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中空を駆け抜けろ
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空調の音だけが唸り声を上げていた。常は賑やかな声が溢れるリビングに、息苦しい沈黙が流れていた。張り裂けそうに緊張した空気が漂っている。
「今なんつった?」
ヨウの声は低く、目つきは殺意を秘めている。その隣では友弥と幸介が同じく冷ややかな目線を浴びせている。見るものを怯ませる眼圧を受けても、涼は表情一つ変えなかった。
「聞こえなかった? 友幸商事を辞めるって言ったの」
表情豊かなはずの男は、何も考えが読めない無表情で言い放った。大きな声を出したわけではないのに、静かすぎる室内にはあまりに強く響く。突然のことに言葉を失う三人に、にこりともせずに涼は背を向けた。
「じゃ、バイバイ。追ってこられても迷惑だから、俺のことさっさと忘れてね」
ひらりと手を振って身一つで出て行こうとする涼に、冗談だろと笑い飛ばすこともできない。ヨウは言葉の出ない唇を歪める。去っていく背中が昔見た兄のものと重なって、失えばもう戻ってこないと分かってしまった。
「待てよ!」
幸介が怒鳴るように引き留める。息の詰まる空気の中で、声を出せたのは幸介だけだった。涼は足を止め、鬱陶しそうに目だけで振り向いた。興味を失ったかのように暗い瞳に心臓が握り潰されたように感じる。その目が何より雄弁に語っていた。涼の心はもうここにはないのだと。
「涼……」
友弥がなんとか声を搾り出すが、息苦しい呼吸に阻まれてそれ以上は何も言えなかった。涼の瞳には止める言葉すら言わせぬような威圧感があった。例えどれだけ訴えても、泣き喚いても、涼は出て行くのだろう。そこに立っている男はもう他人の顔をしていた。
凍りついた時間の中を、涼だけが悠々と歩き去って行った。外出する時と同じように靴を履き、何気ない仕草で出て行ってしまう。唯一、いってきますの声だけがなかった。
唐突に訪れた終末は誰の胸にも落ち切らなかった。まるで悪い夢の中にいるかのようだった。理由もきっかけもなく、仲間が一人いなくなった。テーブルの上には置き去りのスマートフォンがある。何も変わらぬ家の中で、涼の気配だけが抜け落ちてしまった。今しがた起きた出来事が信じられず、呆然と立ち竦む。衝撃があまりに大きすぎて体の感覚も分からないほどだった。
どれほどの時間が経っただろう。日が傾いて薄闇が入り込んできても、誰もまともに動けなかった。頭が追いついていないのに発する言葉があるはずもなく、声を失った空間は続く。一時の気の迷いであればどれほどよかっただろう。眠れぬまま過ごした夜が明けても、涼はもう戻ってはこなかった。
「今なんつった?」
ヨウの声は低く、目つきは殺意を秘めている。その隣では友弥と幸介が同じく冷ややかな目線を浴びせている。見るものを怯ませる眼圧を受けても、涼は表情一つ変えなかった。
「聞こえなかった? 友幸商事を辞めるって言ったの」
表情豊かなはずの男は、何も考えが読めない無表情で言い放った。大きな声を出したわけではないのに、静かすぎる室内にはあまりに強く響く。突然のことに言葉を失う三人に、にこりともせずに涼は背を向けた。
「じゃ、バイバイ。追ってこられても迷惑だから、俺のことさっさと忘れてね」
ひらりと手を振って身一つで出て行こうとする涼に、冗談だろと笑い飛ばすこともできない。ヨウは言葉の出ない唇を歪める。去っていく背中が昔見た兄のものと重なって、失えばもう戻ってこないと分かってしまった。
「待てよ!」
幸介が怒鳴るように引き留める。息の詰まる空気の中で、声を出せたのは幸介だけだった。涼は足を止め、鬱陶しそうに目だけで振り向いた。興味を失ったかのように暗い瞳に心臓が握り潰されたように感じる。その目が何より雄弁に語っていた。涼の心はもうここにはないのだと。
「涼……」
友弥がなんとか声を搾り出すが、息苦しい呼吸に阻まれてそれ以上は何も言えなかった。涼の瞳には止める言葉すら言わせぬような威圧感があった。例えどれだけ訴えても、泣き喚いても、涼は出て行くのだろう。そこに立っている男はもう他人の顔をしていた。
凍りついた時間の中を、涼だけが悠々と歩き去って行った。外出する時と同じように靴を履き、何気ない仕草で出て行ってしまう。唯一、いってきますの声だけがなかった。
唐突に訪れた終末は誰の胸にも落ち切らなかった。まるで悪い夢の中にいるかのようだった。理由もきっかけもなく、仲間が一人いなくなった。テーブルの上には置き去りのスマートフォンがある。何も変わらぬ家の中で、涼の気配だけが抜け落ちてしまった。今しがた起きた出来事が信じられず、呆然と立ち竦む。衝撃があまりに大きすぎて体の感覚も分からないほどだった。
どれほどの時間が経っただろう。日が傾いて薄闇が入り込んできても、誰もまともに動けなかった。頭が追いついていないのに発する言葉があるはずもなく、声を失った空間は続く。一時の気の迷いであればどれほどよかっただろう。眠れぬまま過ごした夜が明けても、涼はもう戻ってはこなかった。
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