76 / 114
最高速で死地を往く
3
しおりを挟む
涼がヨウの足を離し、オーディオのつまみを回す。突如流れてきた激しい重低音が血を沸騰させる。再び座席に沈んだヨウが愉快そうに涼を見やれば、涼もまたヨウを見て得意げに目を輝かせる。悪童二人の笑みが重なり、互いの興奮が混じり合った。
左側から詰め寄ってきた車に、涼は思い切りハンドルを切る。車ごと勢いよく体当たりをかまし、激しい衝突が起きた。
「あ、揺れるよ?」
後部座席では銃器がぶつかり合って凄まじい音を立てている。今更悪びれもなく言う涼に、ヨウは声を上げて笑った。涼の瞳孔が開いた瞬間、対ショック体勢は取っていた。長年の付き合いだ、呼吸を読むなど自然とできる。
「いいもんあんじゃん」
荒れに荒れた後部座席から、ヨウはグレネードを取り上げる。暴発の心配など全くせずに積み上げられた銃器はとんでもない火薬庫になっているが、武器より先に二人に火がついてしまった。今更そんな心配などするはずもなく、ヨウは軽い手つきでグレネードを放った。
地面で数度跳ねたグレネードは激しい爆発を引き起こし、左側を走っていた二台を吹き飛ばした。当然その爆発は自分達にも伝わり、車体の左側が跳ね上がる。
「あ、跳ぶぜ?」
ヨウが同じように言い返してやれば、涼の笑い声が愉快そうに裏返る。横転して火を上げている二台のバンのようにあわや倒れてしまうかと思ったが、涼が勢いよく左側に体重をかけハンドルを捌く。浮いていたタイヤが叩きつけられ、車は何度か跳ねて地面に戻ってくる。
ギャリギャリギャリとアスファルトを削るようにタイヤが擦れ、激しく蛇行して車は走りを取り戻した。凄まじい速度が出ているのだから小回りなどもう効きはしない。暴れ馬のように全速力で駆け続ける車の手綱を握り、涼は興奮気味に唇を舐めた。
「ははっ! 最高!」
まるでアトラクションのような無茶苦茶な運転にヨウは子供のようにはしゃいだ声を上げる。爆煙の混じった豪風から潮の香りが漂ってくる。暗くて見えはしないが、昼間なら海の見える気持ちのいいドライブコースなのだろう。
「でも最悪のお知らせです! タイヤやられたっぽい!」
さらに強くなった風に負けぬよう、涼は声を張って返す。がくんと車体が落ち、速度が保てなくなった車は悲鳴をあげるように右に左に震え出す。全身で押さえつけるようにハンドルを調節し、なんとか真っ直ぐ走れているような状態だ。背後を付け狙う二台のバンに撃ち抜かれたのだろう。ヨウが身を乗り出して見れば、タイヤから火が出ている。このままでは遅かれ早かれエンジンに引火するだろう。
ドウッと強い衝撃があり、車がつんのめるように揺さぶられた。背中を蹴り飛ばされたような揺れに、ヨウは強かに頭をぶつける。一瞬目の前に火花が散ったが、視線を戻すと車の後部が抉られたようだった。
「ハンドルがっ……!」
涼の頬に汗が伝う。操作が効かなくなったのか、どれほど回しても車が言うことを聞かない。しかしアクセルを緩めればたちまち追いつかれて左右から挟み撃ちを食らうだろう。涼が焦った瞳で見た眼前には、緩やかなカーブが続いている。このまま曲がることができなければ、ガードレールに突っ込んでしまう。
ヨウは一度目を伏せ、再び開く。現れた瞳は諦念に満ちたものではなく、強い意志を込めたものだった。
「なあ涼」
絶体絶命の状況でありながら落ち着いた声に涼はヨウを見る。ヨウは普段仕事で見せるものと変わらない、静かに燃えるような目をしていた。
「俺と一緒に死んでくれるか?」
不敵な笑みが涼に向けられる。心臓に火がつけられたように、興奮が戻ってくるのが分かった。真っ青になっていた顔が紅潮していく。涼はようやく思い出した。死神の鎌が喉元に迫るほど、自分達の命は燃え上がる。逆境でこそ、笑みを浮かべて踊るのだ。
「もちろん。出会った時から決めてたよ」
ヨウを見返した涼の目に、迷いはなかった。
左側から詰め寄ってきた車に、涼は思い切りハンドルを切る。車ごと勢いよく体当たりをかまし、激しい衝突が起きた。
「あ、揺れるよ?」
後部座席では銃器がぶつかり合って凄まじい音を立てている。今更悪びれもなく言う涼に、ヨウは声を上げて笑った。涼の瞳孔が開いた瞬間、対ショック体勢は取っていた。長年の付き合いだ、呼吸を読むなど自然とできる。
「いいもんあんじゃん」
荒れに荒れた後部座席から、ヨウはグレネードを取り上げる。暴発の心配など全くせずに積み上げられた銃器はとんでもない火薬庫になっているが、武器より先に二人に火がついてしまった。今更そんな心配などするはずもなく、ヨウは軽い手つきでグレネードを放った。
地面で数度跳ねたグレネードは激しい爆発を引き起こし、左側を走っていた二台を吹き飛ばした。当然その爆発は自分達にも伝わり、車体の左側が跳ね上がる。
「あ、跳ぶぜ?」
ヨウが同じように言い返してやれば、涼の笑い声が愉快そうに裏返る。横転して火を上げている二台のバンのようにあわや倒れてしまうかと思ったが、涼が勢いよく左側に体重をかけハンドルを捌く。浮いていたタイヤが叩きつけられ、車は何度か跳ねて地面に戻ってくる。
ギャリギャリギャリとアスファルトを削るようにタイヤが擦れ、激しく蛇行して車は走りを取り戻した。凄まじい速度が出ているのだから小回りなどもう効きはしない。暴れ馬のように全速力で駆け続ける車の手綱を握り、涼は興奮気味に唇を舐めた。
「ははっ! 最高!」
まるでアトラクションのような無茶苦茶な運転にヨウは子供のようにはしゃいだ声を上げる。爆煙の混じった豪風から潮の香りが漂ってくる。暗くて見えはしないが、昼間なら海の見える気持ちのいいドライブコースなのだろう。
「でも最悪のお知らせです! タイヤやられたっぽい!」
さらに強くなった風に負けぬよう、涼は声を張って返す。がくんと車体が落ち、速度が保てなくなった車は悲鳴をあげるように右に左に震え出す。全身で押さえつけるようにハンドルを調節し、なんとか真っ直ぐ走れているような状態だ。背後を付け狙う二台のバンに撃ち抜かれたのだろう。ヨウが身を乗り出して見れば、タイヤから火が出ている。このままでは遅かれ早かれエンジンに引火するだろう。
ドウッと強い衝撃があり、車がつんのめるように揺さぶられた。背中を蹴り飛ばされたような揺れに、ヨウは強かに頭をぶつける。一瞬目の前に火花が散ったが、視線を戻すと車の後部が抉られたようだった。
「ハンドルがっ……!」
涼の頬に汗が伝う。操作が効かなくなったのか、どれほど回しても車が言うことを聞かない。しかしアクセルを緩めればたちまち追いつかれて左右から挟み撃ちを食らうだろう。涼が焦った瞳で見た眼前には、緩やかなカーブが続いている。このまま曲がることができなければ、ガードレールに突っ込んでしまう。
ヨウは一度目を伏せ、再び開く。現れた瞳は諦念に満ちたものではなく、強い意志を込めたものだった。
「なあ涼」
絶体絶命の状況でありながら落ち着いた声に涼はヨウを見る。ヨウは普段仕事で見せるものと変わらない、静かに燃えるような目をしていた。
「俺と一緒に死んでくれるか?」
不敵な笑みが涼に向けられる。心臓に火がつけられたように、興奮が戻ってくるのが分かった。真っ青になっていた顔が紅潮していく。涼はようやく思い出した。死神の鎌が喉元に迫るほど、自分達の命は燃え上がる。逆境でこそ、笑みを浮かべて踊るのだ。
「もちろん。出会った時から決めてたよ」
ヨウを見返した涼の目に、迷いはなかった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―
木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。
……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。
小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。
お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。
第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。


お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

よんよんまる
如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。
音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。
見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、
クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、
イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。
だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。
お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。
※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。
※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です!
(医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる