裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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中空を駆け抜けろ

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 闇金融だけでなく情報屋でもある佐々木と乾に依頼して、涼の情報を集めてもらった。世良のおかげで掃除屋にも話を聞き、黄蛇会が関わっていることは割り出すことができた。涼がチャイニーズマフィアの息がかかった店に入っていくところを見たという情報もあった。どうやら涼が現在黄蛇会の下にいるのは確実なようだった。
 幸介は煌びやかなネオン街を一人で歩いていた。あちらこちらから呼び込みの声がするが、幸介に声をかけるものは誰もいない。前だけを見据えて足早に歩く彼のことを誰も邪魔することはできなかった。
 目的地は初めから決まっていた。通りを迷いなく進み、洒落た扉に近づいて行く。傍らにはBAR Flatの文字が刻まれていた。店内は柔らかな暖色の光に照らされている。カウンターの向こうに神蔵の姿があった。ちょうど客が途切れたところだったのか、グラスを洗っていた手を止める。

「幸介!」

 久しぶりに現れた顔見知りの姿に神蔵は嬉しそうな笑顔を浮かべる。しかし幸介の常とは違うただならぬ雰囲気にすぐに気づいたのか、にこやかな表情を少しだけ抑えた。

「どうした?」

 神蔵は濡れた手を拭うと前に乗り出した。その目つきは真剣なものに変わっていて、幸介の内心の焦りを読み取ってくれているようだった。

「悪い、仕事中に」
「いいよ。座って」

 ただの仕事の時とは違う余裕のなさに、神蔵は丁寧に応じてくれた。酒を断った幸介に、ノンアルコールを出してくれる。まずは落ち着くようにと手渡されたグラスにありがたく口をつけ、幸介は前置きもなく本題に入った。

「黄蛇会って知ってるか?」

 その単語に神蔵は目つきが変わる。瞳の色が俄かに深みを増し、声が低まった。

「最近この街に出てきたチャイニーズマフィアでしょ。何があった?」

 噂話の集まるこの店で神蔵も聞いた単語のようだ。暫し迷って、幸介は素直に涼のことを話した。突如出て行った涼を探していること、おそらく黄蛇会が関係していること。

「それは大変だね」

 神蔵は眉を潜め、同情するように呟いた。幸介の様子がおかしかったことも納得したようだった。

「正直、黄蛇会の被害に遭った店も少なくない。この街をひっくり返そうとしてるなんて噂もあるし、潰してくれるって言うなら助かるよ」

 幸介は答えない代わりに、強い目で神蔵を見返す。涼が出て行った理由すらまだ聞けてはいない。しかし、黄蛇会が原因だと言うのならどれだけ大きな組織であろうと壊滅させるつもりだった。友弥もヨウも、当然そう思っているのだろう。普段はなかなか見ることのない幸介の殺し屋としての目に、神蔵は冷や汗混じりに笑った。

「問題は黄蛇会のアジトだ。街の中でも、外でもない」

 神蔵の言葉に幸介は軽く首を傾げる。神妙な表情で続きを待てば、神蔵の指は高く天井に向けられた。

「空だ」

 そら、と幸介が不思議そうに繰り返すと、神蔵は聞いた話だと教えてくれた。
 黄蛇会は地上に本拠地を持っていない。本当に根城にしているのは、飛行船だと言う。本国から離れこの国に来ていても、空に住み着かれては手出しできない。並大抵では追い払うこともできず、神出鬼没に現れる黄蛇会の末端から少しずつ被害を受けているらしい。
 話を聞くうちに、自分が座っているスツールがあまりに小さな物に見えてくる。この店すら、ただの四角い箱、その立体すら分からなくなり、光の点でしかない。ネオン街も、高いビル群も、光の集合となり空から見下ろされている。地図上で見るようなちっぽけな街を、空から侵略しようとほくそ笑んでいるのだ。
 知る限りの情報を教えてもらい、幸介は礼とともに情報料を取り出した。しかしカウンターに乗せた札束を神蔵は手で制する。マスターの裏の顔である情報屋としての働きを果たしたというのに拒否したことに驚いて、幸介は目を丸くして見上げた。

「礼なら涼が戻ってきたら飲みこいって言っといて。このドリンクも、俺からの奢り」

 悪戯っぽい目配せとともに言われて、幸介はようやく小さな笑顔を浮かべた。その心遣いにもう一度礼を言い、グラスを煽る。幸介は深く頭を下げると、来た時よりも力強い歩調で去っていった。
 静けさの戻った店内で、神蔵は幸介の背中を見送ると空になったグラスを下げた。
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