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中空を駆け抜けろ
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勢いよく扉が開く音と、聞き取れぬ大声で目が覚めた。ベッドから緩慢に起き上がると、部屋に飛び込んできた下っ端はなぜこんなところにいるのだと言わんばかりの目を向けてくる。涼は寝癖のついた髪を軽く直すと、ひとつ欠伸をした。
「なんて? 日本語でお願い」
涼が言えば、下っ端は迷ったようにボスを見た。ここは組織の長である男の部屋であり、このベッドも涼のものではない。知らぬ男が不躾な態度を取っていることに、序列を重んじる組織の一員は戸惑っているようだった。しかし、ボスに構わないと言われれば下っ端は居住まいを正してもう一度繰り返す。
「報告します、何者かが侵入した模様! 第五ブロックで交戦中です!」
その大声に涼は顔を顰める。酒を飲みすぎた寝起きの頭には響く。ボスがモニターの電源をつけると、監視カメラの映像が壁に映し出された。気怠そうに向けられた涼の視線が止まる。画面の中には、乱戦を繰り広げる見慣れた三人の姿が映っていた。
涼の瞳が細められ、急速に冷えていく。ボスが一度涼に視線を寄越した。もう涼の昔の仲間だということは分かっているのだろう。涼は心底呆れたような溜息を吐くと、怠い体をベッドから降ろした。下っ端に向けてボスが何事か指示しているが、涼はそれを遮るようにボスの側へと歩んでいく。
「ねえ。あれ、俺にやらせてくれない?」
監視カメラの画面を親指で示し、涼はにこやかに首を傾げてみせる。あれと示されたのは間違いなく、侵入してきた最俺の三人だ。涼を目当てにやってきたのであろう敵の前に、むざむざと涼を立たせることはない。それだけでなく、涼が糸を引いて侵入者をこの飛行船に引き連れてきた可能性もあるのだ。接触させて利があるとは思えない。
ボスが否定の言葉を吐く寸前に、涼はするりと間合いの中に入り込む。警戒心の内側に踏み入り、ボスを見上げて声を潜めた。
「分かるでしょ? 俺が欲しいのはあいつらと遊ぶ時間じゃない。貴方からの信頼だ」
涼は瞳に熱を乗せてじっとボスを見つめる。主人に甘える犬のようにねだっているのだ。何が入っていても分からぬ酒を飲み、無防備に眠る姿まで晒して見せた。それも、銃やナイフを隠すことのできないボス自身のベッドの上でだ。殺そうと思えば簡単に殺せるような振る舞いを重ねた。十分すぎるほど従順さを示したはずだ。
最後の信頼を勝ち取るのは、やはり過去を断ち切ることだ。過去の仲間をこの手で殺して見せてこそ、真の忠誠が示せるというものだ。
「いいだろう」
ボスは試すように目を眇めて見せた。涼は玩具を買い与えられた子供のように、にっこりと素直に笑ってみせる。この飛行船に来てから、初めて銃が手渡された。涼は手の平にその重みを感じ、今度は裏社会を生きる男の顔で笑ってみせる。涼の見せた残忍な瞳にボスは満足げに微笑した。
「約束、反故にしちゃ嫌だよ?」
涼の念押しに、ボスはただ黙って頷いてみせる。涼はその反応だけ確認すると、手元に目を落とした。
「そこの下っ端くん。俺の言うこと聞いてくれる暇な子集めてきてよ」
マガジンを抜き、全弾入っていることを確かめながら涼は目もやらずに指示を出す。下っ端は突然命じられたことに眉を寄せたが、ボスから一瞥を投げられると了解の返事をして走り去っていった。遠ざかっていく足音を聞きながら涼は引き出したマガジンを強く押し込める。
「ほんと、馬鹿な奴ら……」
独りごちた声は誰にも聞こえはしなかった。俯いた影の中唯一浮かび上がった唇は、微かに持ち上がったように見えた。
「なんて? 日本語でお願い」
涼が言えば、下っ端は迷ったようにボスを見た。ここは組織の長である男の部屋であり、このベッドも涼のものではない。知らぬ男が不躾な態度を取っていることに、序列を重んじる組織の一員は戸惑っているようだった。しかし、ボスに構わないと言われれば下っ端は居住まいを正してもう一度繰り返す。
「報告します、何者かが侵入した模様! 第五ブロックで交戦中です!」
その大声に涼は顔を顰める。酒を飲みすぎた寝起きの頭には響く。ボスがモニターの電源をつけると、監視カメラの映像が壁に映し出された。気怠そうに向けられた涼の視線が止まる。画面の中には、乱戦を繰り広げる見慣れた三人の姿が映っていた。
涼の瞳が細められ、急速に冷えていく。ボスが一度涼に視線を寄越した。もう涼の昔の仲間だということは分かっているのだろう。涼は心底呆れたような溜息を吐くと、怠い体をベッドから降ろした。下っ端に向けてボスが何事か指示しているが、涼はそれを遮るようにボスの側へと歩んでいく。
「ねえ。あれ、俺にやらせてくれない?」
監視カメラの画面を親指で示し、涼はにこやかに首を傾げてみせる。あれと示されたのは間違いなく、侵入してきた最俺の三人だ。涼を目当てにやってきたのであろう敵の前に、むざむざと涼を立たせることはない。それだけでなく、涼が糸を引いて侵入者をこの飛行船に引き連れてきた可能性もあるのだ。接触させて利があるとは思えない。
ボスが否定の言葉を吐く寸前に、涼はするりと間合いの中に入り込む。警戒心の内側に踏み入り、ボスを見上げて声を潜めた。
「分かるでしょ? 俺が欲しいのはあいつらと遊ぶ時間じゃない。貴方からの信頼だ」
涼は瞳に熱を乗せてじっとボスを見つめる。主人に甘える犬のようにねだっているのだ。何が入っていても分からぬ酒を飲み、無防備に眠る姿まで晒して見せた。それも、銃やナイフを隠すことのできないボス自身のベッドの上でだ。殺そうと思えば簡単に殺せるような振る舞いを重ねた。十分すぎるほど従順さを示したはずだ。
最後の信頼を勝ち取るのは、やはり過去を断ち切ることだ。過去の仲間をこの手で殺して見せてこそ、真の忠誠が示せるというものだ。
「いいだろう」
ボスは試すように目を眇めて見せた。涼は玩具を買い与えられた子供のように、にっこりと素直に笑ってみせる。この飛行船に来てから、初めて銃が手渡された。涼は手の平にその重みを感じ、今度は裏社会を生きる男の顔で笑ってみせる。涼の見せた残忍な瞳にボスは満足げに微笑した。
「約束、反故にしちゃ嫌だよ?」
涼の念押しに、ボスはただ黙って頷いてみせる。涼はその反応だけ確認すると、手元に目を落とした。
「そこの下っ端くん。俺の言うこと聞いてくれる暇な子集めてきてよ」
マガジンを抜き、全弾入っていることを確かめながら涼は目もやらずに指示を出す。下っ端は突然命じられたことに眉を寄せたが、ボスから一瞥を投げられると了解の返事をして走り去っていった。遠ざかっていく足音を聞きながら涼は引き出したマガジンを強く押し込める。
「ほんと、馬鹿な奴ら……」
独りごちた声は誰にも聞こえはしなかった。俯いた影の中唯一浮かび上がった唇は、微かに持ち上がったように見えた。
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