裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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中空を駆け抜けろ

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 新しく取り付けたばかりの扉を訪ねた友弥を、世良は快く迎え入れた。唐突な来訪は珍しいが、急な事態などいくらでもある業界だ。しかし入ってきた友弥の目つきが普段とかけ離れていて、裏社会の人間との付き合いが深い世良さえもたじろいだ。

「涼がここに来なかった?」

 友弥はただならぬ雰囲気を纏っていた。一瞬、ここが戦場の只中であると錯覚したほどだった。世良を見る冷たい瞳の奥に燃える炎が見えたような気がした。

「し、知らないよ」

 まるで世良を射殺さんとしているような友弥の鬼気迫る様子に、慌てて否定する。自然と両手はホールドアップの姿勢を取っていた。
 涼があの部屋を出ていってから、一晩が経った。いくら夜の街に遊びに行くと言っても翌朝にはふらりと戻ってくる涼が、帰る気配すらなかった。いつまでも立ち尽くしてはいられない。三人で出来うる限りの情報を集め、涼の足跡を辿った。事態を軽く捉えているものは誰もいなかった。頼れるものは全て頼り、何が何でも涼を見つけ出すと決めた。

「来てるよね?」

 友弥は世良を睨め上げる。確信があるのだ、と世良は息を飲んだ。それでも世良は知らないと言い張る。友弥は身じろぎもせず、視線で追い詰めるように世良を見つめていた。今にも銃を抜きそうな威圧感に気圧されそうだったが、世良もぐっと堪えてなんとか見つめ返す。

「……口止めされてるんだ?」

 友弥は溜息を吐き、ようやく殺気を納めてくれた。急に酸素が戻ってきたように感じる。世良は知らず全身に入っていた力を緩め、止めていた息を吸う。友弥の言葉に世良は何も答えない。ただじっと見つめてくる世良に、その沈黙こそが答えなのだと悟った。
 世良も信用商売だ。この街で金だけにすがって仕事をしていれば長く生きてはいけないだろう。いくら親しい間柄といえど、情報の横流しをしてしまえば誰からも信用を得ることができなくなる。まして涼がもう仲間ではなくなったのだと言ってここに来たならば、他人となった友弥には何も教えないのが道理であろう。
 互いにとっていい商売相手であるのだから、こんなところでいがみ合うのは避けたい。友弥は仕方なく一歩退いた。涼がここを訪れたこと以外に目新しい情報は得られなかったが、今は時間が惜しい。次の手がかりを探しに行かなければならない。

「友弥くん! あの、これは本当に、全然関係ない話なんだけど」

 出て行こうとした友弥を引き止め、世良はしどろもどろになりながら言葉を発した。友弥が振り返ると、世良は暫し迷うような間を置いてから真っ直ぐに友弥を見返した。

「つい最近ここ襲われちゃって、友弥くん達が紹介してくれた掃除屋さんに片付け頼んだんだよね。お礼言っといてくれない?」

 へらりと笑った世良が大人びた目をしたので、友弥は唇を引き結んだ。直接的ではないが、危うい橋を渡ってくれたのだとわかる。いい商売相手である前に、二人は友人だ。世良は友人として友弥に手がかりを教えてくれたのだろう。
 この場所を襲った相手が何か涼と関係しているに違いない。掃除屋ならば遺体を片付ける時に身元くらい知ることになるはずだ。それを辿れば自ずと涼の居場所が見えてくる。

「世良くん……」

 友弥が瞳を揺らせば、世良は困ったようにずれてもいない眼鏡に触れた。言葉にするか直前まで迷っているようだったが、時間に追われている友弥が待っていてくれたので覚悟を決めてしっかりと目を合わせる。

「絶対連れ戻してきてよね」

 世良の激励を受けて、友弥は決意をさらに強くして頷く。世良もまた涼に友幸商事を抜けて欲しくないと思っているのだ。ここに来た涼とどんなやり取りをしたのかは分からないが、世良がそう言うのならばまだ余地はあるはずだ。微かな希望でも、今は信じたかった。

「ありがと」

 小さく言って飛び出していく。友弥の背中を、世良は力の入った面持ちで見守っていた。
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