裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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混じる刃と刃

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 パキ、とどこかで小枝が折れた音が合図だった。肆が走り出したと同時に友弥も地を蹴っていた。凄まじい勢いで飛び出した二人の刃が交じる。響いた音は強く、どちらも本気で首を落としにきているのが窺える。
 友弥は肆よりも低い身長を生かして舐めるように斬り上げてくる。懐に入られぬように間合いを調節しながら肆は獣のように低い姿勢を取っていた。
 拮抗していた刃がふと踊り、肆のナイフが友弥の前髪の先を攫った。初めてナイフが相手の域内に触れた。このまま押していけると肆の目に勝機が見える。空気を裂くように刃が振り下ろされる。視認できぬ程の速さで振られた刃に、鮮血が舞った。
 しかし切り裂いたのは皮一枚。友弥は頬を浅く切られはしたがなんとかナイフを避けると後ろに飛び退いた。この好機を逃すものかと肆がそれを追う。
 だが突如風を裂く音がして肆は咄嗟に首を傾けた。耳のすぐ横を轟音が通り過ぎていく。肆の目が捉えたのは数本のダガーナイフだった。友弥が投げたナイフは肆のフードを擦り、引き下げた。熱を含んだ髪がばさりと現れる。
 ナイフを投げた隙に体勢を立て直していた友弥はすぐに肆の元へ突っ込んできた。低い姿勢のまま走りこんでくる速さは狼のようで、下手をすればそのまま喉笛を噛み千切られそうだった。
 肆はその突進の力を逃すように身を捻り、ナイフを躍らせた。体の回転に合わせて髪がぶわりと広がる。同時に服の下にしまい込んでいたドックタグが零れ落ち、微かな月明かりを拾って銀色に瞬いた。
 友弥が既にしたように、肆もまたナイフの側面に刃を滑らせて軌道を逸らす。耳障りな音を立ててナイフが鳴った刹那、突然友弥が飛び下がって距離をとった。退くには不自然な流れに肆は不審に思って相手の挙動を見る。
 瞬間的に友弥から殺気が消え、ナイフが下ろされた。肆は構えをとったまま相手の出方を見る。友弥はナイフをしまいこんでしまい、何かに気づいたように自分の耳に触れた。闇の中で見えなかったが、無線機器を付けているようだ。

「はーい、りょうかーい」

 今までの空気を壊すようなのんびりとした声が発せられた。友弥は刺すような殺気が嘘だったかのようにどこか眠たげで穏やかな目になっていた。肆もまた構えを解く。

「ごめんねえ、呼び出されちゃった」

 友弥はふと肆の方を向き直り、敵意はないというように空の両手を見せた。肆も同じようにナイフを仕舞い込み殺気を解く。

「いや、残念っス」

 肆もまた先程の気迫はどこへやら、ふわりと笑みを浮かべた。フードが外れて風に吹かれるままになっていた髪を邪魔そうにかきあげる。露わになった両目はもう獰猛な色を宿してはいなかった。そこにあったのはむしろ幼ささえ感じさせる黒目がちな瞳だ。
 二人は争い合っていたわけではない。時折こうして組手をしているのだ。流石に銃はゴム弾だが、ナイフは真剣のままだ。仲間達には考えられないと言われるが、互いの実力が分かっているからこそできる無茶だった。そう簡単に斬られはしないし、寸前で止めることもできる。つい本気になりすぎて殺す気で急所を狙ってしまうので、側から見ていると訓練とはとても思えない勢いだった。

「すっごく楽しかった」

 明るく言って友弥はくすくすと柔らかく笑った。

「俺もっス」

 肆は心底同意して満足げな笑みを見せる。ゾクゾクと腹の底から湧き立つような興奮が遅れてやってきていた。命の奪い合いをしていた集中が緩んだことにより押し込められていた無邪気な感情が溢れ出してくる。
 友弥はまた耳に意識をやり、一言二言答えると肆に視線をやった。散々遊んだ子供のような満足げな笑みを交わす。

「では、また。友弥さん」

 友弥がもう行ってしまうことを察して肆がそう口にした。何度訓練を繰り返しても早く次があってほしいと思ってしまう。肆も忙しい身だ。なかなか友弥との時間は取れない。友弥も今夜は仕事があるのにわざわざ肆に合わせてくれたのだろう。

「うん。またね、よんくん」

 友弥は答えて緩く手を振った。肆が振り返したのを見届けると、友弥はすぐに闇に紛れてしまう。
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