を吐く寸前に、涼はするりと間合いの中に入り込む。警戒心の内側に踏み入り、ボスを見上げて声を潜めた。
「分かるでしょ? 俺が欲しいのはあいつらと遊ぶ時間じゃない。貴方からの信頼だ」
涼は瞳に熱を乗せてじっとボスを見つめる。主人に甘える犬のようにねだっているのだ。何が入っていても分からぬ酒を飲み、無防備に眠る姿まで晒して見せた。それも、銃やナイフを隠すことのできないボス自身のベッドの上でだ。殺そうと思えば簡単に殺せるような振る舞いを重ねた。十分すぎるほど従順さを示したはずだ。
最後の信頼を勝ち取るのは、やはり過去を断ち切ることだ。過去の仲間をこの手で殺して見せてこそ、真の忠誠が示せるというものだ。
「いいだろう」
ボスは試すように目を眇めて見せた。涼は玩具を買い与えられた子供のように、にっこりと素直に笑ってみせる。この飛行船に来てから、初めて銃が手渡された。涼は手の平にその重みを感じ、今度は裏社会を生きる男の顔で笑ってみせる。涼の見せた残忍な瞳にボスは満足げに微笑した。
「約束、反故にしちゃ嫌だよ?」
涼の念押しに、ボスはただ黙って頷いてみせる。涼はその反応だけ確認すると、手元に目を落とした。
「そこの下っ端くん。俺の言うこと聞いてくれる暇な子集めてきてよ」
マガジンを抜き、全弾入っていることを確かめながら涼は目もやらずに指示を出す。下っ端は突然命じられたことに眉を寄せたが、ボスから一瞥を投げられると了解の返事をして走り去っていった。遠ざかっていく足音を聞きながら涼は引き出したマガジンを強く押し込める。
「ほんと、馬鹿な奴ら……」
独りごちた声は誰にも聞こえはしなかった。俯いた影の中唯一浮かび上がった唇は、微かに持ち上がったように見えた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける
緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。
中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。
龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。
だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。
それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。
そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。
黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。
道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる